その2

 龍王りゆうおうの城は、白麗びやくらいの家からさほど離れていないようだった。

 昨日、龍王の城から戻る時は悄然しようぜんとしていて、景色や位置を見る余裕よゆうがなかったため知らなかったが、白麗の家は里の外れの方にぽつんと位置していた。

 龍王の城の正面の方に里があり、白麗の家はその反対側──城の裏側にある。

 里からかなり外れてはいるが、龍王の城へは里に行くよりも近い。

 なぜこんな離れた場所に一人で暮らしているのだろうか、と鳴鈴めいりんは思ったが、出会ったばかりの鳴鈴がその事情を聞いたところで答えてくれるとは考えにくい。

 いつか教えてもらえるように頑張がんばって仲良くなろう、と鳴鈴は決心しながら里の景色をながめる。

『隠れ里』と言っていた通り、ここにはたくさんの龍が暮らしているようだ。龍の大きさに合わせて造られた建物が点々と並んでおり、龍が寄せ合って暮らしているのが遠目からもわかる。

(すごい……こんな場所があったなんて……! 龍を伝説の存在だと思われているのは、わたしたちが暮らす世界とは違う場所に姿を隠しているからなのね……)

 龍王の城へ向かう道中は、昨日よりも快適だった。

 昨日は白麗の爪で服をつかまれ、宙づり状態での移動だったが、今回は龍の姿になった白麗の前足にてんと一緒に乗せてもらえた。

 本当は背中に乗せてもらいたかったのだが、白麗に拒絶されてしまい、今回は泣く泣くあきらめた。

 しかし、いつか背中に乗せてもらう気満々の鳴鈴である。

(今は無理でも、明日には乗せてもらえるかもしれない。可能性はなきにしもあらず、だわ!)

 そう鳴鈴が決意を新たにした時、里の龍たちがそろって鳴鈴たちを見ていることに気づいた。

(……なにかしら? すごく注目を浴びているみたい……昨日はほとんど目をつむっていたから気づかなかったけれど、昨日もこんな感じだったのかしら? でも……なんというか……すごく、嫌な感じ……)

 皆、一様に鳴鈴たちを見ているのに、その表情が嫌なもの見た、というような感じなのだ。鳴鈴たちに気づくと、顔をしかめてひそひそと話をし出す。

『あれが例の人間か……』

『銀色というだけで龍王様に可愛かわいがられているみ子と人間が一緒だとはな』

『嫌われ者は嫌われ者らしくおどおどとしていればまだ可愛げがあるものを』

『おまけに人間なぞ連れてきよって……ああ、嫌だ。里の神聖な空気が汚れてしまうわ』

 どうやら、注目されているのは人間である鳴鈴だけはなく、白麗も含まれているらしい。

 明らかな悪意に満ちた台詞せりふに、鳴鈴の心はすうっと冷えた。

 龍とは、もっと神聖で厳かな生き物だと思っていた。しかし、どうやらそれは間違いだったらしい。龍もこんな嫌がらせをするのかと、少し失望する。

 それと同時に、困惑もした。

(わたしが歓迎されていないのは昨日のやりとりでわかっていたけれど……今の台詞って、白麗様のことを言っているのよね? 同じ龍なのに、どうして……?)

 鳴鈴は思わず白麗の顔を見たが、彼の表情は変わらなかった。

 聞こえていない、ということはないはずだ。鳴鈴の耳にもしっかりと届いたのだから、白麗に聞こえていないとは考えにくい。

「あの……白麗様……」

『いつものごとだ。気にするな』

 思わず声をかけた鳴鈴に白麗は素っ気なく答えた。

(いつもの戯れ言……? 白麗様はいつもこんなことを言われているの? 私が来る前からずっと? いったいどうして……?)

 その理由を聞きたいが、白麗の顔がこれ以上聞くなと拒絶しているような気がして、聞けない。

 白麗や龍のことを知っていけば、どうして白麗がこんな目にっているのか、それもわかるのだろうか。

(龍についても、この里の事情もわからないことばかりだわ……)

 鳴鈴はもっと白麗のことを知りたい、とこの時強く思った。


 城に着いたところで、鳴鈴はふと疑問に思った。

「白麗様。お城になんのご用があるのですか?」

『今さらかよ……』

 呆れたような口調で呟く白麗に、鳴鈴は身をすくめた。

『城の中には書庫があるんだ。そこには古い書物もたくさん眠っている。その中に〝つがい〟を解消する方法の手がかりがあるんじゃないかと考えた』

「なるほど……まずは書物から探していくということですね」

『そういうことだ。……先に言っておくが、あんたはなにもするなよ』

 はい、と素直に頷いた鳴鈴を白麗は怪しむように見たが、それだけだった。

 城の中に入り、書庫の入り口と思われる場所に着くと、白麗は人の姿になった。

「あの白麗様……」

 鳴鈴が再び質問しようと口を開くと、それを遮るように白麗が言う。

「人の姿を取らないと、書庫に入れないんだ。龍は人よりも寿命が長い。だから人間のように伝統を語り継ぐ風習や、本に書き残すという習慣がなかった。だが、人間が〝本〟を作るようになり、それは口頭よりも正確に、皆に平等に知識を伝えることができると知り、龍もそれを真似まねた。その名残なごりで、龍が作る書物も人間と同じ大きさや作り方をしている。だから、俺たちは本を読む時やなにかを書く時は人の姿になる」

「なるほど……だから書庫の扉も小さいのですね。ところで……どうして白麗様はわたしが疑問に思っていたことがわかったのですか?」

 不思議そうに尋ねた鳴鈴に、白麗は盛大にため息をついた。

「……あんたの顔を見ていればわかる」

「わたしの顔?」

 自分の顔を両手で触りだした鳴鈴を白麗は冷めた目で見つめたあと、なにも言わずに書庫に入っていく。

 鳴鈴はあわててそのあとを追う。

「今から俺は〝番〟に関する本を探す。あんたはここで大人しく座っていろ」

「はい」

「……この書庫から外へは出るなよ」

「わかりました」

 鳴鈴がうなずくと、白麗は疑わしそうに鳴鈴を見たあと、すぐに本を探しに書庫の奥へと消えていく。

 それを見送ったあと、鳴鈴は言われた通りにその場に座り、書庫をよく観察することにした。

 書庫は、本独特の紙の匂いで満ちている。こういうところは人も龍も変わらないのだな、と思った。

 鳴鈴が今いるところは書庫の入り口のすぐ近くだが、その壁すべてが書棚になっており、鳴鈴の目では見えないくらい高い天井の近くまで、ずっしりと本が並べられていた。恐らく、奥も同じようになっているだろう。

 見たこともないくらい、たくさんの本がここには収蔵されている。きっとここには龍の歴史についても詳しく書かれたものがたくさんあるのだろう。

(龍についても……ここでなら、調べることができるかも?)

 そう思いついた鳴鈴は、すぐ近くにある書棚から龍に関する本を探した。

 そして『龍族の歴史』という本を見つけ、読み始める。

(【初代の龍王は絶大な力を持ち、その力を持って多くの命を救った。初代の龍王にできないことはないとさえ言われた。だからこそその力を悪用されることを恐れ、自身の死を悟るとその持つ力すべてをどこかに隠した。しかし、それがどこにあるのか、未だにわかっていない】……初代の龍王様はそんなにすごい方だったのね……!)

 その本には龍にまつわる話がわかりやすくまとめられており、鳴鈴は時間を忘れて読み込んだ。

『龍族の歴史』という本はいくつか続刊が出されていて、全七巻あるようだ。

 これを借りて行くことはできないかと鳴鈴が考えた時、大量の本を抱えた白麗が戻って来た。

「あ、白麗様!」

「あんた……俺は大人しく座っていろと言ったはずだよな?」

「ご、ごめんなさい……わたし、どうしても龍のことが知りたくて……」

「……ふん、まあいい。帰るぞ」

 本を抱えたまま出て行こうとする白麗に、鳴鈴はあわてて声をかける。

「あの、白麗様」

「なんだ」

「この本、わたしも借りていいでしょうか?」

 鳴鈴は先ほどまで読んでいた『龍族の歴史』の本を見せると、白麗は少し驚いたように目を見開いた。

「あんた……これ、もう一巻を読み終えたのか? かなり分厚い本なのに……」

「はい。とても面白くて、あっという間に読めてしまいました。だから、できれば借りていきたいのですけれど……」

 白麗の顔色を伺いながら、おそる恐る鳴鈴が言うと、白麗は眉間みけんしわを寄せた。

 そして、ぽつりとつぶやく。

「……ここにある書物を外に持ち出すことは、禁じられている」

「え? そ、そうなのですか……?」

 では、この本は借りていけないのかと、鳴鈴はしょんぼりとかたを落とす。

 そんな鳴鈴を白麗はすごく不本意そうな顔をして見つめた。

「だが……俺は特別に龍王のじいさんの許可をもらって、ここの書物を持ち出すことができる。あんたの読んでいるその本にも〝番〟を解消する方法の手がかりがっているかもしれない」

「えっと……つまり……?」

 鳴鈴が戸惑とまどって問いかけると、白麗は顔を顰めた。

「借りてもいいって言ってるんだよ! それくらいわかれ!」

「は、はい! ごめんなさい!」

 怒鳴どなられた勢いで、鳴鈴は反射的に謝る。

 しかし、さきほどの白麗の言葉を思い返し、本を借りる許可をくれたのだと一拍遅れて理解して、じわりと喜びが胸に広がる。

「あ、ありがとうございます、白麗様」

「……別にあんたのためじゃない。これは俺のためだ。それに……あんたが本を読めると知ったからには、俺はあんたを利用するからな。これからあんたも、俺が借りた本を読むのを手伝え」

 ツン、と顔を背けて言った白麗に、鳴鈴は笑顔で頷く。

「……はい! わたし、頑張ります!」

「……帰るぞ」

「はい!」

 たくさんの書物を持った白麗のあとに、鳴鈴は『龍族の歴史』の本をいくつか持って続く。

 いつの間にか白麗の肩の上に乗っていた天が鳴鈴を見て、「やったね、鳴鈴!」というように「きゅい!」と鳴いた。

 そんな天に鳴鈴は笑顔で頷いたのだった。

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