第四話―⑨ 明日になりますように



 暖かい所で食べようという入間くんの言葉を断り、私は校舎裏へとやって来た。

 この学校の裏庭は、結構なスペースがある。けれど、日当たりは良くなく、利用する人も少ない。だから、私にとってはかつこうの食事場所だった。

 ……それになにより、私のクラスの人達に見つかり、この気分に水を差されるのが嫌だったから。


「無理を言って、ごめんなさい」

「俺は、全然構いませんよ! あささんが寒くないなら、それで良いんですから」

「……ありがとう、ございます」


 持ってきたお弁当を開け、中身を披露する。前回よりも、少し気合を入れた。

 前が好評だったから、今回のもいけると思うのだけど。いざ本番となると、やっぱり緊張してしまう。……でも、その心配はどうやらゆうだったみたい。


い、こら美味いで! 最高や!」


 以前にも増して食欲旺盛な彼の姿に、心の底からホッとする。


「この卵焼きは絶品だ! 甘すぎもせず、舌にまったりとなんたらかんたら……」


 キリッとした顔で、そんな評価? まで下してくれた。


「学園きっての食いしん坊、このいるはるさんじんも太鼓判を押す出来だ!」


 そんな彼を見ていると、何だか心がふわふわする。

 申し訳ないような、うれしいような…‥複雑な気持ち。

 ふと、教室での一幕を思い出す。

 彼は、私が思っているよりもずっと多くの友達に慕われていた。

 ……感じるのは、かすかな嫉妬?

 ああ、そっか。私は心のどこかで、彼が自分と同類だと思っていたんだ。

 二人の理解者がいるとはいえ、クラスのつまはじきものである、と。

 先ほどまでの高揚感が急に冷めていくのがわかる。

 自分が、どれだけ浅ましい人間なのかを思い知ったような気がして──


「──あささん!」

「え……わっ!?」


 突然、口の中に何かが放り込まれた! 思わずんでしまうと、甘酢っぱい味が舌いっぱいに広がっていく。これは、私が作った酢豚?

 うん、やっぱり良くできてる。味付けも問題ないし、これなら──って!


「ちょ、いきなり何をするんですか!?」

「自分の作ったお弁当の味はどう? とっても、しいでしょ?」

「あ……」

「もし、さっきの件を気にしているのなら、本っ当に申し訳ありません! ついつい、暴走しちゃって……」


 そこで、入間くんは言葉を切ってこちらを見た。その顔は赤く染まっている。


「朝比奈さんを好きだって気持ちが強すぎて、その……ちょっと、はしゃいじゃって!」

「え、え……!?」


 ──なにそれ、ズルイ。

 何気ない素振りで「好きだ」って言うなんて……不意打ちも、良い所だ。

 そんな私の気持ちも知らず、入間くんは話を止めようとしない。


「これからは気を付けますんで、許してください。だから、そんな顔をしないで欲しいんです」


 お弁当箱に再び箸をつけ、入間くんはおかずを口に放り込んだ。


「こーんなにしいお弁当なんですから。楽しく食べなきゃ、損ですよ!」


 そう言うと、いるくんは両手を広げてニコニコ笑う。


「ほらほら、楽しく、楽しく!」


 それを見ていると、私のささくれ立った心がほどけてゆくようだった。

 ……まったく、情けない。これ程の好意をもらっておいて、何をくされていたんだろ。


「もう、気にしてなんていませんよ?」

「本当ですか!? 正直、地獄を見た気分でしたよ! ああ、良かったぁ……」


 おおあんする彼を見ていると、不意に悪戯いたずら心が沸き上がった。


「だって、入間くんがえっちなのは、初めからわかっていましたから」

「ええ、エッチじゃないよ! 紳士です!」

「暗がりを良い事に、女の子の手をいきなり握ろうとしたくせに?」

「あれはその、若さゆえの過ちと言いますか、ちょっとした勘違いといいますか……!」

「ふふふ、どうだか?」


 何だか、とっても楽しくなってきた。こらえ切れず、声を出して笑ってしまう。


「あ……やっぱり、そうだ」

「え?」

「昨日も思ったけど、笑ってる時のあささんって、すっごく可愛かわいいです」

「なな、何を急に……!?」


 え、笑顔? まさか、私が……?


「朝比奈さんは、絶対その方がいいって! ああ、もう俺は、俺はもう……!」


 そこで、ようやく気付いた。いつの間にか、私は笑っていたのだ。

 愛想笑いや、しじゃない。屈託のない、心からの笑みを浮かべる事ができていた!

 この学校で、私はそんな風に笑う事なんて絶対にないと、そう思ってた。

 それが、それ、が──


「どうかしましたか、朝比奈さん?」


 ……何だか、胸が熱い。あの日と同じように、ほおってきた。

 そのせい、だろうか?


「──わか


 気が付くと、私は──


「はい?」

「私の名前です。今度から、そう呼んでください」

「え、え?」

「……ね、はるくん」


 ──その言葉を、口にしていた。


「──っ! ま、まさか、女の子にそんな事を言われる日が来るなんて!? こ、これは現実なのか? まさか俺、知らぬうちにゲームの世界にダイブしていたんじゃ……」

「……嫌、ですか?」

「いいい、嫌なわけないっすよ! うっひょう! 俺の夢が、一つかなったぜ! ありがとう、朝比──わ、わか、さん」


 照れくさそうに呼び直すいる──はるくんを見てると、私まで何だか気恥ずかしくなってきた。それをすように、声を張り上げる。


「おやおや~? 他にも何か夢があるんですか? 私で叶えられることなら、叶えてあげますよ?」

「い、いやいや! それはまだちょっと言えないし!」


 あら、彼女にも秘密なの? それは良くない事だと思う。


「隠し事なんて、男らしくないですよ? ほらほら、吐けば楽になりますから♪」

「か、勘弁してくれよ!」

「ふふ、どうしよっかな~?」


 ──その日、私は自分が『ゲーム』をしている事すら忘れ、久しぶりに、心の底から。家族以外の『誰か』との会話を楽しんだのだった。





「うーん……? こっちのパーツがこう、と」


 彼を名前で呼んだ、その日の夜。私は自室の机の上で、プラスチックの塊と格闘していた。そう、晴斗くんからプレゼントしてもらった、あのプラモデルだ。


「あ、腕が組み上がった! えへへ、意外と簡単ね」


 パーツをラインから切り離し、説明書の通りに組み上げてゆく。

 うん。これはなかなか、楽しい。

 今まで気付かなかったけど、こういう細かい作業は性にあっているみたい。

 何だか、小学校の頃の図工の授業を思い出す。

 プラモ作りに必要なニッパーは、お父さんから借りた。

 理由を話したら、是非手伝うと言ってくれたけど……申し訳ないが、断った。

 素人がいきなり上手に組み立てる事ができるとは思わない。でも、自分一人の力で作ってみたかったのだ。この、彼からもらったプラモだけは。

 遠回しにそう伝えてみたら、かお父さんは渋い顔をして黙り込んでしまった。


『やっぱり、男か? 女の子は、彼氏の趣味に染まりやすいって言うし……』


 そうして、なにかブツブツ言いながらお母さんのところに行っちゃった。

 何だか、すごく動揺していたみたいだけど、どうしたのかな?

 そんな事を思い返しながらも、プラモ作りは着々と完成に向かって進んでゆく。

 やがて、ほとんどのパーツが組み上がり、最後の仕上げの段階に突入する。

 よぉし、それじゃあシールをれいに貼って、武器や盾を持たせれば……!


「やったぁ! 完成!」


 所々に切り離し後の『バリ』があり、玄人くろうとから見ればお粗末も良い所なのだろうが、うん! 中々、かつい!

 こんなふうに、自分で何かを作ったのは、いつ以来だろ? 何だか、感慨深い。


「お父さんの部屋に飾られていた、ジャ……何とかもいけど、私はこっちの方がずーっと気に入っちゃった!」


 そうだ! これ、写真を撮って、はるくんに見せよう!

 きっと喜んでくれるよね。プレゼントの事を気にしてたから、丁度良い!

 LINEにアップしても良いけど、やっぱり、直接画像を見せたいな。その方が、彼の喜ぶ顔も見られるし、うん、そうしよう!


「えへへ、楽しみだなぁ」


 そうだ、明日のお弁当は何を作ろうかな? 彼なら、何でもしいと言ってくれそうだけど、やっぱり似たような物は避けたいし。料理上手な女の子だと、思ってもらいたい。


「うーん、悩んじゃう」


 そういえば、今は何時だっけ? 時計を見ると……九時半だ。いつもなら、まだ起きている時間だけど、うん。明日も早いし、もう寝ちゃおう!

 できれば、もう一回お風呂に入っておきたいけれど、それは、明日の朝にしようっと。

 その方がサッパリするし、綺麗な自分をあの人に見てもらえる。

 ……思えば、彼と出会ってから、私のリズムは狂いっぱなしの気がする。

 けれど、それは決して悪い気分じゃなかった。

 電気を消し、布団にもぐる。何だか、変に興奮してきちゃった。

 眠らなければならないのに、これでは目がえてしょうがない。


「ああ、早く──」


 ──明日に、なりますように……。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る