第35話 その三十五

 先ほどから綾子の様子がおかしかった。

 震えているようだ、まるで何かに怯えているみたいに。

 私を閉じ込めていたのは母上様だったのかと綾子は思っていた。

 憎い。

 どうしてあんな所に。

 にくい。にくい。にくい。

 何か黒い影のようなものが綾子を取り巻くように渦を巻いている。

 カカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカ。

 歯が鳴っている。つばが口からたれ流れる。

 白目をむく。

 髪の毛が逆立つ。

「んんんんががああああ」

 豪、ジュリア、ジーク、エヴァはぎょっと綾子の方を見た。

 強烈な獣臭がする。

 四人は綾子から離れる。

 すると、綾子は咆哮を上げるや巨大化した。

 二丈はくだらなかった。

額から角が生えていた。

 体は黒い。

「鬼じゃ」

「鬼だ」

「鬼だああああ」

廻りにいた兵たちは一斉に逃げ出した。

 総一とマリアも鬼の方を見る。

 なんとこちらに向かってくるではないか。

 二人はその場から離れた。

 鬼は突進すると、総一の母親を叩き殺していた。

 四肢を引きちぎりだるまにしていた。

 助ける間もなかった。

 血が散乱している。

 総一が駆け寄る。

「綾子、もうやめるんだ。もう終わったんだよ」

 鬼は一(いち)瞥(べつ)をくれると、総一めがけて襲いかかってきた。

「止まれ」

叫びは届いていなかった。

 鬼の爪が胸をえぐった。

「とまってくれ……」

おにいちゃーんとくぐもった声で咆哮を上げたかに聞こえた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る