第4話 イモだけど、何か
第四話『イモだけれど、何か』
「はい」
天まで届けと伸ばした右手。指先まで綺麗に伸び切り、快心シュートのフォームのように美しい。ここぞの時には、チームの名PF(パワーフォワード)マツオが良い伏兵ぶりを発揮する。
「マツオが歌う!?オイオイ、“らしい”じゃねーか」
キクチはマツオからのパスを受け続けてきた。バウンド、ロング、トリッキー、その他諸々のパスを受け、ゴールを狙う。今回のパスも、キクチはしっかりと受け取った。
「で、何を歌うんだよ?“大橋のぞみ”だよな?『パリッと新鮮』って」
だが、今回キクチはゴールを外した。それをキッチリとシミズがリバウンドした。PF→SF→Cのフォーメーションが綺麗に決まり、ゴールへボールが叩き込まれる。シミズ、よくやった大爆笑ダンクシュートだぜ。そんなファインプレーを目の当たりにして、チームが黙っていられる訳がない。暗さが吹っ飛び、アタシ等らしさが戻って来た。というか、既にいつものアタシ等だ。
― マツオ様様だ。
ボロ負けの試合で、ガタガタになったチームを支え続けたマツオ。そして、反撃のキッカケは常にマツオが作りだした。頼りの最終防衛線は健在である。考えてみれば、アタシたちは何も失ってはいない。
「まあ、ナンダ。とりあえず、行くってことで」
「おう!」
皆、異存はない。チームは神宮橋を越え、駅前に出た。
「この中を通った方が早いと思うけれど」
エハラが竹下通りを示す。
「そだねぇ。MAPも『行け』とさ」
イトウはスマホの画面を確認する。竹下口前にあるスタジオの脇から、アタシたちはデコられたアーチを見上げた。風も無いのに揺れる風船がピエロの不気味さを漂わせる。そんなオシャレ通りにアタシたちは挑むのだ。
「難所だな」
東京も広い。港区や渋谷区だけでは無く、北区や足立区もある。
「センターがビビるなよ、俺達『豊島区民』だぜ」
コンビニ脇の花壇にキクチが足を乗っける。
「しかし、キクチ。ここから先は『未知の道』だ」
「おーい、シミズ。調子が出てきたな」
「あーあ。もっとオシャレで来たかったな。『シャカジャ』じゃ無くって」
エハラの言葉にアタシたちは自身の恰好を確認する。着慣れたウインドブレーカーはどれもくたびれて、ヨレヨレだ。
「吉野家、ドトール、ファミマ、ドナルド、ダイソー」
「どうした、マツオ?壊れたのか」
「違うよ。ほら、あそこにあるでしょ」
「あー?」
アタシはマツオの示す先を見た。腹ペコ女子高生に馴染み深い店舗が確かに存在する。
「あるなぁ」
「あるねぇ」
アタシたちは主に表参道口を利用する。しかも毎回、通り過ぎるだけだから全然、気づかなかった。それらの存在を知った途端に、『オシャ通り』の敷居が低くなった。見れば、制服姿の中学生や地味なアネキも沢山いる。おっしゃれーに着飾っているのは一握りだ。
「よっしゃ、ガンガン行くぜ」
キクチを先頭にアーチを潜る。だが、タイル張りの道を数メートル進んだ途端に六人衆は立ち止まった。
「クレープ、食べようよ」
ぐちゃごちゃッとした店の脇に、ゴテゴテッとした店がある。べたべたっと貼られた商品写真の全てがクレープだ。
これがクレープ屋かと度肝を向かれたが、マツオの提案に異存は無い。アタシらも女子だ。牛丼やハンバーガーじゃ無く、クレープみたいなフワフワッとした、女子供の食べ物だって、食べてみたいじゃないか。
アタシたちは注文したクレープが焼き上がるのをじっと見つめる。
「Tの字型の割り箸みたいな道具は何だ?」
「まあ、なんだ。あれで生地をくるくるっとするんだろうな」
実際、くるくるしている。
「あの靴ベラみたいなのはナニ?」
「まあ、なんだ。見ていれば分かるんだろうな」
目先で行われる創造行為にアタシたちは釘付けだ。お待たせしましたと、手渡されたクレープはギンガムチェックの包み紙で、コンビニ商品とは別物に思えた。
デカいクレープに負けじと、アタシ達は大口あける。すぐに、感動に震えた。
「まあ、なんだ。提案がある」
感動収まらぬアタシたちは、丸めた紙を屑籠へ投げ込んだ。
「やっぱり、カラオケ止めないか?」
「止めて、何すんだよ?」
「喰い歩きです」
八つの瞳がアタシとマツオに向けられる。そりゃ、そうだ。イトウとエハラとキクチとシミズに持ち歌は無い。
「アタシはどっちでも良いけれど」
どっちつかずの本音がこぼれた。曖昧な本心だからこそ、情けない。センターに必要なのは、テクニックよりメンタルの強さだ。強引ぐらいが丁度いい。それがアタシには欠けている。
「私は皆で『珍道中』の方が良いな」
一方、言いきったマツオ。やっぱり、お前は何気にスゴイ奴だ。
とにかく、アタシらは喰い歩くことになった。では、限られた予算を如何に使うか?
「色々なモノを食べたいから、シェアしない?」
見飽きているエハラが新鮮に見えた。シェアなんてオンナの子らしいじゃん!
アタシらは、たこ焼き、タイ焼き、アイス、カップケーキ、クロワッサン、その他諸々原宿グルメを買い漁り、シェアする。六人のデカい女がスイーツをシェアする姿は、傍から見て異様だろう。でも、それで構わない。
「次、ここ」
珍道中を主張してからマツオはフットワークが軽い。あれだ、これだ、と物怖じもせずにあれも、これも、買いまくる。今もドラッグストアの隣へ飛びこんだ。
「お!買って来たぜ」」
戻って来たマツオの手には薄緑のカップ容器がある。
「なにコレ?『じゃがりこ』のバッタもん?」
「違うよ、『ポテりこ』だよ。美味しいよ」
逃すまいと、一斉に五本の腕が伸びる。
「まあ、なんだ。確かに旨し」「ほくほく感があるよね」「芋感がぱねぇ!」「やめられない、とまらない」
もぐもぐしながら、アタシは店の看板を見あげた。七色アルファベットで『カルビープラス』とある。
― シンプルな店舗だな。
ベタベタ、ゴテゴテ通りの中で、イサギヨイほどシンプルだ。
「あっつ!」
いきなりマツオが駆け出した。遅れまいとアタシらも駆け出す。これまでの実績でマツオの嗅覚は信用できる。食い物に関しては、仲間意識もへったくれもあるものか。
「来てくれたんだ」
先を行く男子に追いついき、マツオは足を止めた。呼ばれた男子が振り返る。期待は裏切られたが、仲間を残し、好奇心そのままで駆け去る訳にはいかない。
「試合、見てくれたよね」
「うん。まあね」
男子は頷いた。
「誰だよ?」
「まあ、なんだ。学校の奴だろ」
「ちょっと、かわいい感じよね」
アタシらは被疑者から数歩の距離を置いた。そこで、アタシとイトウとエハラは男子を観察し、他の二人は目を丸くする。
「負けっちゃった。けれど、頑張ったんだよ」
「うん。惜しかった」
「でしょう!最高の試合だったよ」
この場のアタシら五人は、完全部外者だ。タレントとTV視聴者ほどの違いがある。
「本当にありがとう。コレ、あげるよ。食べて」
マツオは手にあった『ポテりこ』を男子に渡す。『ポテりこ』は男子の手に渡り、そのまま消えた。だが、そんな事はどうでも良い。
「おーい、マツオ。彼は誰?」「いいムードだったよね」「一人だけ『青春』しやがって!」「抜け駆け、抜け駆け、ずるい、ずるい」
デカくてガサツで不器用でも、アタシらトキメキの女子高生だ。恋愛に疎くても、恋愛事情には興味がある。そして、問題の核心をアタシには突く決心があった。
「マツオ。今のさ、彼氏?付き合っているのか?」
『彼氏』『付き合う』という言葉が照れくさい。
「違うよ、只のクラスメイトだよ」
ケホケホ、ケホン、とマツオ。
「はい。クラスメイトでしたぁ」
くるりと振り返り、イトウとエハラとキクチとシミズとアタシは円陣を組む。
「まあ、なんだ。だろうな」「そっかー。クラスメイトかぁ」「マジで、ビビった。だよなぁ、クラスメイトだよな」「分かんない。全然、分かんない」
「でもよ」
円陣を組む四人の視線がアタシに集まる。
「あの男子は独りで観に来たんだよな」
「おそらく、だろうな」「そっかー。独りで来たんだぁ」「マジかよ?練馬区から結構遠いぜ」「分かんない。全然、分かんない」
「それによ」
アレはアタシの常識から逸脱した行為だ。
「普通、只のクラスメイトに喰いかけの芋をあげるか?」
「!」「!」「!」「するかも」
「しねえよ!」
ぐるり、と動く五人の頭。真実を求める十個の瞳が捉えたのは、駆ける容疑者マツオの背中だった。
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