なんちゃってシンデレラ 王宮陰謀編 異世界で、王太子妃はじめました。
汐邑 雛/ビーズログ文庫
プロローグ
「……さ、寒い」
家に帰り着くなり、私はその寒さに
一人暮らしの家は、寒い。体感として寒いだけではなく、こう、何か心理的にも。
三十すぎて独身だからわびしいんだろうって言われれば、返す言葉がないんだけど。
(でも、別に不自由感じてないし、
一昔前だと負け犬女だとか言われたかもしれないけれど、別に負けたとか思わない。
自由に好きなことができる今の生活に、私は満足している。
「さーむーいー」
テーブルの上は
(分量とかはいいとして、問題は手順の説明だよね)
料理知識が小学校の家庭科レベルの初心者でも、同じものを作れるように書くのが理想だけど、自分ではちゃんと書いたつもりでも理解されないことがあるから難しい。
(とりあえず、続きは食後だ)
「お湯、お湯」
レシピは後回しにして電気ケトルのスイッチをいれる。
家に帰ってくると、何か温かいものを飲んで身体を温めるのがいつものルーティーンだ。
「今日は何にしようかな」
何かと声を出すのも一人暮らしの
テーブルの上の
行きつけの紅茶屋さんは複数あるし、
二本分の新芽では、ちょうど家で三回飲む分くらいしか作れなかったけれど、味はなかなか良かった。確実に無農薬だし、自分で作ったお茶というだけで三
もちろん今年も
「今日は冷えるから、
赤い
去年作ったものだけど、空気に
一応、部屋にエアコンはあるけれど、よっぽど寒くない限り使わないことにしている。築二十二年の年代物の平屋なので
お湯を
「やっぱり、ここに忘れてたか……」
ベッドサイドの
淡いピンクゴールドの携帯は、三年前の年代物。こんなに厚みのある携帯は今時ないって職場の子たちによく言われる。新しいモデルが発表されるたびに迷うけれど、なかなか全てが気に入るような機種が見つからなくて
画面を見たら、着信が七件も入っていた。半日見なくて七件が多いか少ないかは人によると思うけど、家族がいない私にはだいぶ多い。
「あれ、
『まやちゃん? 匂坂です。メールもリターンもないからたぶん携帯忘れたんだと思うけど……帰ってきたら電話ちょうだい。仕事があります』
「……すいません。その通りです~」
テレビや留守電やそういったものと会話してしまうのも、一人暮らしが長い人間のクセのようなものだと思う。
私は、携帯電話に手を合わせて小さく
私、
女だからパティシエールって言うべきなのかもしれないけど、お店の
本業で働いているのは銀座の裏通りにあるフルーツタルト専門店で、ここは雑誌にもしょっちゅうとりあげられる人気の店だ。
私は三人いるチーフの一人。お店には見習いも
この仕事は
当然のことだけど、店ではレシピが
そこを
私は、ローテーションで週に一、二回、休みの前日の夜だけ、以前うちの店に勤めていた匂坂先輩の
このお店、お酒のメニューはあるが、料理のメニューはない。
その日仕入れた材料で、お客さんの選んだワインに合う料理を、お客さんの希望を聞きながら
オープンキッチンのカウンターは常にお客さんに見られていて気が
お客さんの希望を聞き取りながら、その日ある材料で何を作るかを決めるのはものすごくコミュニケーション能力が試される。さらにキッチンが丸見えだから、料理をしているだけなのに、お客さんとの
あまり大きな声では言えないけど、夜が
休みの日にバイトしていたら休みにならないんじゃない? ってよく聞かれるけれど、私の場合、料理は仕事であり、
私の場合はそうやって自分の好きなことをしながら、バイト代までいただけてしまうのだから、ちょっとくらい体力的にキツくても、
携帯の向こうで
「……忙しいのかな? 先輩」
匂坂先輩にリターンしたけど
仕事、いつですか? とだけメールをいれて、キッチンに立つ。
料理人は家では料理したくないって人も多いけど、私は家でもする。
研究も
大家さん宅の
おばあさんと私の身長はあまり変わらなかったみたいで、シンクやガス台の高さがちょうどいいし、動線も考えられて設計されているから使い勝手が良い。何よりも、オーブンがついているのが最高だ。
このオーブンがこの家を借りる一番の決め手になった。これがあるから、多少の隙間風なんかまったく気にならない。
キッチンがとても
今日の夕飯は、寒い日にとても嬉しいおでん。
おでんって、その家の味がよくわかるメニューだと思う。とあるコンビニでは地域ごとに
私が作るおでんはかつお出汁ベースの関東風で、タコ足をいれるのと小さなたまねぎを丸ごといれるところが特徴だ。
おでん種を一度煮込んだ後、
出汁のよくしみたおでんを温めながら、大根や
(
辛子なしのおでんなんて、プリンにカラメルソースがかかってないようなものだ。私は断固として辛子を要求する! な~んて、おたま片手にエキサイトしてみても一人暮らしの
(仕方ないなぁ)
徒歩三分のコンビニまで買いに行くことにした。もちろんスーパーの方が安いけど、ちょっと
コートに
最近はどこも
携帯をライト代わりに手にして、とぼとぼと歩く。自分の
(まるで、夜の中に入りこんでしまったような……)
すべてが少しだけよそよそしくて、うまく
(もしかしたら、そういうのを
だから、コンビニのあかりが見えた時、ほっとした。
あのロゴの看板を見ると何となく安心するのは、東京での生活に
もともとの出身は
地元にはもう誰もいないし、実家も整理してしまったから、この
好きなことを仕事にできて、お互いに
一人でいることの
そういう時間を重ねて生きていくのだとずっと思っていたし、それを一度として疑ったこともなかった。
横断歩道の信号が青になる。
足を
(……まぶし……)
なんで
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