【13】 えも言えぬ感情

「あっ・・・」

 先に声を発したのは彼女の方からだった。

 こんな時間に何をしているのだろうか。まぁ、それは彼女も同じことを思うかもしれないが、普通の高校生ならばこの時期に制服を着て外出していることの方が少ないだろう。夏休み真っ盛りだ。

「このあいだの」

 夏休みに入る前以来だ。流石に相手も覚えていたようだ。あんな無様な姿を他人である和也に見せたにも関わらず、彼女は和也に向き直る。

「何してんの、こんな時間に」

 こちらのセリフだと思いながら、応える。

「バイト帰りだよ」

「バイト?この辺でやってるんだ」

「うん。そっちはどうしたの? なんで制服なんか着てんの?」

 ほっとけばいいものを、何故か話を紡ぐ。過去に多少の会話をしたことから抵抗が少なくなっているのかもしれない。それとも無難にこの場をやり過ごすためのある種の防衛行動か。

 彼女はと言うと、この間のことなど全部忘れたかのように、平然とした顔をしている。

 ちなみに彼女からは感謝の言葉を一切受けていない。そもそも会うことがなかったのでしょうがないとは思うし、いちいちそんなことを追及するほど面倒な性格はしていないと自分でも思うが、こういったことの積み重ねで人に対する評価というは形成されていくんだなと、反面教師的な感じで学ぶ。

「あたしはテストの補習。サボってたら家に連絡来てさ。今日学校に行ってた」

 それはそうだろう。テストを受けないで生徒の成績は決められない

 しかし、学校に来ることはあっても、やはり、テストに対する態度は怠惰そのもの。成績もさぞ悪いのだろう。

「あぁ、そう。んじゃまた・・・」

 そう言って彼女の横を通り過ぎようとする。

「ねぇ」

 呼び止められた。

 顔には出ないように、内心うんざりしながら振り返る。

「あんたさ、最近、あの峠?の方に行ったりした?」

「あの峠?」

「うん。ほら、あの・・・あんたが送ってくれた」

 和也がいつも行く峠のことだろう。

「うん、まぁ割と行ってるけど・・・」

「ふ~ん。あんまり行かないほうがいいんじゃない?」

「・・・はぁ?」

 意味が分からなかった。それが一人でいたところを助けてやった人に対する言葉かと、苛立ちを覚える。見た目と中身はどうやら直結するらしい。

 不信感をあらわにする和也に、特に怯んだ様子はない。

「何?いきなり。意味分かんないんだけど」

「・・・別に」

 彼女はそう言って、手をひらひらしながら去って行った。

 やっぱり関わるんじゃなかったと思いながら、和也はトイレに入っていった。



 先輩がトイレに行くために席を立った直後、麗奈は自身のコップに飲み物がないことに気が付いた。

 ドリンクバーに行くために席を立った麗奈は、自身の先輩である男が、トイレの入り口の前で女の子と話しているのを見かけた。

 派手な見た目の子だった。一目で自分とは違う人種であると分かった。いわゆる、ギャルか。見た目だけで人を不良だと決めつけることはしない主義の麗奈だが、彼女がまっとうな人物ではないことだけは分かった。

 学校でよく見る子。最近、先輩とも会話の話題で出た子。よからぬ噂を聞く子。 

 そんな女の子と、先ほどまで自分と話していた先輩が話していた。後ろ姿だったので顔は窺えなかったが、会話自体は普通にしているように見えた。

(・・・)

 わざわざ二人の会話に混ざるよう野暮なことはしない。しないが、あまりいい気持のしない感情を心の底で感じながら、席に戻った。

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