第五話―⑩ 今、そこにある幸せ



 それから──私の世界は、目に見えて輝きだした。

 今までの私は、どれだけ鈍感だったんだろう? 気付いてしまえば、ほら!

 こんなにも、毎日は楽しかったというのに。



明後日あさつてのデートは、に行こうか?」

「わ、わかの行きたい所でいいよ? 何処へだって、付いていくし!」


 彼は、いつの間にか私の名前を親しみを込めて呼び捨てるようになり。



「もう……そんなの、私だって同じだよ?」

「俺達は、本当に気が合うなあ。えへへ、まさにベストカップルとはこの事だ!」


 私もまた、彼に対して、敬語を使う事をめた。


「次は、あのゲーム、やろう!」

 晴斗くんと過ごす時間が、何よりもいとおしい。

「了解、このアクセ、見事に取ってプレゼントするぜ!」



 ずっと、ずーっと、一緒にいたい。


「今日は、このプラモを買おうかな?」

「あのさ、デートコースの締めが、毎回のようにプラモ屋ってのもどうなん?」

「細かい事を気にしちゃ駄目だよ」

「いや、若葉さえ喜んでくれるんなら、それでいいんだけどさ……」


 ちょっぴりのワガママも、聞いてくれる。


「ま、何だかんだでお似合いって事でいいじゃねえか。はいよ、ジェムⅡお待ち!」



 それは、まるで夢のような日々。


「わあ、ぷにぷにだぁ♪」

「く、くすぐったい……他人におなかつままれるのって、妙な感覚なんだなぁ。うう、何かに目覚めそう……」



 何をするにも楽しくて、どんな事を話してもうれしくてたまらない。

 ……私は、すっかり彼に夢中になっていた。

 どんなに甘えても怒らない。その気持ちに寄り掛かっても、うっとうしがらない。

 何を言っても、うん、うんって聞いてくれて。優しい笑顔で私の心を包み込んでくれる。

 こんなの、好きにならない方がおかしい。顔や体型なんて、どうでもいい。

 きっと、こういうのが心地良い関係、って言うんだろうな。

 彼のそばにいると、すごくホッとする。いつまでも一緒にいたいって、そう思ってしまう。

 もう、はるくんのいない学校生活なんて、考えられない。

 怖いくらいの幸せにひたりながら、私はこの夢のような日々に浮かれきっていた。



「はい、わか特製のお弁当だよ!」

「おお、今日もそうだなあ!」


 昼休みの校舎裏。私達は、いつものようにお弁当タイムと洒落しやれんでいた。


「さあ、召し上がれ。なみかわくん達の分も、用意してありますよ」

「ありがとう、あささん。いやあ、晴斗くんは果報者だなあ」

「ほんとにな、コイツには出来過ぎた彼女だろ。ゆいの弁当もあるけど、これくらいの量なら、十分に腹にはいるぜ」


 今日は、二人きりじゃない。波川くんとぜんくんも、お弁当会にお誘いしたのだ。

 晴斗くんの、大事なお友達である。手を抜かずにキッチリと作り上げた。

 もちろん、本命の分はそれ以上に力を入れたのは、言うまでもない。


「はい、お腹いーっぱい、食べてね?」

「ああ、最高だ……幸せすぎる……もう、どうなってもいいや……!」


 とろん、とした笑顔でおかずをかっ込む晴斗くん。


「ったく、見てらんねえぜ。あの、だらしねえ顔はなんだよ」

「あはは、本当だね」


 晴斗くんのけんたんぶりを見ていた二人が、冷やかすように野次を飛ばした。


「ハッハッハ、大丈夫さ! 二人ならきっと、唯さんやふゆともくいくって!」

「そこでなんで唯の名前が出るんだ?」

「ありがとう、はる君! 僕も頑張るよ。……ああ、りよういち君に関してはもう、ノーコメントで」


 メイドのゆいさんとは、前に一度会った事がある。はたから見てもあからさまな好意を表に出してるのに、なんでぜんくんは気付かないんだろう。不思議でしょうがなかった。


「ほら、この前さ、俺の誕生日にプレゼントくれたろ? あれも、すっごく良かったし。センスあるよな、お前ら」

「そう言ってもらえてうれしいよ。選んだがあったね」

「へッ、礼なら唯のやつに言えよな。アイツが選んだような物だし。俺はさっさと決めちまいたかったんだが、アイツが長くてよ」


 そうだ、それ! その件に付いて物申したい事がある!


「むう、何でもっと早く教えてくれなかったの? そしたら、プレゼントを用意してお祝いしたのに。もう、二週間以上もっちゃったじゃない!」

「ご、ごめん! あの時はほら、わざわざ言うのも催促しているように聞こえるかなあって思っちゃって。それに……」

「それに……何?」

「今年はもう、素敵なプレゼントをわかからもらっちゃったからさ」


 照れくさそうに身を揺らしたかと思うと、彼はぐに私の目を見て、こう言った。


「お、俺の彼女になってくれたんだからさ! これ以上にない、最高の贈り物だったよ!」


 ず、ずるい……そんなの! 晴斗くんは、きようだ!


「くーっ、見てなさい! いつか、絶対にすっごいプレゼントを用意して……度肝を抜いてあげるんだから!」

「いやあ、今年のプレゼント以上のサプライズなんて、そうそうないっしょ? ま、期待しないでいつまでも待ってるよ!」


 それより、と晴斗くんはこちらをチラ見する。


「……もしも祝ってくれるなら、他にしてほしい事があるんだけどなあ?」

「お前も、大概欲張りだな。プレゼントはもう貰った、とかほざきながら、それかよ。これ以上、あさの奴から何が欲しいんだ?」

「ええ、晴斗君が(二次元以外で)人から何かを欲しがるなんて珍しいですね」


 備前くん達の言う通りだ。一体、何が欲しいのだろう?

 できる限りの事は、してあげたいけど。


「そ、そろそろ……ほら。俺の事をさ、呼び捨てにしてくれてもいいんじゃないかなあ、って。こっちは既にそうしてるしさ」

「あ、あう……そ、それは」


 そ、そんなお願いは予想外だった。下の名前で呼ぶだけでも照れちゃうのに。


「ほらほら、呼んでみてくれよ♪」

「え、ええと……はる、と……ゴニョゴニョ」

「あれあれ、聞こえないなあ?」


 もう! 私をからかって、楽しんでるのね!


「こんの……調子に乗らないで! 意地悪さんは、もう知らない!」

「あ、ありゃりゃ……お、怒っちゃった?」


 プイッと顔を背けると、あせったような声が聞こえた。


「ふーんだ、〝はる〟なんて、どっか行っちゃえばいいのよ。女の子をイジメて遊ぶ人は、大っ嫌い」

「……だから、わかは好きだよ」

「んなっ!? は、話をちゃんと聞いてたの? このばかっ!」


 そんな私達のやり取りは、どうやらはたから見て聞くに耐えないものだったらしい。

 いつの間にか、ぜんくん達が生暖かいような、白けたような目でこちらを見ていた。


「あーあ、甘ったるくて付き合ってらんねーよ! おら、しゆん! メシもあらかたい終えたろ? こんなやつら放っておいて、行こうぜ!」

「そうだね。見ているだけで、おなかいっぱいになっちゃったよ」

「あ……」「あう……」


 二の句も継げない。うわ、これ。見ようによっては、あれだよね。

 周りの視線も気にならないくらい盛大にイチャつき、二人だけの世界にトリップしていたバカップルってことだよね!?

 ……うん、見ようによっては、どころじゃない。誰がどう見ても完全アウトだ。思い返すだけで、顔から火が出そうだった。


「こんな時くらい、気を遣わなくてもいいんだよ? ね、りよういち君」

「へっ、校内で不純異性交遊だけはすんなよ、わけぇの!」

「そそ、そんな事しないって!」


 なみかわくんと備前くんが、ニヤニヤしながらその場を去る。

 残された私達は顔を見合わせ、恥ずかしそうに微笑ほほえみあった。


「……二人とも、本当に良い人たちだね」

「そらもう、密度の濃い付き合いしてたし。気心の知れた、親友って奴だよ」


 とてもうれしそうに友人達の事を語る彼を見ていると、こっちまで嬉しくなる。

 私達はその好意に甘え、チャイムが鳴る寸前まで、二人仲良く話をし続けたのだった。



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