ヤバいやつ
「あはははっ、ひー、もうダメ。お腹よじれる。千利君もう最っ高!」
「うるさいなー」
委員会が終わって、下駄箱で靴を履き替えてからも一織は笑い続けていた。
よくそんなに笑えるものだ。
「だって最初に名乗った時は大丈夫なのに、肝心の自己紹介でかむなんて天才の領域だよ。才能の塊だね」
「そんな才能はいらない」
「えー、なんか可愛いのに」
可愛いなんて評価は普通に欲しくない。ってか、なんの才能だよ。お笑いか?
ニヤニヤしたり、茶化してきたりする一織と一緒に校門を出ようとしたところで、視界に変なものを映してしまった。
「あぁ、我が相棒のシュトゥルムファールラートが……ファールラートがぁぁぁ!」
駐輪場で叫び崩れる少女がいたのである。
その言葉の内容も相当だが、問題はその装いだ。
制服に黒い軍帽。恐らくドイツかその辺りに似せているレプリカだろう。
確かに希志北高校の制服はちょっとカッコイイ感じであるのは有名だし、それを理由に入学を目指す者もいると聞く。しかし、コスプレの一部にされているとは思わなかった。
「うわぁ、一年生かな? 凄いなぁ」
「凄いで済ましていいのかアレは……。普通に校則違反じゃねーの?」
「登下校時の帽子の着用は許可されてるよ?」
「いや、あれは普段から被ってる口だろ」
あそこまで侵された厨二病は初めて見るけど、ヤバいとしか感想が出ないのは俺のボキャブラリーのせいか、それともインパクトの大きさのせいなのか。
「くぅ、まさか相棒にこのような鎖を……はっ、まさかこれはベルクの仕業か……なるほど。やつがそう来るならば仕方がない。我も解放せねばなるまい? 第一……いや第二門まで開き、我の圧倒的力を見せてやろうではないか!」
あぁ、アレが真性ってやつだ。真性の厨二病、あるいは真性のアホ。どっちもか。
「ね、ね、なにするんだろうね?」
「さぁなぁ……」
あのヤバい一年が喚いている理由は見りゃ分かる。
あの鉄十字が籠に取り付けられたクソダサいママチャリが防犯用チェーンで固定されているせいだ。あれをやったのが先生なのか、風紀委員なのか知らないけど、外して欲しければ職員室に来いってことだろう。
「之に集うは天外の力。枷を外し、その力を示さん! うおぉぉぉぉ!」
叫ぶ少女に俺達を含めて成り行きを遠目に見ていた生徒たちがゴクリと息を呑む。
自分には真似出来ない。それでもその一挙手一投足が気になってしまうのが厨二病の持つスター性みたいなものだろう。
「たぁ!」
そして、彼女はチェーンに向かって思いっきりチョップを放った。
誰がどう見ても分かる。その場の誰もが思った。
痛いやつや、アレ……。
チョップした方の手を抱えたまま小さくうずくまって無言になってしまう厨二少女。
まさか、チョップでどうにかなるとか本当に思っていなかったよな……?
手もだが、頭の方も心配になってくる。
「ど、どうしようか? 千利君ぷぷっ」
「笑ってやるな。こういうのはな、放っておいてやるのが一番なんだよ。帰ろう」
「まぁ、そうだよね。色んな意味で痛いもんね……今日はたくさんいい物が見れて一織ちゃんはとても幸せです」
「それは良かったな」
そのいい物の中には俺の自己紹介も入ってるんだろうけど、さすがにアレには負ける。
瞬間、ザワっと観衆に動揺が走った。
誰もが黙って立ち去ろうとする中、一人近づく者がいたのだ。萩井だ。
「あー、大丈夫?」
おいおい、マジかよあのラブコメ野郎。
そんなとこでもフラグ立てに行くとか、もう節操がないにも程があるだろ。
確かに遠目に見ても顔は整っている。後ろで一つ結びされている黒髪も、くせ毛とかなさそうで、ほどけば落ち着いた感じの美人になりそうな素質がある。
ただし、今はアレだ。
「…………」
「さすがにチョップはないと思うぞ?」
「…………」
「ちょっ、泣くなよ!?」
我慢できずに涙を流してしまったようだ。
「うるちゃい! 泣いてへんもん!」
厨二少女は激怒した。
「ぶふぉっ! あの子、千利君の従妹じゃないの!?」
「違ぇから!?」
かんでるやつを親族にしていたら地球の人間だいたい血縁になっちゃうだろ。
「悪かったよ。ほら、一緒に職員室に行ってやるからさ。それで鍵外してもらおうぜ」
「おおー、萩井君、優男だねぇ。みんな見てる中でなかなかできることじゃないよ」
「……そうだな」
ちっ、こんなとこでポイント上げてんじゃねぇっての。後輩に優しくしていたのを見て、何となくいいなって思ってたの! パターンか?
一織の心のどこにもお前なんか入れてやるわけには行かないんだよ!
「ちょっ、どこ行くの? 千利君」
「あのラブコメぶっ壊してくる」
「んん!?」
意を決して厨二少女と萩井の元へと歩いて行く。
おそらくこの二人の間にはすでにラブコメ的展開……つまり運命みたいなもんが繋がってる。
馬鹿げた話だとは思うが、それでも俺はそんな馬鹿げたイベントを萩井の周りでいくつも見てきた。
厨二的に言うならば運命に愛された男とでも言うべきか。
「塚本? どうかした?」
萩井が俺を視認する。
生半可な対応じゃ意味がない。今この場を支配するラブコメをひっくり返すほどのインパクト。
「すまんな萩井。我が弟子が世話になった」
「……はい?」
「お前もだ。いつまでも泣き真似をしている? 早く立て。ベルクにお礼参りと行こうじゃないか。心配するな。私がついている」
「ふえ? ………………はっ、ま、マスター! なぜここに……!」
よし、乗っかて来た。
まるでRPGの毒床を踏み続けているみたいな気分だけど、そのおかげで萩井も呆気にとられている。
「ふんっ、不甲斐ない弟子の尻拭いをしに来たのよ」
「こ、これは……少し油断しただけだ! 我はすでにマスターをも越えた」
「ならばその体たらくはなんだ。ほら、立て」
手を伸ばすと、少しだけ戸惑った様子は見せたものの、ちゃんと握り返してきた。
「というわけだ、萩井」
「どういうわけか分かんないけど……まぁ、その子は任せるよ」
萩井は頭を掻きながら校門の方へ歩いて行く。
なんとかラブコメはぶっ壊せたようだ。
厨二少女も泣いていたのを誤魔化せて文句はないだろ。
一織の元に戻ろう。
「……は?」
駐輪場から離れようとすると、制服の裾が掴まれてしまう。
「……一緒に行ってくれるって……さっき……」
おい、嘘だろ?
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