第119話 知っていて損はない
「実は俺、格闘技好きなんですよ」
「いや『実は』の部分いる? ねえ『警察犬』で『チャンピオン』?」
「暇なんで護身術的なものを教えようかと思うんですが、どうです?」
「うーん、そうね。いつもキミが守ってくれるとは限らないし、教わっておくのもいいかなって」
「ではまず相手が男1人の場合、しつこいと思った時点で相手の股間を蹴り上げましょう。蹴りかたは利き足をただ垂直に蹴るだけです」
「待って、容赦なくない?」
「色々揉めて相手のほうから強気にでられたら、いくらセンパイでも……いや俺でもきついっすよ。先手必勝です」
「なるほど。じゃあシミュレーションしてみようか」
「そこの可愛い子、俺と一緒に遊ばない?」
「せいっ!!」
「そう、このタイミングで蹴らないと相手との距離も近くて蹴り辛い場合もあるのでその判断は正しいです」
「なに普通に片手で蹴りを受け止めてるのさ。その場合どうすればいいの?」
「あ、普通最初から股間蹴られる覚悟までするナンパ野郎はいないんで。俺はいつ蹴られてもいいように警戒してただけなんで、そこは気にしないでください」
「……ていうか私の蹴り、下手くそだった?」
「わりといい感じですよ。モーションが小さいので威力はないけれど相手の弱点狙いなら大体は当たるかと」
「ちなみにお手本としては?」
「寸止めするんでできれば動かないでください。さっきのセンパイの蹴りが『ただ足を上げる』だけ、こんなんです」
「はやっ! えっ、それ防がれたの?」
「普通は警戒してても難しいでしょうね。なんで蹴り方の練習はいらないかと」
「ちなみにキミが本気で蹴った時は?」
「こんな感じです」
「棒立ちから相手の顔ぐらいまで思いっきり蹴ってたね!? 股間狙いとか関係なく普通に気絶するよ!?」
「そうは言っても、声をかけられる度に蹴るわけもいかないでしょ? なんで万が一にやばい状態になった時、逃げる方法を教えますね」
「うん、先にそっちを教えるべきだね」
「センパイ、ちょっと後ろ向いてもらっていいです?」
「え、うん……っていきなり背中を押すな!」
「利き足は右、と」
「手は気にした事はあったけど、足にも利き足とかあるの?」
「ありますよ。特に足は『利き足』と『軸足』があるので理解しているのとないとのでは体の動かし方が違います」
「ちなみにさっきの背中押されたのは?」
「急に足を出す時、無意識に出る足が『利き足』です」
「なるほど。じゃあ『軸足』はその逆?」
「違うし護身とはあまり関係ないので端折ります」
「……で『利き足』がわかって、なんになるのよ」
「小学生の頃の徒競走の時のポーズ取って下さい。あの『いちについてー』ってやつです」
「こう?」
「そうそう。で『よーい、どん!』って言われた時の一歩目を見せてください」
「まあ、こうだと思う」
「左足から踏み込みましたね。まあそれが普通なんですけど。それを右足でやってください」
「この体勢で? いや無理でしょ」
「さらにいうと左足は地面から離してください。右足の力だけで踏み切りましょう」
「無理無理、さっきから何を言って――」
「俺は利きも軸も左なんで、右利きって設定で同じ動作しますね。つまりこういうことです」
「いや全然わかんない」
「自分の体重を支えているのが両足です。で突き出した左足がなくなると、支えられなくなって自然と前に倒れます。その自然な体重移動が一番効率よく初速を生み出す。もちろんそのままでは倒れるのでもう片方の足が支えようとします。まあ簡単に言うと『縮地』みたいなもんす」
「なんか結構よく聞く武術の奥義的な!? そんなの教えようしてるの!?」
「理屈として理解して実際体に馴染ませるとさほど難しいものではないっすよ?」
「私がその技術得て意味はあるのか」
「最速で逃げれます。相手が誰であれ、まあよっぽどじゃない限り普通の踏み出しでこの足技には付いてこられないでしょうね」
「ちなみに、これ覚えられるのにどのくらいかかる?」
「まあ今日中には。仮に失敗しても俺が支えるんで、失敗して倒れる覚悟でも怪我はさせませんよ」
「そ。じゃあ。練習しようかな」
「じゃあ右足を下げて、左足を引き抜いて――」
「んっ……」
「――センパイ?」
「てへ、転んじゃった。キスはたまたまだから、ね?」
「……縮地法もどき、習得おめでとうございます」
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