第93話 お説教

「榊純君。お話があります」


「え、なにそのノリ。えっと学食でいい?」


「いいえ、今すぐします。なので正座してください」


「いやここ廊下なんだけど」


「正座」


「……はい」


「では改めて、榊純君にお話があります」


「あ、颯も正座するんだ」


「俺との約束、破ったな?」


「えっと、なんのことでしょうか」


「『教える格闘技はどうしても暴力を振るわないといけない時にしか使うな』」


「……。はい、すいませんでした」


「お前、バスケ部のチームメイトに思いっきり使ったろ……。教えてもない絞め技まで使ったって耳にしたぞ。お前器用だから見様見真似で覚えるとは思ってたけどさ」


「ついかっとなって。今では反省してます」


「よろしい。まあ、俺のために怒ってくれたってのは嬉しいけどさ。そんな事のために教えてたわけじゃないからな」


「『自分の身を守る時』と『どうしても暴力でないと太刀打ちできない時』だっけ」


「そ。今回、どっちでもなかったろ」


「まあ、そうだな。結局あの後に3on3で恥をかかせたし」


「てことで、次から気をつけるように」




「欅颯君、正座」


「え、なんで」


「正座」


「あ、はい」


「バスケ部エース君にはもしもの時のために、格闘技を教えていたそうだね」


「何故それを」


「いや休み時間、学校の廊下でお互い正座で話し合ってれば噂にもなるよ」


「……なるほど?」


「キミは目立ちたくないとか普段言ってるけど、なんでこれ以上ないってところで目立つかなあ」


「いやでも、それぐらい大事な話でして」


「で、本題なんだけど」


「センパイ、もうちょい離れてもらえます? 乳で顔見れないし、あと風でスカートがひらひらしてて、アングル的に色々はしたない」


「ンッッ! で、本題なんだけど!」


「あ、センパイも正座するんだ」


「どうして私には教えてくれないの? 私だって『自分で自分の身を守らないといけない時』があるかもよ? ていうか、結構あるほうだと思うよ?」


「え? 俺が守るから大丈夫じゃないっすか?」


「ンッッッッ!! そうじゃなくて! 別にキミと常に一緒にいるわけじゃないし! この間の横浜での待ち合わせだって、キミが来るのがちょっとでも遅れたら?」


「格闘技は文字通り技、技術です。センパイがいくら運動能力、身体能力に恵まれても筋肉量や身長差は男には敵わない場合が多いです。これ、別に性差別ではなくて区別で、事実です。センパイにとって『自分で自分の身を守らないといけない時』は『逃げる事』です。あとできれば助けを呼ぶ事です。なまじ技を覚えて抵抗して、逃げるという選択肢を狭めたくありません」


「……でも」


「思い出してください。相手が暴力を振るった時、センパイはどう言った態度でした?」


「無視した。肩とか触ろうとしたから手を弾いた」


「それ。無視はまだしも、手を弾かれた事で相手の怒りを買ったんです。それがなまじ見につけた格闘技だったら?」


「ただの喧嘩になる……?」


「センパイが格闘家名乗れるぐらいの才能と鍛錬があればいいですけど、相手を本気で怒らせたらダメっす。だから、俺は絶対にセンパイには教えません。おーけー?」


「……おーけー。あと、逃げるって考え、そう言えばあんまり考えた事なかったよ。1人の時でやばいなーって思ったら逃げるようにするよ」


「そうしてください。てかおい逃げる気なかったとか本気か!?」


「だって、逃げるって負けたような気がして」


「その結果、怖い目に会うとか怖い思いをするぐらいなら負けて?」


「んー……やっぱ逃げるのは本当にどうしようもなくなった時にするよ。キミがバスケ部エース君に『どうしても暴力でないと太刀打ちできない時』に使うよう教えたように。その代わりに――」


「こらー、何急に当たり前のように俺の膝に座る!? 顔! 近っ!!」


「私の事、守ってくれるんだよね。期待してるから」


「――『シュレディンガーの口付け』、最近ちょっとこれ普通の」


「文句言うと次は舌も入れるよ?」

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