特オタ怪獣ベアドン
有機的dog
第1話 逃げた先のスカウト
「テメェ待てコラァ!」
「金返せバカヤロー!」
「テメェら逃がすんじゃねぇぞ!」
私の心臓は高速でバクバク動いてるけど、生きた心地はしない。
夜の闇に包まれた町を、もう何十分と走ってる。懸命に走ってるけど、どうしてもヤクザの3人を撒くことができない。
どうせタバコとかクスリとかやってるくせに、体力有り余ってんな。
私は裏路地を走るのをやめ、繁華街に出た。
この町のメインストリート。明かりが多いお陰で夜でも人が多い。だから紛れ込めると踏んだ。
人混みを掻き分け、奥へ奥へと逃げる。できるだけ目立たないよう、歩きながら。
自己流の逃走のコツだ。
人に紛れ込むときは、歩調を合わせる。走ったりしたらすぐに見つかってしまうからだ。
数分ほど、ヤクザ3人から離れるように歩いていたら、いつの間にか追っ手はいなくなっていた。
何とかなったみたい。やっぱり走り回るよりもずっと逃げやすい。
走っているときの疲れはなくなっていた。これも歩きの利点だ。息も整えられる。
ここのとこ毎日ずっとこの調子……毎日は言い過ぎたが、しょっちゅう追いかけっこをしている。
三月になってから一週間、一度も自宅に帰れていない。だから今着てる白いシャツもジーパンも汚れがひどい。髪の毛も白髪が大増量中だ。
なんでこんなことになったのか、くだらないことだが思い返してみよう。
ヤクザに借金返すために仕方なくキャバクラに勤めていた。
店はケバい女ばっかで、黒髪のショートヘアってのが珍しかったので客にウケた。顔もカワイイってちょくちょく言われた。
そのおかげで仕事がダルかった。
ある時、大物ヤクザを接待したときにカッとなって殴っちゃった。
その時ついでに財布も、出来心で盗んじゃったのでもう逃げまくってる。本当にくだらない。
くだらないけど、捕まったら殺されちゃうかも。
もし殺されなくても、売春とか未来のないことに従事させられるに決まってる。
「はぁ……」
しかも残念なことに、盗んだ財布はどっかに落としてしまった。
だから正真正銘の一文無し。思い出す毎にため息を吐いてる。
自宅に帰るのは危険すぎる。だが格安ホテルもネカフェも利用できない。
つまり休息できる場所は路上しかない。
硬いコンクリートの上、身はそんなに休まらない。
それでも休憩は必要だ。延々と歩き続けることはできないのだから。
人が近寄らないような場所……ゴミ捨て場が目についた。
中身が入ったゴミ袋を寝具の代わりにできる。
問題なのはゴミの臭いだ。あんまり寝床として利用したくはない。
だがこれ以上、他の場所を探し求めて歩くのもしんどい。ここよりも人気がない所はなかなかないだろう。
仕方がない。臭いは……もう我慢することにして、今日の寝床はここにする。
私は中身が飛び出してこなそうなゴミ袋を地面に並べてから地べたに座る。
そしてそれにもたれ掛かった。ソファー代わりだ。
もちろん、ソファーほど上等じゃないが、地べたに横になるよりずっと心地よく眠れそうだ。
私はゆっくりと目を閉じた。
カラン……コロン……ガタガタッ……。
夢に落ちる直前に、何か音が聞こえた。
猫でもいるのかと、私は目を開ける。いたら追い払うのだ。眠りの妨げになる。
「……なに?」
暗いのでよくみえないけど、わかる。
近くにいるあれは、猫じゃない。
ペタッ……ペタッ……シーッ……ペタッ……。
残念なことに、周囲に光源になるようなモノがない。私自身がそういう暗いところを選んでしまったせいで、近くにいる何かの特定ができない。
だが見たことがあるシルエット……えっと、何だったけな……。
考えていたら、だんだんと目が暗闇に慣れてきた。
「……トカゲ?」
近くにいる何かの正体も、見えた。
だが理解ができない。
その体躯があまりにも大きいからだ。
平均的な大人の男くらいの体長がある。
そんな巨大トカゲが、こんな都会に生息しているはずはない。
ここは天下のトウキョウ。決してジャングルの秘境なんかじゃない。
「……GYUUUU」
あれ、トカゲって鳴く生き物だったかな……?
うなり声らしき音が、巨大トカゲから聞こえてきた。
もしかして玩具かなと思ったが、あまりにも質感がリアル。マジな生き物だ。
まさか威嚇だろうか?
考えながら注意深く観察していると、もうひとつ変な点に気がついた。
背中に、コウモリみたいな羽が生えていた。
「……GYARUUUU!」
威嚇で間違いなかったらしい。
この異様な大トカゲは、私に対し明確に敵意を持っている。
縄張りだったのなら謝りたいが、言うまでもなくトカゲの言葉などわかるはずもない。
「GYARUUUU……」
にじり寄ってくる大トカゲ。
私は静かに立ち上がる。
「GYAAAAN!」
大きな口を開いて吠えてきた。
敵意と殺意を肌でビンビンに感じる。
普段からヤクザに狙われているおかげで、こういう感覚が鋭くなっているのだ。
こんな大きな化け物トカゲに襲いかかられたら、怪我どころではすまない。
先程、あのトカゲの口の中をチラリと見たが、包丁のような歯がずらりと並んでいた。
そんな凶悪な相手にすることはたったひとつ。
私は思いっきり走り出した。
背を向けて全力の逃走だ。
「GYAAAAAAAAANN!」
鳴き声が聞こえてくる。
チラッと後ろを確認すると、追いかけてきているのがわかった。
「チクショウッ……!」
休もうとしたらトカゲの化け物に追われるなんて、もう勘弁してほしい。
体力もそんなに残っていない。走り続けるとしたら、息もすぐに上がってしまうだろう。
だが止まったらどうなるか、想像に容易い。
結局、苦しみながら逃げる他ないのだ。
「クソが……!」
迷路じみた裏路地をずっと逃げ回る。
だが大トカゲは私を見失わずに、しつこくずっと追いかけてくる。
「振りきれないならッ……やるか」
裏路地ではなく、表通りへと逃げる。
人がたくさんいるところに飛び込んでいく。そうすれば標的が別の人間に切り替わるかもしれない。
無事に逃げられるチャンスは、きっと人混みの中に生まれるはずだ。
「よしッ」
繁華街に通じる道を猛ダッシュで駆け抜ける。
躊躇いなんかない。
見ず知らずの他人を犠牲にしてでも私は生き残りたいんだ。
「人の群れ……あった!」
明るい繁華街はすぐそこ。このまま暗い裏路地から駆け出せば生き残れるかもしれない。
そう思うと、繁華街がさらにきらびやかに見えた。
「このまま」
……パシュン!
「紛れッ!?」
私の首に、小さな注射器みたいなのが刺さった。
それには液体が入っており、私の体へと注入されているようだった。
「な……に……これ……」
急激な眠気。後ろからは大トカゲが追ってきている。眠っている場合じゃない。
だけど、今までに感じたことがないほどの強烈な睡魔に抗うことができなかった。
私は地面に倒れ伏し、意識を失った。
目を覚ますと、白い天井があった。
どうやら誰かにベッドに寝かされていたようだ。
私はほのかな頭痛を我慢しつつ、ベッドから立ち上がった。そしてキョロキョロと周囲を見た。
あまりにも殺風景な、狭い部屋。
出入り口らしい扉がひとつ存在する以外には何もなかった。
ここがどこなのか。
ここに連れてきたヤツは誰か。
知りたいことは山ほどある。
だがこんな何もない部屋では、何一つ知ることはできない。
だから私は扉を開け、部屋の外へと出た。
部屋の外は、小綺麗な廊下だった。何となく医療施設を思わせるような廊下だ。
ではさっきいた殺風景な部屋は、まさか病室だったのだろうか?
「寝ていなくていいのぉ?」
「うおッ!?」
背後から声をかけられ、情けないリアクションをしてしまった。
「さすが元気そうだぁ。生命力に溢れているからかなぁ?」
サラサラとした茶髪をロングヘアにしている、スタイル抜群の美しい女だった。よく見たら、毛先に紫のメッシュを入れてるみたい。
それにやたらと大きい白衣で身を覆っていた。
何も言えずにいる私を無視して、女は言葉を続けた。
「そんだけ元気なら大丈夫だねぇ……一緒に来てちょうだいぃ。見てもらいたいのがあるんだぁ……タマユラ・スオウちゃあん」
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