観音寺城の戦い?
駕籠に戻り、走り疲れてぐうすかと寝ていたら、おっさんの声で目が覚めた。
「プニ長様、プニ長様」
「キュン……(うう……)」
見上げた視界には帰蝶とソフィア。ということは、声は外からして来たものらしい。駕籠の揺れが止まっていることからして、どこかに停留したのだろうか。
駕籠から出るとすぐに六助の姿があった。女性二人も何事かといった様子で後から顔を出して来る。
「キュウン?(どうした?)」
「お休みのところ申し訳ありません。現在六角氏の所有する観音寺城の側を通るところなのですが、どうやら揉めているようです」
「キュ(ふむ)」
「どう致しますか?」
まあ「通せたら通すわ」じゃ通してくれないだろうな。
義昭がいるから引き返すってのも微妙だけど、帰蝶がいるから戦闘は極力避けたいところだ。う~ん……。
「キュ、キュキュ(おい、ソフィア)」
「は~い!」
駕籠からぴょこんと出て来るソフィア。
「キュキュンキュンキュン(今から家臣たちと話すから訳してくれ)」
「かしこまりですっ!」
びしっと敬礼ポーズを取るソフィアを尻目に六助に話しかけた。
「キュキュンキュンキュ(秀吉を呼んで来てくれ)」
「秀吉さんを呼んで来て欲しいそうです!」
「秀吉殿をですか?」
「キュン(うん)」
「木下藤吉郎お犬様大好き抱きしめ左衛門秀吉殿をですか?」
「キュキュキュン(いいからはよ行けや)」
「いいから早く行け、とのことです!」
「かしこまりですっ!」
ソフィアのものまねをしてから去っていく六助。少しいらっと来たので、今度あいつの分の晩飯をこっそり食べて減らしてやろう。
しばらくして、秀吉を連れた六助が戻って来た。
「お呼びですか?」
「キュウンキュウンキュン。キュキュキュン? (六角氏との戦闘はなるべく避けたい。何かいい考えはないか?)」
「六角氏との戦闘はなるべく避けたいワン! 何かいい考えはないのかワン? だそうです!」
「いい考え、ですか……」
秀吉と言えば戦術だけでなく、調略とかそういうのも得意だったはずだ。こいつに任せればうまいことやってくれるかもしれない。
腕を組んで考え込んだ後、秀吉は迫力のある顔で言った。
「茶会を開く、というのはどうでしょう」
「キュン? (茶会?)」
「茶会、ですか」
そうつぶやいた六助を皮切りに皆何とも言えない表情をしている中、秀吉がこりずに説明を始める。
「茶室に居る間は皆外でのいさかいを忘れ、純粋に茶を楽しむだけのただの肉塊と成り果てるものです」
「キュキュン(肉塊言うな)」
「そして、茶会が終わった後は時間を共有した全員が十年来の戦友かのように親しくなりますから、頼めばここを通してくれるやもしれません。もしくは、茶会をやっている間に進軍してしまうというのもいいでしょう」
よくわからんけどカラオケみたいなものか。大学生やサラリーマンなら飲み会的な感じだな。
ただ、聞いた話によればサラリーマンの場合は会社の飲み会だとお偉いさんやらが同席しているから純粋には楽しめないらしい。俺もクラスのイケメンとカラオケに行った時は気を使いすぎて一曲も歌わなかったから似たようなものだった。
そんな世知辛い世の中に比べれば、茶室に入るだけで全てを忘れてしまえる茶会というのはいいものだと思えて来た。
「もちろん刺客を忍び込ませて、その場で暗殺というのも……いっひっひ」
「キュキュン……(そういうのはいいかな……)」
「そういうのはいいかな!」
ぶんぶんと、ソフィアが笑顔で手を横に振ると、秀吉は少しばかり肩を落として気落ちする様子を見せる。
「そうですか。残念です」
「キュ、キュ、キュキュウン(よし、暗殺はしないけど、茶会は開催しよう)」
「暗殺はしないけど茶会はするそうです!」
「ありがたき幸せ」
片膝をついたまま頭を下げて礼をした秀吉はそのまま立ち上がり、踵を返して去っていく。
六助も納得のいってなさそうな表情ながら、いつも通り深く考えることはやめにしたらしく、すぐさま部下たちに指示を出し始めた。
「ただちに六角氏側に使者を送れ!」
「ははーっ」
「キュキュンキュウン? (茶会には誰が参加する?)」
「茶会には誰が参加するのかワオーン! とのことです!」
問われて六助は、視線をこちらから外して少し悩む様子を見せた。
「私と、秀吉殿と、後は……」
「キュ、キュンキュン? (えっ、お前も参加するの?)」
「お前も参加するのかニャー? と仰っています!」
「ええ。今回はきちんと礼儀作法を知っている者の方がいいでしょうから」
まじか。こいつにそんな教養があったのか……。いや、仮にそうだとしても普段の行いがあるから不安でしかない。
今までの流れで言えば、「何故か自分のお茶菓子だけ数が少ない」とかいう理由で喧嘩を始めそうだ。
「キュンキュン? (明智はいないのか?)」
明智光秀って教養がありそうなイメージだし、少なくとも六助よりはこういうの向いてそう、と思っての質問だ。六助に代わって明智、そして秀吉に後は適当に分別のありそうな家臣を送れば安心出来るからな。
ちなみに彼は元斎藤家の家臣で、最近まで朝倉義景に仕えていたらしいけど、現在は義昭と織田家の両家に士官することになったと聞いている。
「明智さんはいないのか? です!」
「明智殿は今回の上洛には参加していないと聞いています」
「キュン? (何で?)」
「理由を聞いておられます!」
「申し訳ありません。理由までは……」
「キュ~ン(ふ~ん)」
まあわからないならしょうがない。うちだけじゃなくて義昭にも仕えているわけだし、その内合流するだろ。でも困ったな。
俺のなけなしの日本史知識を総動員して教養のありそうな織田家臣を探していたら六助が妙なことを提案する。
「あの、もしよろしければなのですが。プニ長様にもご同伴いただく、というのはいかがでしょうか」
「キュ? (えっ?)」
「尊いプニ長様なら、いらっしゃるだけで場を和ませていただけますし、六角氏も懐柔しやすくなるかもしれません」
唐突ではあるけど六助の言っていることは一理ある。俺も喫茶店とか行った時に隣にチワワがいたりしたら尊死するもんな。たまには織田家の為に一肌脱ぐというのも悪くはなかろう。
「キュ、キュン。キュキュン(よし、わかった。俺も行こう)」
「プニ長様も茶会に参加するそうです!」
「よっしゃあ!」
「キュッ(うおっ)」
びっくりした~こいつ喜びすぎだろ。
六助の叫び声に動揺していたら、駕籠の中で黙って話を聞いていた帰蝶がおずおずと心配そうに話しかけて来た。
「あの、プニ長様……大丈夫なのでございますか?」
「キュウ? (何が?)」
「何が? と聞いておられます!」
「敵将の前にご自身で出向くなんて危険です」
カラオケ、じゃなかった茶会ごときで心配するなんて可愛すぎるぜ。
「キュキュキュ、キュウンキュン(はっはっは、帰蝶は心配性だなぁ)」
「はっはっは、帰蝶は心配性で可愛いし胸も大きくて太ももにも張りがあって最高だなぁ」
「えっ!?」
驚く帰蝶の頬が、みるみるうちに赤く染まっていく。
「ワンワンギャワン! ワオン?(思ってるけど言ってねえよ! ってえっ?)」
帰蝶って胸大きいの? それに太ももの張りだって正直着物の上からじゃ良くわかんない……。普段抱っこしてくれてる時も俺が触れてるのはほとんど帯の部分だったりするし。
そこまで考えたところで一旦我に帰れば、周囲のヤロー共の視線が帰蝶に集まってしまっていた。顔を赤くしたまま、慌てて駕籠の中に引っ込む帰蝶。
「ワオン! ワンワンワオン! (おいお前ら、帰蝶をやらしい目で見るな!)」
「俺の帰蝶をじろじろ見てんじゃねえよ!」
「キャンキャンキャワン! (お前もちゃんと訳せや!)」
「ははっ、も、申し訳ありません。童貞なのでそう言ったことにすぐ反応してしまいがちでして」
六助って童貞だったのか。この世界に来てから初めてこいつに仲間意識を持つことが出来たぜ。ていうか、そういうことに反応するのに童貞かどうかって関係があるのか?
六助は一つせき払いをしてから場を仕切り直した。
「とにかく、茶会には私とプニ長様、そして秀吉殿が向かう。ということでよろしいですね?」
「キュン(おうよ)」
「おうよ!」
拳を天に向かって突き上げるソフィア。
「それでは早速参りましょう」
六助の言葉と共に、観音寺城があるらしい方角に向けて歩き出す。帰蝶のことが気がかりで、ちらりと駕籠の方を振り返ってみたけど、まだ恥ずかしいのか顔は出していないみたいだ。
心配しなくてもいい。俺は絶対に君のところに帰って来る! なんてお決まりのクサい台詞を帰蝶に放ちたいところだけど、恥ずかしいしこの犬の身体じゃ決まらないよな。
とその時、駕籠の中からぼそぼそと喋る声が聞こえた。
「心配しなくてもいい。俺は絶対に君のところに帰って来る! なんて仰っていますよ!」
「プニ長様……!」
「キュキュンキュン? (勝手に代弁しないでくれる?)」
ソフィアのやついつの間に……これ、後で帰蝶と会うのめっちゃ恥ずかしいやつやん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます