ラブコメに負けた君には私がいる

米俵 好

ラブコメに負けた

 蔵内くらうち瑠衣るいは申し訳なさそうに女神も嫉妬しそうな、よく整った顔立ちの小さな頭を下げた。同時に艶やかな長い黒髪が垂れ、こんな時だと言うのに触れてみたいという欲求が胸の内に生まれる。


「ごめんなさい」と謝る声さえも綺麗に透き通っていて、胸が痛いくらいに締め付けられる。それがどれだけ俺が彼女のことを好きなのかを改めて思い知らしめるのだ。


 出会ったのは高校の入学式の日で、校門前で校舎を見上げる姿に見惚れた。どう考えても高嶺の花な彼女に憧れを抱いていてしまったのだ。

 同じクラスだと知った時には神様に初めて感謝した。でも、そのチャンスを十分に活かすこともできないまま月日が経ち、彼がやってきてしまう。


 萩井はぎい大和やまと


 昔、この辺りに住んでいたという彼は、親の都合により、叔母の家があるこの地に越してきたという。

 見た目は平々凡々。学力もそこそこ。俺と大差ないはずのあいつの周りには、なぜか魅力的な女性が集まって行く。出会った当初は彼に対してキツく当たっていたクラス委員長も、学校一の秀才と謳われていた少女だって……。

 そんなフィクションのような日々がどうしてか萩井の周りでは起こる。


 蔵内さんもそんな一人であった。彼らがいると、いつも騒がしい。ドタバタ恋愛喜劇とでも表現したくなるような、そんな毎日を俺は輪の外側から見つめていた。

 一人の男子を巡って行われるアプローチ合戦を他人事のように見ている自分を自覚する度に拳を握りしめ、手を痛める。


 だから、知っていたのだ。俺に彼女を射止める可能性など万に一つもないということを。

 それでも手を伸ばさずにはいられなくて、早くこの胸の苦しみから解放されたくて、高校二年目の春……俺は告白を決意した。


 結果はご覧の通り。奇跡など起きもせず、俺の予測通り、玉砕という結末になった。

 こうして、俺が主人公ではないラブコメにおいて、俺というモブは語られることもなく……いや、もしかしたら蔵内さんがどれだけモテるのかという魅力を引き出すために名前さえ出ない何者かとして登場し、出番を終えたのである。


「ごめんね、大和くん。一緒について来てもらって」

「これくらいいいよ。まぁ、僕だけじゃないんだけど……」

「って、みんなも来てたの!? もうっ!」


 校舎を曲がった場所から和気藹々とした声が聞こえて来る。

 なんだそれ……。

 人の告白を見物しに来てんじゃねーよ。


 なんだよ、なんなんだよ……。

 知ってるよ。ピエロだなんてこと、とっくの昔に分かってたことなんだ。

 なのに苦しさで気が変になりそうになる。


 蔵内さんも蔵内さんだ。誰が萩井に選ばれるかも分かんねぇんだぞ? 君がメインヒロインだなんて誰にも分からないだろ。

 俺なら一生大切にしてあげられる。


 だから……萩井じゃなくて……俺の隣に……。


 なんて、かっこ悪すぎる。


「別にいいか。もう、かっこつける相手もいないもんな……」


 自嘲気味に漏れ出た言葉は、とうとう俺の我慢を崩壊させた。

 ツーと頬をつたう涙を拭うこともせず、ただその場で俯いて無為な時間を過ごす。


 俺は……ラブコメに負けた。

 ラブコメなんて大っ嫌いだ。


塚本つかもと千利せんり君」


 そんな俺を後ろから名前を呼んで抱きしめる人がいた。


「よく頑張ったね。偉いね。でも辛いね」


 知っている声だ。それも昔から知っている、聞き慣れた優しい声。一番近くで俺を支えてくれていた友人であり、家族のような人でもある。


「疲れたでしょ? 恋は体力使うもんね。いいよ、休んで」

「……いいのかな?」


 確かに疲れた気がする。今日だけじゃなくて、この一年間の疲れだ。ずっと彼女を追いかけて来た。ちょっとでもかっこよく見えるように心掛けていた。


「うん。お疲れ様、千利君」

「ありがとう、一織いおり……」


 それだけで解放された気分になれた。

 きっと心はまだ彼女から離れられないでいるのだけど……さっきまでの辛さは少しだけ和らいだ。


「大丈夫。君には私がいるから」

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