【4】 杞憂

 土曜日。今日も和也はバイトだった。ただでさえお金が少ない状況でバイクのやりくりをしているのだ。暇があったら、英語の勉強かバイトをするのが有意義である。今日のバイトは昼から入っていた。昼過ぎから夜までのロングを入れているので、結構疲れるものだが、その分お金が入ってくるので頑張っている。

(今日は山か江の島か・・・)

 和也にとってバイクで走ることとは、走りそのものを楽しむことである。峠に行くことは当然楽しい。あのクネクネした道を走るのは病みつきになる。カーブをうまく曲がれた時の爽快感と言ったら、他のものには代えがたい快感がある。峠ではなく、まっすぐな道を走ることさえも、和也は楽しんでいる。峠ほどの快感はないものの、のんびりとまっすぐな道を行くのもそれなりにいいものであると思う。

 和也は、峠に走りに行くことの他に、海に行くのも好きであった。そこまで行く道のりはバイパスがほとんどであるため、コーナーリングなどの爽快感はないものの、海沿いを走るのは気持ちがいいし、海に浮かぶ江の島を眺めて時間をつぶすのもなかなか粋なものだ。

 そうは言っても、やはり今日も山に行きたくなった。バイクで帰ったきた直後は、やはり疲れからなのか暑さにやられたからなのか、当分は峠はいいやと思うのだが、次の日になるとまた峠に行きたくなる。一種の病気なのではないかと思ったが、一匹女狼や他のライダーに話を聞いてみると、同じことを言っていたので、バイク乗りとはこういうモノなのかと思っている。

 残りの業務を片付けて帰りの支度をしていると、後ろから声がかかった。麗奈だ。

「今日もバイクですか?」

「ふふ、分かりきったことを・・・」

「何かっこつけてるんですか」

 帰り際の会話がもはや固定化されているような気がする。

「毎日乗って飽きないんですか?」

「いや、毎日じゃないって」

 和也がバイクに乗るのは、大抵週末だ。次の日が学校の日はそんな余裕はない。もし何かあったとき、余裕をもって対処できなくなるし、何より疲れる。日ごろから和也がバイクの話ばかりしているので、毎日乗っていると思われるのも無理はない。

「あ、あの・・・」

 珍しく、麗奈が歯切りが悪い。もっとはっきりとモノを言う子であったと記憶しているが、こんなこともあるんだなとマジマジと麗奈を見つめる。

「何?」

「あの・・・、この後、ご飯食べに行きませんか?」

 意外であった。和也と麗奈は、特段仲が悪い訳ではなかった。むしろ、頻繁に会話をする程度の仲ではあったと思う。しかし、バイト以外での付き合いはほとんどなかった。バイト先の社員や先輩アルバイトの人たちと食事に行ったことはあるが、それ以外で一緒にいたことは特にない。

「あぁ、夕飯ねぇ」

「む、無理にとは言いませんけど・・・」

 麗奈はそっぽを向いて言う。

 和也は夜にバイクで走りに行くときは、夕飯を食べない。眠くなるかもしれないからだ。麗奈もそのことは知っているはずだが。

 とはいうものの、今日は昼ご飯を食べ忘れたので空腹が限界に達しているし、誘いを断るのも後々気まずくなりそうなので、誘いに乗ることにした。

「んー、そうだね。腹も減ってるし、今日は食おうかな」

「そうですか」

 麗奈の口元がわずかに緩んだが、もともと人の顔をあまり見ることがない和也は気が付かなった。



 和也と麗奈は、近場のファミレスに来ていた。こんな時間でも、大学生や高校生らしき影がちらほら見える。

「なぁ、風野の学年にさ、椎尾七葉って子いるだろ」

 スパゲッティをフォークでつつきながら、和也は聞いた。和也の頭の中には、昨日のことが残っていた。

「いますね、確かに。ああゆう風な子が好みなんですか」

「いや、何の話やねん。違くてさ」

 和也は昨日のことを話した。自分でも、大したことあったわけではないと思うのだが、それでも、彼女の素性を知っておいて損はないと思った。活動範囲が同じならあまり遭遇したくないので、多少なりとも情報が欲しかった。

「学校には割とちゃんと来てるほうですよ。あんな身なりの人にしては。授業中は寝てるかぼーっとしてるかのどっちかですね」

「意外だな」

「はい。授業中も、特に問題を起こすようなことはしないですけど、絡んでる連中はやっぱりヤバいとは聞きますね」

 みんな口をそろえてそう言う。昨日見たばかりなのである程度は予想していたが、確かなようだ。

「何か気になることでもあるんですか?」

 少し不機嫌そうな顔と声で、麗奈は言った。

 何がそんなに気に入らないのかは分からなかったが、目の前の人がそういう雰囲気なのは落ち着かないので正直に言う。

「あの子が絡んでる連中ってさ、学校の先輩とかかな」

「?」

「学校で変に絡まれたらいやだなと思ってさ」

 昨日、彼女が一緒にいた連中を思い出す。学校にあんな男たちがいた覚えはないが、バイクという共通点がある以上、目をつけてこないという保証もない。自分でも考えすぎな感じはするが、不安であった。

「確かに、学校の先輩も当然いるでしょうね。それ以外の人の事は私は知りませんよ」

 友達でもない他人なので、麗奈がそう答えたのは当然であった。

「大丈夫じゃないですか?話したって言っても、どうせ学校で会うことなんてそんなにないでしょ。向こうもすぐ忘れますよ、きっと」

「うん、だよなぁ・・・」

 一度気になることがあると、そのこと長く考えてしまうのが和也の悪い癖だ。麗奈の言う通り、どうせ一度きりの会話だと思い込むことにしてもよさそうな気がした。

 その後、バイトや勉強などについて話した。成績のいい麗奈は、すでに行きたい大学を決め始めているらしい。少し早すぎるのではないかと思った和也だが、逆に先輩が遅すぎるとダメ出しを食らった。客観的に見ても遅すぎるということはないと思うのだが、麗奈がしっかりしすぎているのもあって、和也もその気にさせられてしまう。実際は、あまり考えたくないことでもあったが。

 しばらく話した後、二人は別れた。駅を過ぎたすぐ後の交差点が二人が別々の方向に行く地点であった。

 別れ際、また一緒に食事に行く約束を取り付けられた。週末じゃなくてもバイトはあるので、その時にでもということであった。

 和也はというと、やっぱり眠くなってしまった。



 

 

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