第19話 歌います……

 トイレから戻って来たわたしは、何事もなかったかの様に部屋へと戻ってみると、既に阪畑さんは歌い終えていた後であった。


「やぁ、戻って来たね。てことは、気分が良くなったって事だね」


「えぇ、まぁ…… とりあえずは、さっきよりも落ち着いた感じかな?」


 部屋に入って来たわたしを心配してきた阪畑さんは、お菓子を食べながらであったが、部屋に戻って来たわたしに声をかけてくれた。


「そう言えば、カラオケの歌う順番は決まっているのでしょうか?」


「ん? 特に決まってはいないけど、朝芽さんがトイレに行っていた間に、女月ちゃんが先に歌を入れちゃったよ」


「そっ、そうなんだ……」


 なんだか、少しホッとした。


 トイレから出て来る時は、自分に自信をつけ、勇気を持ったつもりでいたけど、いざ、みんながいる部屋に入ると、またしても先程の自信が嘘の様に消え、緊張気味になった。その為、とりあえず今は、順番を待ちながら、再び緊張を解く事にした。


 そんな感じで、わたしは阪畑さんの隣に座り出すと、テレビ画面から、誰かが入れたと思える、可愛いらしい感じの曲が流れてきた。


「あっ、これ、私が入れたヤツだ!!」


 そう言って、元気よく立ち上がったのは尾神さんであり、尾神さんはマイクを片手に取ると、その可愛らしい曲に合わせて、元気よく軽く踊り始めた。


「よっ、女月ちゃん!! 今日こそは、目指せ50点だね」


「なんでそうなるのよ!! そこは目指せ100点でしょ」


「でも、今の女月ちゃんだと、100点は不可能だよ」


「何言ってるの? 私だって、自分なりに歌の練習をしたんだし、なにより、歌を歌う動画だって投稿したんだから、きっと最低でも90点は行けるわよ」


 尾神さんは、阪畑さんに色々と言われながらでも、自信満々な気持ちで、曲が始まると元気よく歌い始めた。尾神さんが、楽しそうに踊りながら歌っている様子を、わたしは黙って、その様子を見ていた。


 歌い方を聞いてみると、確かに阪畑さんが言う様に、尾神さんの歌声は、決して上手いモノではなかった。むしろ、下手くそであり、音痴であった。

それにも関わらず、尾神さんは音痴だという事を全く気にする様子もなく、曲に合わせて、楽しそうに踊りながら歌っていた。


 そして、歌が終わると、尾神さんはテレビ画面に表示された点数を確認した。


「私の点数は…… あれっ? 48点!? この機械、壊れてるんじゃないの?」


「壊れてなんかないよ。この機械も正直に女月ちゃんの歌声が酷いという事ぐらい分かってるんだよ」


「ちょっと麻子、酷い事言わないでよ」


「まぁ、そんな1人の人間の意見なんて、大きく気にしなくても良いじゃないの?」


「いや、気にするよ」


「そうだろね。でもさ、こんな女月ちゃんの下手な歌だって、この広い世界には好き好んで聞いてくれる人がいるかもね?」


「ホントにいるの?」


「きっといるさ! 多分ね……」


「多分かよ!!」


 歌の評価があまりにも低かった尾神さんは、機械だけでなく、阪畑さんにまでからかわれてしまった。確かに、尾神さんの歌声は酷く音痴であった。


「ったく、私だって、1人で必死になって練習をしたんだから……」


「まぁ、結局、1人で練習をしていたって、ホントに上手くなったかの確認が出来なければ、上達なんてしないよ」


「でしょうね、やっぱり。結局は、実力のある人が指導をやってくれないと、どうにもならないのよ」


 そう言いながら、尾神さんは、愚痴を言い始めた。


「歌の実力のある人なら、すぐ近くにいるじゃない!!」


「あぁ、そうだったわね。あくまでの噂の」


「そう言えば、まだ歌声を聞いていなかったですわね」


 その後、阪畑さんが歌の実力者がいると言いながら、わたしの方を向くと、同時に尾神さんと桜森さんも一緒に振り向いて来た。


「やっ、やっぱり、うっ、歌を歌わなければいけないんですね?」


 覚悟はしていたが、またしても実際に歌うとなると、物凄く緊張をしてくる。


「そうだよ。カラオケに来たからには、歌を歌わないともったいないじゃないの?」


「そっ、そうですよね…… じっ、じゃあ、わたし、歌います……」


 そして、物凄く緊張しながらでも、わたしは阪畑さん達に歌を披露する為、曲を入れる機械を持ち出し、自ら歌う曲を選び、歌う準備を始めた。同時にマイクを持ち始めると、部屋の様子は先程までの雰囲気とは異なり、一気にわたしの方に注目をし始めた。


「おっ、朝芽さんがマイクを持つと、なんだか本格的に見えるね」


「そうね。一体どんな歌を歌ってくれるのかしら?」


「さぁ、なんでしょうね? それにしても、凄く楽しみだわ」


 ちょっと、そんなに注目をしないでよ…… 注目をされてしまい、恥かしがる様に緊張をしている間に、先程入れた曲が流れ出し、歌が始まった。


 とりあえず、歌が始まった為、わたしは気持ちをリラックスして、歌を歌う事にした。完全にリラックスをする為、わたしは目を瞑り、スピーカーから流れてくる曲以外は聞こえないつもりで聞かない様にして、わたしは歌を歌った。


 すると、始めは歌の曲以外の喋り声が色々と聞こえてきたのだが、歌も後半に入った辺りになると、部屋はすっかりと静かになっていた。


 そして、わたしは歌を歌い終えると、閉じていた目を開け、テレビ画面に映し出された点数を様見始めた。


「どっ、どうだったかな?」


 わたしは、先程の尾神さんの様に、歌の評価を見てみた。そこに映しだされた点数は、100点ではなかったものの、尾神さんの点数よりも高い、97点であった。100点をとれなかったのは、おそらく、緊張をしながら歌ったせいだろう……


「すっ、凄いよ!! 一発で97点をとるなんて。私なんて72点だったよ」


「私の倍以上の点数じゃないの……」


「朝芽さん、なかなかやりますわね……」


 わたしの歌の点数を見た阪畑さんと尾神さんと桜森さんの反応は、全員、驚いた反応をしていた。


「あっ、ありがとうございます…… 今回は、緊張をしてしまって、上手く歌えなかったと思っていたのですが、なんとか高得点をとれました」


 そしてわたしは、先程とは異なり、緊張も少しずつ解け始め、今は嬉しいと言う気持ちでいっぱいになっていた。


「やっぱり、噂は本物だったんだね!」


「わたくしの予想通り、朝芽さんは歌が上手かったですわ」


「いや、私も、朝芽さんの歌が上手いと話をしていた時から予想していたけど、まさか、ここまで上手いとは知らなかったよ」


 そして、わたしの歌声について、阪畑さんと桜森さんの2人が、まるで奇跡を見たかのようにテンションが上がった様子で話をしていた。


「こんな、凄い人が本当に私達のアイドル活動に入って来てくれたなんて、未だに信じれないよ……」


「わたくしもですわ。これだけ歌が上手いと、今まで以上に注目が集まるわ」


「そっ、そうですね。お2人さんの期待通り、わたしもアイドル活動のメンバーの1員として頑張って行きますわ」


 嬉しそうにいる阪畑さんと桜森さんに対し、私はアイドル活動を頑張るという意気込みを語った。


 あっ、でも…… 動画って、下手したら世界中の人達が観てくれるんでしょ? そんなところで、わたしは緊張なんてしないかしら? 緊張をして、歌い方が変になったらどうしよう? わたしは、自分の歌声で喜ばれるのと反面、動画投稿の件で心配を始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る