農夫の息子の異世界漫遊記

@shololompa

戦争

プロローグ

 いつだっただろう。

オレンジ色にメラメラと光り輝くまんまるな太陽という大樹の周りに咲き誇る花畑のように、一面に広がる青空と白雲。


 俺はそんな日常の中、いつものように家の畑のど真ん中に立っていた。


 古びて色せた鉄製のクワを日に焼けた両手で持ちながら、ひたすらに強く土をえぐり…しかし所々固まった土粒が柔らかく、ほぐされるようにしながら愚直に畑の土を耕していた。

 

 農夫の子として生まれたからには誰もがやるような仕事、運命って言ってもいいかもしれない。


 もっとも畑耕しなんてものは、傍から見ても自分から見てもこれっぽっちも楽しくなく、やりがいは感じず、体中に負担をかけるだけで、ひたすらにきついだけの仕事だ。


 でも、俺はこの仕事は嫌いではなかった。

 さんさんと照る日の光の中、肌を小麦色に焼きつかせながらも汗を垂らし、自分たちが食べる分と人の売る分を合わせた大量の野菜の種を植える畑を耕す。


 面白みはないしやりがいはないが、意味のある仕事で、それに自分が働くおかげで老いていく父母やまだ幼い弟や妹の負担を軽くしてあげることができる。


 そして、俺も父母のようにいつかどこかの誰かと結婚し、子供を作り、農夫としての仕事をこなすようになるんだろう。

 そうだ。きっと、俺も農夫としての一生を継ぎ、子供に継承していくんだ。






 でも、そんな未来への淡い思いはたった一枚の青い紙切れ一つであっさりと断ち切られた。

 まるで神様が俺の考えを面白がって潰そうとしてるみたいに。







 「アルフォンス!アルフォンス!おい起きろ!何寝ぼけてるんだ!おい!上官が来たら雷落とされるぞ!」

 小鳥の声に暖かな日差しと爽やかな緑と土の匂いから一転。

 一気にアルフォンスは現実へと引き戻された。


 指示を出しているのだろうか。前線でもないのにあたりへと撒き散らされている怒号、鼻につくくそったれな硝煙や腐った血の匂い、そして故郷の畑の土とは大違いの黒ずんでヘドロみたいになった自分の今現在寝転んでいる地面だ。


 あぁ。まさしくここは現実だ。

先程まで前線に近い駐屯地の木の近くで寝転んでいたアルフォンスは、偶然通りがかった同期に起こされると同時に、その唯一故郷と変わりない青空を寝転んだまま見上げると、そんなふうに脳内で呟いたのだ。 



 大陸歴2340年。

広大な大陸の西部。その1地方に建国して200年ほどの小国、リュシー公国。この国の評価に対し簡潔に言うのならば、小さいながらも完成された穀倉地帯であるといった点だろう。


 さて、現在はリュシー公国の公王の一族である貴族は元々隣国であり大国リオン王国の1公爵家であった。


 独立以前、現在リュシー公国のある場所に存在した公国の前身であるリュシー公爵領は、リオン王国でも有数の穀倉地帯であり、その多くをリオン王国の中央へと公爵家が販売。


 その結果、リュシー公爵領には莫大な金銭が何代にも渡り流れ込み、結果的にその金銭で気づかれた財産を使い、財政赤字に悩んでいたリオン王国から半ば無理やり独立したのである。


 そして現代。かつての宗主国であるリオン王国は財政赤字を立て直してはいるものの、王国の大きな食料庫の一つでもあったリュシー公爵領が独立したせいで食料自給率が低下。


 そしていまだ独立を保ち、そのケタ外れた食料の生産能力で諸外国と貿易を行い財を成すリュシー公国を見て、あの食料さえあれば更に成長することができると感じたリオン王国は、ついにはリュシー公国に対し宣戦布告を行ったのである。


 いわく200年前の条約は無効である、いわく200年前は王家の財政難に漬け込んみ行った詐欺である、いわく公国は正当な国家ではない、と。


 このように、まるで幼稚な理由ではあるが、相手が相手。過去起こった財政難のせいで多少落ちぶれてはいるものの、紛れもない大国であるリオン王国と、かたや独立して200年経った程度の小国リュシー公国。


 その国力差からリオン王国に味方する国もいなかったが……同時にリュシー公国に味方する国もいなかった。


 こうして、両者の醜い戦争が始まったのである。

 そして、農夫の息子でしかなったアルフォンスもまた……戦争の被害者であった。




 

 俺の名前はアルフォンス•タケヅ。生まれた国は、読んで易し書いて易しの国家、リオン王国だ。


 もっとも大国と名高いリオン王国の中でも片田舎であるラピヌ男爵領の農夫の息子として暮らしていた俺ではあるが、それほど無学というわけでもない。


 なんてったって下級階級の農夫といえども金さえあれば本は買えるし教育は受けられる。 

  

 それにラピヌみたいな片田舎の街にも、まとまった金さえあれば農民にも勉学を教えてくれる学び舎(学び舎といっても見た目は普通の家だけど)もあるし、周りの奴らと一緒に俺もそこである程度の勉強を学んだ。


 もちろん、お金の無い農民の人だっている。でもそういった人たちには、金を払うより程度はちょっと落ちるけど十字教(リオン王国や周りの国では主流の宗教らしい)にさえ入ってさえすれば教会の神父さんが土日だけ勉強を教えてくれる。


 だから、それほど貧乏人だからって無学な人間ばかりってわけでもないんだ。俺の知ってる人間だって殆ど読み書きもできるし、難しくなければ計算だってできる。


 これもそれも、どうやら昔のリオン王国の王様がみんなに勉強を教えたら国を強くなるってしたおかげらし「おい!アルフォンス二級兵!お前武器の整備はもう終わったのか!」


「はい!完全に終わりました、であります!」

 キツめの顔をした真面目そうなメガネに王国軍のベージュっぽい軍服と軍帽をきっちりとボタン全部締めてシワ一つないように着てる男の上官……俺より6つ上の一級尉らしいけど、正直俺はこいつが嫌いだ。 


 なんでか?だって俺たちがドロに汚れるような仕事をしてるときいっつもきれいな場所で涼んでるんだ、嫌いにならないわけがない。

 

「ふん、お前にしては良くできているな。だがな、改めて言うが、その火縄銃は王家より賜った大事なものなんだ。今後蔑ろにした場合は……処罰するから気をつけるように」

 そういっていらない一言とともに俺に釘を刺したと思えばメガネ男は大げさに回れ右をすれば、へんてこな儀仗隊みたいな歩き方をしながら軍の士官の集まるテントへと歩き始めていった。


「はぁ…」

 そして俺はため息を吐きながら、少しきつめの匂いがふわりとする火縄をぐるぐるに銃身に巻きつけている火縄銃を支えにすればまだ緑の芝生の残っている場所に腰を掛け、ふと自分の軍服を見てしまう。


 あいつら士官と違って拵えの全く違う麻布みたいな肌触りで、色も士官のものと違い黄色みの強いベージュで、胸のボタンも木製で服の縫い目もがったがったで、軍帽もペラペラ。軍靴だって布を足の形に合わせて巻いて革紐できつく締め上げたみたいな簡素なやつだ。


 本当に俺ら農民組は数合わせなんだなぁ、と更に憂鬱になると同時に、自分の持っている中でちょっと長めのナイフ以外完全唯一の獲物である火縄銃を見つつ、早く故郷に帰りたい気持ちが強くなる。


 でも、我慢だ。

ここで里心に負けたら収集がつかなくなる。


 そう決めると、ひとまず俺は立ち上がり、とりあえず近くの川で気分転換に顔でも洗いに向かうとした。


 憂鬱なままだと鉄砲の狙いさえまともにつかない。そういうことは絶対だめなんだ。


 そう一人でうなずきながら歩いていると、割とすぐにテント近くの川にたどり着いたので、股あたりの糸がほつれているのでズボンが破れないように気をつけながらしゃがんでみると、とりあえずはおもいきり両手で水をすくってみる。

  

 透き通っていてきれいな水だ。

顔にばしゃりと当ててみると、ほのかな冷たさが火照った顔を癒やしてくれる。 


「あー、もう戻るか」

 3回ほどだろうか。

顔がいい感じに冷えて生きたので、そろそろ駐屯地に戻ろう。そういって駐屯地の方へと振り返った刹那。


 アルフォンスに堪えようのない風が襲いかかった。

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