♂なんちゃって勇者は真の勇者の道へ

「あのぉー勇者様?」

「はい? なんでしょう?」


「名前無いと困りません?」

少し考えてみた。


宿に泊まる時、名前を記帳するよな。

冒険者ギルドがあるのかどうかは知らんが、そういう何かの手続きなどでも名前はいるだろう。

ましてや勇者として名をあげるなら尚更必要だ。


「確かに名前がないと色々不便になりそうだ」

「何か良いお名前がありますか?」


いざ自分の名前をとなると意外と出てこないものだ。

「名前考えるの意外と難しいですね・・・・・・」

「なら私に子供ができたら付けようと思っていた名前差し上げましょうか?」

「ええ!?そんな大事なもの大切にしまっておいてください」

ミューステアは少し残念そうだ。


長老が手招きしている。

何だか嫌な予感しかしないがとりあえず村長の所へ行く。

「なんでしょうか?」

「実はの、先代の勇者様はつい最近老衰で天国に旅立たれてしまったんじゃ。そのタイミングでお主が現れた。どうじゃ?先代の勇者様の名前継いでみんか?」


確かに悪くは無い発想だ。

先代勇者と名前が同じなら生まれ変わりだのなんだので多少の優遇措置があるかもしれない。

どうせ、本当の名前が分かるまでの仮の名前だ。

「そう言えば先代の勇者は自分の名前覚えてたんですか?」

「いや、今の勇者様と同じく名前を忘れてしまっておっての、ワシがつけたんじゃ」


嫌な予感の正体はこれか!?

「ちなみに聞くだけですけど、なんという名前だったんですか?」

「"イチゴモンブラン"様じゃ」


ないわー

それ絶対にないわーーー


「そんな由緒あるお名前いただくわけにはいきません。自分で考えます」

「そ、そうか、残念じゃ・・・・・・」


危ない危ない、危うく地雷を踏むとこだった。

なんかカッコイイのがいいな・・・・・・


"ゼフィロス"とかカッコイイんじゃね?

「ミューステアさん!"ゼフィロス"とかどうですか?」


ミューステアはビクッとし、顔を真っ赤にし、反射的に両手をクロスするように胸を隠し恥ずかしがっている。


「ゆ、ゆ、勇者様、そ、そ、それはお辞めになられた方が・・・・・・」

この動揺しまくりな感じはなんなんだ??

「何か変でしたか?」

「勇者様エルフ語はご存知ないのですか?」

「ごめんなさい。わからないです」

「そうでしたか・・・」

ホットした様子で両手を下ろした。


「えっとゼフィロスってエルフ語では何か意味がある言葉なんですか?」

「あの、その、えーっとですね・・・・・・」

ん?

やはり様子がおかしい。

なにか妙に恥ずかしがっている気がする。

そんなにはずかしい事なのか!?


「何だか物凄く気になるんですけど・・・」

「うぅぅぅ・・・・・・」

ミューステアはゆびをモジモジしながら言えないでいる。


何だか可哀想だな・・・・・・。

「もう言いです。言いたくなさそうなんで」

聞くのを諦めはしたもののやや不満だ。

その気持ちが顔に出たのだろう。

それを見たミューステアはあたふたしている。

「勇者様、も、申し訳ありません!ゼフィロスと言うのは・・・・・・お、お、お」

「おおお?」

「お、お、おっぱい揉むぞって意味です!」

ミューステアは恥ずかしさがMAXになり部屋から出ていった。


「あの胸を隠す素振りはそういうことか・・・・・・。その意味の言葉を名前にするのは確かにまずいな・・・・・・」

心の中で"ミューステアさんありがとう"と言った。


ふと思ったことが1つある。


「村長!なぜ俺が異世界から来た人間だって分かったんですか?初めて顔合わせた時そんな事言ってませんよね?」

「あぁ、その事か。ワシにはよう分からんが、ミューステアがそうじゃと言っておった」

「それだけで信じられるんですか?」

「んぉ?勇者様はミューステアが何者なのかご存知ないのですかな?」

「エルフだとは聞きましたが、それ以外は何も」

「んまぁ間違ってはおらんがの。ミューステアはただのエルフじゃないんじゃよ。ハイエルフなんじゃ」

「ハイエルフ・・・聞いたことはありますが違いがよく分からないです」

「勇者様はアホですかな?」

そこまで直球投げられたら普通にムカつくな・・・。


「ハイエルフとはエルフの中でも最高クラスのエルフじゃよ。現状エルフ族の中でハイエルフと呼ばれとるのはミューステアを入れて7人だけじゃ。それぐらいミューステアの言葉には信用がある」


なるほど・・・そんなにすごいエルフだとは思わなかった。

「ありがとう。村長」

「ミューステアさん探してきます!」

「若いのぉ・・・。フォッフォッフォ」


そう言って部屋を飛び出したものの、右も左も分からない・・・。

とりあえず左へ行ってみよう。

長い廊下を小走りで進んでいく。

!!!

途中にあった窓からミューステアの姿が見えた。


「おーいミューステアさーーん!」

思いっきり手を振った。

「あ、勇者様!」


ミューステアは小走りで駆け寄ってきた。

「さっきは恥ずかしい思いさせてしまってごめんなさい」

「もぅ、本当ですよ!」

ほんの少しだけプンプンしてるように見えた。


「でも、おかげで恥ずかしい名前にならなくて済みました。ありがとうございます!」

ミューステアは、とても可愛い笑顔でこっちを見ながら頭を出してきた。


「えっと・・・?」

「もう!勇者様は本当に何も知らないんですね・・・アホですか?」

また言われた・・・・・・。

「まぁいいです。教えてさしあげます。エルフを褒める時はご褒美に頭をなでなでしてあげるものなんです」

「頭なでなで・・・それは全てのエルフに当てはまるのですか?」

「しわくちゃのおばあさんエルフであっても例外ではありません」

「なんかやりにくい・・・・・・」


とりあえずミューステアの頭をなでなでした。

ミューステアはとても嬉しそうだ。


「そうそう、聞きたいことがあって」

「聞きたい事ですか?」

「なんで俺が異世界から来たと分かったんですか?」

「私はエルフ族の中でも最も優れている種ハイエルフなんです」

「さっき村長から聞きました」

ハイエルフである事を自慢したかったのだろう、少しガッカリしている様子だ。

「ハイエルフには様々な能力があるのですよ!私の特技は"魔力嗅覚"です」

"魔力嗅覚"初めて聞く言葉だ。


「魔力は自然の力と融合してあらゆる現象を起こす奇跡の技。だから魔力の匂いはこの世界の匂いに染まるのです。だけど勇者様は匂いが違った。それだけの事ですよ」


「それって魔族になったみゆの匂いも分かるって事ですか?」


ミューステアの顔が少し曇った表情になった。

「正直試してみないとわかりません。異世界転生は魔族だけが使える術、私達だけで試す事が出来ませんので・・・・・・」


急にミューステアの目つきが変わった。

「ミューステアさん?」


「勇者様!私、勇者様のお話に感動していて大変な事を見落としてました・・・・・・」

ミューステアの表情が強ばっている。

さすがの俺でもただ事ではないと悟る。


「勇者様、私王宮に行ってきます!」

「え、あ、はい・・・・・・あのぉ、どう言うことか教えて貰えませんか?」


「この世界では先代の勇者様のお力で魔族は滅びたんです。つまりこの世界に魔族はいない・・・・・・はずなんですが、勇者様が召喚された」

「それはどういう事ですか?」


「答えは二つのどっちか」

妙な緊張感というか張り詰めた空気になった。


1つ目は、魔族の生き残りがいて先代勇者様が亡くなったのを機に報復に出できた。

2つ目は、勇者様がこられた事でみゆ様が新たな魔族の王となり人間と敵対する存在になった。


「いずれにしても由々しき事態です」

「そもそも、魔族が滅んでいるはずなのに勇者様を召喚するなんておかしな話ですよ。なんで気づかなかったんでしょう」


「俺も王宮行ったらまずいですか?」

「入れてもらえるは分かりませんけど、ご一緒しますか?」

「はい!」


ミューステアは馬を連れてきた。

「え?俺馬なんて乗ったことないですよ」

「分かりました。なら私の後ろに乗ってしっかり捕まっていてください」


馬にしがみつき何とか登ることが出来た。

ミューステアさんの後ろから手を回しお腹の前でギュッとする。

「ゆ、勇者様・・・そんなにギュッとしたら恥ずかしいです」

「あ、ごめんなさい、しっかりって言われたのでつい・・・・・・」

「私、男の方にギュッされたの初めてです・・・・・・」

「いや、そのギュッとは違うと思いますよ・・・・・・」

「そ、そうですか・・・・・・」


「とりあえず行きましょう!」

「は、はい!」

馬にムチをいれ走り出した。


5分ぐらい走っただろうか。

王宮前の広場に着いた。

馬を置き門兵に声をかける。

「ヘチマ村のミューステアです。S級事案になりうる案件があると王に取り次いでください!」

「あのハイエルフのミューステアさまですか!?初めてお目にかかりました!すぐにお伝え致します!」

「よろしくお願いします」


数分たった頃、王宮の方から誰かがこちらへ向かってくる。

「グラノフさん!」

知り合いなんだろうか?

「ミューステア、何だかS級事案があるとか」

「詳しくは中でもいいですか?事が盛れると国が・・・世界が混乱するかもしれませんので・・・・・・」

「そんなに大事なのか!?」

「まだ、確証はないのですが恐らく・・・・・・」

「そ、そうか。中へ・・・と、そちらの方は?」

「あ、初めまして。俺」

と言いかけたらミューステアが間に入ってきた。

「こちらの方は今回の件に関するキーマンです。同席させていただきます」

グラノフと言う男はこちらを見ている。

俺が怪しいヤツじゃないか見定めている感じだ。

「分かった。同席を許可する」


王宮の奥へ案内される。

中は言葉で表現出来ないくらい豪勢な装飾が施されており、とにかく広い。

数部屋進んだところの、特別大きな部屋に案内された。

会議などをするような円卓がある。

「そこで少しお待ちください。陛下をお呼びします」


コンコン

「失礼する」

王が入ってきた。

「ミューステア殿久しぶりじゃの!半年前の温泉旅行以来かの?」

「その節はありがございました。王のおかげで村は賑わっております!」

「それは良かった。して今日はS級事案になりうる話があると伺っておるが何事かな?」


「まず、1つ確認したいことがあります。嘘偽りなくお答え願います」

「うむ。シェルターレに誓い」

シェルターレ?

なんかの神様かな?


「最近勇者様を召喚されましたか?」

「いや、それは無い。先だてイチゴモンブラン殿がお亡くなりになられた後、再び勇者をと言う声も上がっていたのじゃが、イチゴモンブラン殿のおかげで魔族は滅び驚異はなくなっておる。故に召喚はしないということになったのじゃ」


「そうでしたか・・・・・・」

「それが、そのS級事案と関係が?」

「はい。召喚されてないとなると、少し状況が拗れてしまいますが・・・」

「はて、全く話が見えんのぉ・・・」


「結論から申し上げます。魔族、もしくは魔族に与するものがいると思われます」


!!!!


「なんと!?どういう事かな?」

「はい、実は彼、異世界から来たのです」

「「異世界から!?」」

グラノフと王はハモった。


「どういう事か全く状況が・・・・・・」

「順を追って説明致します」


「まず、彼は元の世界で青い魔法陣、召喚陣に包まれこちらの世界に来たのです。その時同時に、目の前で愛する人も魔方陣に包まれた。しかしその魔法陣は赤い物、召喚陣ではなく転生陣だったのです。その2人は神様の泉という所で神聖な儀式を行い、とある成約と制約を受けていたのです。それは"3年以内に結婚を成すと2人は来世でも再び出会い結ばれる。しかし成されなければこの先永遠に2人は会えなくなる。ただしその3年間2人は必ず手の届く所に存在し合える"と。私はてっきり勇者様を召喚した事で、制約に基づき、この世界に魔族として、ご伴侶様の転生が施されたと思ったのです。しかしよく考えてみたら、魔族が滅んだ今なぜ勇者様の召喚をしたのかと・・・・・・。それで王に召喚の話を確認したわけですが、召喚はされてないと。つまり逆であると推測されます」

「逆とは?」


『魔族の生き残り、もしくはそれに関与するものが異世界転生を行い、ご伴侶様がこの世界に転生した事で、制約により彼はこの世界に召喚された』


「と言うことです」


俺がみゆを巻き込んだと思ったのが、実は俺が巻き込まれた?

なぜみゆは異世界転生させられたんだ?

ますます訳が分からない・・・・・・。


「でも、勇者殿が召喚されたという事は魔族に対しても対抗出来ると言う事じゃな」


「王様、それが非常に複雑な事情がございまして・・・・・・」

「複雑・・・というと?」


「まず魔族の中に、転生した勇者のご伴侶様がおられるという事。そのご伴侶様に勇者様の名前を教えて頂く事。それと・・・・・・」

「それと?」

「その魔族に転生したご伴侶様と結婚する事」


「何じゃと!?」

「魔族と勇者の結婚など冗談にも程があるわ!!」

怒気を含む荒々しい声で叫んだ。


「うっ・・・・・・」

勇者は立つ瀬がなく弱々しく小さくなっていた。

王は勇者の複雑な表情を見て心苦しさを覚えた。


「勇者殿、無神経であった。許されよ」


「あ、いえ、俺も、もう何が何だかよく分からなくなってきて・・・・・・」

「ご伴侶の事はともかく、それ以外の魔族達とは事を構えねばならんだろう」

「勇者殿は戦の心得はおありか?」

「あ、いえ全く・・・・・・剣のひとつも握った事はありません」

「・・・・・・」


ミューステアが意を決した様な面持ちで言った。

「勇者様、追い打ちをかけるようで大変申し訳ないのですが、この際はっきりしておいた方が良い事がありますので、失礼を前提に申し上げます」


勇者は今にも泣きそうな雰囲気だ。


「あなたは勇者ではありません。まず私たちは勇者を求めた異世界召喚を行っていないからです。異世界に迷い込んだ1人間に過ぎません」


勇者の目には涙が浮かんでいた。


「しかし、異世界からの召喚は1人だけしかできない。つまりあなたは勇者ではありませんが、勇者としての役割を果たさねばならないのです!」


「それも、本来なら召喚に使った膨大な魔力は、勇者様の糧として、身体能力、魔力、スキルなどに充当され超人的な力で戦う事が出来るのですが、あなたはにはそれがない。つまりあなたは己の力だけで戦うしかないのです」


勇者は涙をポロポロこぼしていた。

「そんなの無理ですよ・・・・・・出来るわけないじゃないですか・・・・・・」

「そう考えるのも無理ありません」


「あなたの為に、ここで1つ私の大好きな逆説を論じましょう」

勇者は希望にすがる思いでミューステアを見た。


「あなたは勇者ではない!つまり私達を助ける義理がないという事です」

王は驚いた!

「何を馬鹿な事を・・・」


「あなたは当初の目的通りみゆ様を探し出す事だけに尽力すれば良いでしょう。私達の事は気にする必要はありません」


「でもそれだとこの世界の人々は・・・」

「勇者でもないあなたがそんな事を気にする必要は微塵もないのです。ただ、あなたのみゆ様捜索行為は、私達にとって勇者様の働きのごとく大きなメリットがあります。ですので国を上げて世界規模であなたを全力でサポートするでしょう」

「ミューステアさん・・・・・・」


「そして、もし仮に、私達か、みゆ様か、どちらかしか救えない理不尽な状況に出くわしたなら、容赦なく私達を見捨て、迷わずみゆ様をお選びください。勇者でもないあなたにそこまでしてもらう言われはありません」

王もミューステアの胆力に押され言葉が出ないでいる。


「ですので、あなたが魔族と結婚しようがしまいが、私たちには関係の無い事、好きにしたらいいと思います」

「ですよね王様?」


王はハッと我に返った。

「ああ、勇者でないと言うなら・・・・・・」


「という事です!なんちゃって勇者様」

「ミューステアさん・・・ミューステアさん・・・本当にありがとうございます」


「それともう1つ、私はあなたのみゆ様に対する熱い想いと、とても深い愛に心奪われました。私はハイエルフの長として命にかけてみゆ様捜索に協力します」

「魔族と人間が真の愛に目覚め、お互い手を取り合えば、この世界に本当の平和が訪れるはずです。その時は、人間と魔族、両方への愛を持つあなたを真の勇者と呼ばせて頂きます」


なんちゃって勇者はミューステアの言葉に応えようと強い思いが湧き上がっていた。

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