第99話 アルバイト

「颯、お前ってお酒強い?」


「未成年どうしの会話じゃないんだけど。知らねえよ」


「俺弱いっぽい。ビール運ぶ時の匂いだけで吐きそう」


「ああ……そういう」


 夏休み入ってすぐ、純と一緒に七ヶ浜の海の家のバイトをしている。

 テイクアウトは他のバイトがやってくれるが、中で飲食をするお客に配膳をするのが俺たちの役割だった。

 

「店長に行ってキッチンに回してもらえ。代わりにフロアできる奴一人寄越してくれ」


「助かる……」


 さて、とはいえすぐには来ないだろうな。

 そもそも純がキッチンで戦力になるまで誰かが教えなきゃならんし。


 7月後半とは言え、客足はかなり多い。

 8月に入るともっとらしいが、俺1人で捌くのきついぞ……?


「じゃあ私が手伝おうか?」


「……? センパイ?」


「よっ! あはは! その驚いた顔見たくてお客の振りしてきたけど、想像以上にいい顔してる!!」


「からかわないでください。あと、忙しくなるから構ってられませんから」


「だから手伝うって。キミが驚く顔見たいために海に来る暇な私だよ?」


「俺はそれを決められません。俺はバイトです。いきなりセンパイがバイトして給料ができるか、いやでないのに働かせたらアウトなんで。むしろ迷惑になります」


「りょーかい。ちょっと待っててね」


 そういうとセンパイは店長のいるキッチンに向かっていった。


「おにーさん! 注文!」


「はい、よろこんで!」




「ご注文を復唱します。生ビール3つと焼きそば2、お好み焼き2つですね」

「お待たせしました。ラムネ2つと生ビールです。はい、追加でラーメン2つですね」

「ハイボールと生ビールです。焼きそば追加ですね、少々お待ちください」

「イヤ焼きとフランクフルトです。生ビール追加ですね、かしこまりました」

「海の家なのに何故生しらす丼があるのか、ですか。普段は定食屋の店主が夏シーズンだけ気まぐれでやっているからですよ。味は保証できますよ? はいありがとうございます。生しらす丼2つはいりまーす!」


 当たり前のようにセンパイがフロアに入り、2人で注文と配膳をこなしていった。

 とりわけトラブルもなく、昼のピークタイムを乗り越えた。


 俺は海パンにパーカーだが、センパイはTシャツとジーパンの裾を七分までまくっただけのわりと普段着に近い。

 そのおかげか、変な奴に絡まれることもなく無事って感じだ。

 ……センパイが水着姿だったら、もっと混みそうだしトラブルも多くなりそうなんで大助かりだ。


「ふう、結構大変だね。はじめてこういうバイト? みたいな事したけど、忙しい忙しい」


「そのわりには凄く丁寧でしたね。助かりました」


「いいのいいの。思ってたより早かったけど、こういうバイトの経験はいつかしたいって話てたでしょ」


「でもよく飛び込みで採用されましたね」


「キミが出来る子でも、フロア1人じゃ絶対パンクするでしょ。ていうか私の見立てだと2人でなんとなったのが奇跡だよ」


「人手がいないから俺が呼ばれてるんで、そこはもうなんとも」


「んー、じゃあ明日も来ていい?」


「……それを決めるのは俺じゃないっす」


「ん、だよね。ちょっと聞いてみる」




「改めて、よろしくね!」


「…………」


「なんで渋い顔するのさ。私含めてフロア3人。これなら余裕持って仕事できるでしょ?」


「なんで、水着」


「え? 昨日は急に飛び込んだから普段着だけど、みんな水着だからさ」


 センパイは大き目のパーカーを羽織っており膝ぐらいまでは隠れている。

 水着そのものは見えないし、扇情的ではない。

 けれど、水着なんだよなあ……。


「ちょっと店長と話してきます……」


 センパイともう1人の大学生バイトさんが首をかしげる。

 だが、万が一の場合を想定しないといけない。


 そして、想定した事が、想像以上の早さで事が起こった。

 頭が痛い。もしかして、が本当に起こるし何なんだろう。


「フロア2人に任せます。センパイ、こんな事のあとですけど、頼んでいいですか?」


「……え? うん、けど」


「大丈夫ですから」




「センパイに触ろうとした奴、手を挙げろ」


 夏の海は怖い。

 開放感が何をしてもいい気持ちにさせる。

 さらにアルコールが入ればなおさらだ。

 そんな気分に美人が目の前に居れば?

 パーカーを着ているとは言え、生足を晒す水着の美人がいたら?


「誰も手を挙げないかー。じゃあ全員触ろうとしたってことだな?」


「ちがっ、そんな事してねえって言ってるだけだろ!」


「お前とそいつ、あとこいつとあいつ。センパイのパーカーを執拗に掴んでたけど?」


「ただのスキンシップだろ! ていうかこの程度でごちゃごちゃ言うならこんなところで働くなっての。それぐらいされるのわかってて――」


「お前らの価値観で話すな。その理屈で言うと、従業員があんたらみたいな下種に絡まれたらこの夏病院で過ごさせてもいいって店長から許可得てるんだよね。つまり、女に絡んだ結果痛い目見ても仕方ないって思ってるんだよな?」


「さっきからよ、てめえ口がなってねえよ。大人しくしてりゃ好き勝手言いやがって。そりゃ俺らもちょっとやりすぎたかなって思って反省してたのにてめえの言うとおり付いてきてやれば偉そうにしやがって」


「そ、肯定でいいのな」


 リーダーっぽい先から口だけの男を鳩尾を蹴る。

 その後、喧嘩が始まったと察し体を身構えた連中を無視し、状況を把握できない無防備な男に膝を入れる。

 素足、砂場だが右足を軸にしている分には痛みはない。


 俺はこのまま畳み掛けてもよかったが、あえて一呼吸置く。


「今後一生、今回みたいな相手の嫌がる事をしないと誓ってくれる人、挙手」


 しかし喧嘩がはじまり、そしてする気満々の連中だからか、誰も手を挙げてくれなかった。

 悲しいなあ。

 

 膝を思いっきり食らい砂浜にうずくまる男の後頭部を思いっきり踏みつけた。

 何度も、何度も。

 男はやめて、と何度も懇願するが無視して踏み続けた。


「ほら、あんたら手を挙げてくれなかったから『俺も相手の嫌がる事』をして良いってなったじゃん。お前らが今後も抵抗できない人に強引に何かをし続けますと言うなら俺もその辛さ教えないといけないよな?」


 後頭部を守るために自然と両手でガードしているが、無視して踏み続けているので指が変な方向に曲がり、紫色に膨れ上がっている。


「次、お前な」


 ぱっと見た感じ、一番構えがしっかりしている奴に向かって踏み込む。

 足技しか見せていないので、相手の注意は俺の足元に集中していたが、左手の寸系で鎖骨を押すように叩く。

 痛みと威力で体が崩れたところで右のハイキックを入れる。

 ……やっぱ一発が限度か。軸足としてもあまり使えそうにないぐらい痛みがある。


「……やっぱ折るのが一番かな。綺麗に折ってやれば一ヶ月ぐらいで治るらしいぜ? 今年の夏はギブス生活だな」


「やめ、やめてください……」


「じゃあ次から、相手が止めてと言ったら素直に止めると誓ってくれる?」


「もちろん! もちろん! だから」


「みんなも誓ってくれる?」


 ほとんど全員が手を挙げてくれた。

 ――1人以外。


「……っ!!?!?」


「お友達に裏切られたね、可哀想に。誓ってくれないお友達がいたよ」


「誰だよ!? この状況で、嘘でもハイって言えよ! いてえよ……! 折れたの? 折れちゃったの!?」


「これが現実。あんたの骨がどうなろうと知らない、俺が一番って奴が居る限り、お前らみたいなのはずっと誰かを傷つけるんだよ」


「ちくしょう、なんだよ、ただのナンパじゃねえか、くそっ、くそっ」


「そこであんたに大チャンス。俺には折った骨を治す事はできないけど。――、たった1人嘘でも手を挙げてくれなかったオトモダチ、どうしたい」


「殺す、殺したい……!」


「物騒だなあ。まあ殺さないけど、てことで」


 手を挙げなかった男に向かってゆっくりと歩いて距離を縮めた。

 ガタイは俺よりいい。

 でも、骨を折った男より強いとは到底思えなかった。

 確かに体格でいうなら骨を折った男より上だ。

 ただ、それだけ。


 適当な歩行で距離を縮め、相手の射程に入った途端、まるで腰の入ってない拳が飛んできた。

 避けてもいいけど、あえて掌でいなす。

 見えてますよ、いつでも避けられますよと。


「お前の所為であいつ、骨折れたけど。なんで手を挙げなかった?」


「俺には関係ねえから」


「そ」


 左の寸系で鳩尾を狙い、わざとガードを下げ気味にしたところに右ストレートを顎に叩きこんだ。

 がくっと男は気を失った。


「一人でも手を挙げたらやる。こいつの骨を折るが、やってもいいって奴」


 当然、既に折られた男は手を挙げた。


「んじゃ、遠慮なく」


 右膝を折る。確実に後遺症が残る、致命的な骨折だ。


「人の嫌がる事はいけない、いいね?」

 

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