03 桜染め

 春が近付いたある日、私はいつものように家にやってきた狼のシリウスを連れて森に繰り出した。

 狼と言っても私達、獣人は通常は人の姿をしている。シリウスも灰色の長髪の、背の高い男性の姿をしていた。本性は狼だけあって、ワイルドさを感じる容貌をしているが、育ちが良いおっとりした雰囲気がそれをかき消している。

 

 私も獣人で、兎の獣人だ。

 狼の彼と違って人間に化けるのは上手くないので、白くて細長い耳が頭から飛び出ている。もう見た目だけで明らかに獣混じりだ。おかげで昔、人間の国にいた頃は外見で散々差別を受けた。

 今はこの獣人ばかりの国、ノーティラスに住んで平和な日々を送っている。




 木漏れ日がさす小径を歩きながら、私は目的の樹木を探す。

 冬は終わったばかりで、常緑樹以外の木々は葉っぱを落として裸になっている。

 よく見ると、棒のような木の枝の先に丸い芽が生えようとしていた。

 芽吹く直前の枝を、私はポキポキ折って籠に放り込む。


「肩車して」

「あいよ」


 シリウスは私の言うことに逆らった試しがない。

 背の高い彼の上に乗ると、高い位置の枝も回収できる。


 籠が半分くらい埋まったところで小屋に引き返した。

 外で薪と灰と火種を準備して、大きな鍋で集めた木の枝を煮始める。

 この作業は家の中では出来ない。

 煙と臭いが小屋の中に充満してしまうからだ。

 鍋からは独特の刺激臭が漂い、鍋の水が緑になった。

 シリウスに手伝ってもらって鍋を火から下ろし、中の水を捨てる。煮た木の枝の上に再び透明な水を注いで、火の上に戻した。

 煮詰め続けると水の色が茶色のようなオレンジのような色になる。


 頃合いと判断した私は火を止めて、鍋から枝を取り出して煮詰めた汁のみを抽出した。混ざっている不純物を濾してさらに煮る。


「何作ってるのー? 美味しいのー?」


 私の作業を見ていたシリウスが手を伸ばして、熱い鍋をものともせず、指を煮汁に突っ込むと口元に持ってきて、それを舐めた。


「にがっ」


 そりゃそうでしょうよ。


「だって食べ物じゃないもの」

「それを先に言ってくれ!」


 聞かれなかったし。

 抗議の声は無視して、私は小屋の中から準備しておいた布を持ってきて、沸騰する鍋に放り込む。しばらくして引き上げた布は、何とも言えない淡いピンク色に染まっていた。

 この花の色はとても珍しく貴重なのだ。

 街に持って行くと高く売れる。ふふふ……。


「あ、ルーナたん悪い顔してる」


 黙れ狼。お金はいくらあっても足りないなんてことは無いのよ。王子様のあんたには分からないだろうけど。

 それにしても熱い鍋と格闘していて、疲れた。


「シリウス。狼の姿になって」


 そう頼むと彼は困った顔をした。


「ルーナたん、俺逹獣人はめったに本性を他人に見せないんだよ」

「嫌なら別にいいのよ、フン」


 鼻を鳴らしてそっぽを向くと、狼は慌てた。


「もちろんルーナたんは別だよ、他人なんかじゃないから! ちょっと待って邪魔な服を脱ぐから」


 シリウスは小屋の陰で服を脱ぎ、狼の姿に変身して戻ってきた。

 大きな猪よりさらに大きい身体をした狼だ。

 四本の引き締まった脚で大地を踏みしめ、こちらに近付いてくる。兎の本能で少しの恐怖を覚えるが、理性でそれを抑える。


 あれはちょっと大きなモフモフだ。


 私のお目当ては、彼の身体を覆う豊かでふさふさとした灰色の毛並みである。

 濃い灰色の毛並みはとても柔らかで、艶やかですっと指を通せる何とも言えない最高のさわり心地なのだ。

 私は彼に飛び付くと、思う存分毛並みをモフった。


「……ルーナた~ん。獣人が本性を出してモフらせるのは、お嫁さんに対してだけなんだよ~。いい加減、俺の求愛を受け入れてくれよ~」

「それとこれとは話が別よ」


 きっぱり言うと、私は日溜まりの中、狼の上によじ登ってふかふかの毛並みの上に寝転んだ。灰色の彼の毛並みに顔をうずめて息を吸い込むと、深い森の匂いがした。

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