第四話―② 待ち人、来たらず

 憂鬱な気持ちで迎えた日曜日。今日は、いるくんとの二回目となるデートの日であり、そして私が彼とキスをしなければならない、最悪の厄日だ。

 見上げた景色は快晴そのもの。風は冷たくて肌寒さは感じるけれど、昨日まで降っていた雨もみ、明るいの光が辺りを包み込んでいる。

 空はこんなにも青々と晴れ渡っているのに、これからの事を考えると、気が重い。

 ため息をついて顔をうつむかせると、点々と浮かぶ、濁り切ったみずまりが目に入った。

 何だか、ますます気持ちが沈んでく。今すぐにでも回れ右をして帰りたくなってしまう。


 ……こんな事を考えていちゃ、いけないよね。


 もうすぐ、待ち合わせ場所に着く。せめて、キスの話を持ち出すまでは、入間くんと楽しく過ごしたい。この前の、デートの時のように。

 現在時刻は、待ち合わせの二十分前。おそらく、前の時のように彼は先に到着している事だろう。彼の性格からして、それくらいの想像はつく。

 二回目のデートに誘った時の、入間くんのうれしそうな顔を思い出し……ほんの少しだけ、気持ちが和らいだ。

 けれど、予想に反して……待ち合わせ場所に、彼の姿はなかった。


「あれ?」


 本屋の前での待ち合わせだったはずだけど、間違えたわけじゃないよね?

 あ、もしかして時間をつぶすために中にいるのかも。

 そう思って店内を探してみるが、それらしき人は見当たらない。あの特徴的な外見だ、見落とす事などあり得ない。


 まあ、まだ時間前だ。指定した時刻まで、あと十分はある。そう思い、先に待っている事にした。前回は彼を待たせてしまったのだ。今回は、私が待とう。そう思った。

 こうして一人、ぼうっとたたずんでいると、考えてはいけない、余計な事まで頭に浮かんでしまう。学校の事、「ゲーム」の事、そして──彼の、事。

 正直、入間くんの事は嫌いじゃない。ううん、その性格は好ましいとさえ思う。

 でも、恋人として見られるかというと、話は別だ。

 未だに男の子と手をつなぐ事さえ躊躇ためらってしまうというのに、その先の段階なんて想像すらした事がない。とてもじゃないが、私にできるとは思えなかった。


 何より、好きでもない相手とキスをするというのは、彼に対して失礼なんじゃないかな。

 もやもやした気分のまま、私は彼が来るのをじっと待ち続けた。






 ……おかしい。もう、約束の時間から三十分は過ぎたのに……彼は、どうしてしまったのだろうか? いくら待っても、いるくんは一向に現れない。

 やはり、待ち合わせ場所を私が勘違いしてしまったのだろうか?

 そう思って彼との会話を思い返し、改めて周囲を確認してみる。

 やっぱり、間違ってはいない……はず。

 じゃあ、どうして? 、彼はここにやって来ないんだろう。

 スマホをチラ見するが、入間くんからの着信はなにもない。

 遅刻するにせよ、連絡もしてこないなんて、おかしい。彼との付き合いはまだ短いけど、そういうところがだらしないようには思えなかった。

 じっと見つめても、画面はうんともすんとも言わない。デジタル表示が、機械的に時間を刻んでいくだけだ。諦めてポッケにスマホをいこもうとしたところで、ふと気付く。


 ──そうだ! 私から連絡すればいいんじゃない!


 なんでそんな簡単な事に思い当たらなかったんだろう。

 LINEを起動し、彼のアカウントを表示しようとするが、そこで指が止まる。

 何故か、ためらってしまう。




 ──このまま、彼とのデートが中止になってしまえばいいのに。




 そんな声が、かすかに聞こえた気がした。


 そうだ。あと、もうちょっとだけ待とう。もしかしたら、電車が遅れているのかも。

 あと少し、もう少しだけ……


 しかし、それから三十分以上っても、彼は現れない。

 いい加減、心配になってきた。もしかして、何かあったのかもしれない。

 あれこれ考えている場合じゃない。連絡を、してみよう。直接、彼に電話を……

 ようやく決心し、指先が通話のマークに触れた、その時だった。


「え、着信!?」


 聞き覚えのあるメロディが流れ、画面に着信先の情報が表示される。

 その電話は果たして、待ち人からのものだった。


「はい、もしもし入間くん? 今、どこに──」

「す、すみませんっ!」


 私が尋ねる間もなく、入間くんのあせった声が電話口から聞こえてきた。


「本当にお待たせしちゃって、ごめんなさい! 急な用事が入っちゃって……今日はそっちに行けそうもなくなっちゃったんです!」

「あ、そうだったんですか?」


 良かった、事故や病気になったわけじゃなかったんだ。少し、ホッとする。


「この埋め合わせは必ずしますから! ほんっとうに! 申し訳ない!」


 必死に謝る彼の声を聞いてると、何だか気の毒になってきた。

 気にする事はないですよ、と。なるべく柔らかい口調で伝えると、ようやくいるくんも落ち着いてきたようだった。


「本当に、気にしないでくださいね? それじゃあ、また明日。学校で……」


 まだ平謝りを続けようとする彼を制し、通話を切る。

 かすかに、私の口からため息が漏れた。それが、あんから来たものなのは間違いない。

 けど、ほんの少しだけ……彼とのデートを惜しむ気持ちもあった。


「さて、これからどうしようかな?」


 まだ、お昼には早すぎる。ずっと立ちっぱなしだったから足も固まっちゃったし、少し街を散策してみるのも良いかもしれない。


「こうやって、ぶらりと一人で歩くのも久しぶりかも」


 何となく、気持ちが浮き立ってくる。せっかくだし、この前彼と一緒に行ったショッピングモールにでも足を伸ばしてみようかな? あそこのゲームコーナーで遊んでみるのも悪くない。そんな事を思いながら、何気なく道を歩いていると……


「あれ、あそこにいるのは──」


 ふと、顔を向けた通りの先に、見覚えのある親子連れが目にまった。

 確か、いちくんと、そのお父さん……よね。今日も親子でおでかけかな?

 奇遇、という言葉はこういう時に使うのかな。

 前回と今回。デートの度に彼らを見かけるなんて。

 ……まあ、今回は中止になっちゃったんだけど。


「父ちゃん……こっちにもいないよ?」

に行ったんだろうなぁ。あのかつこうならすぐに見つけられると思ったんだけど」


 人探し、かな? 何やら、深刻そうな口ぶりで話をしているようだ。

 気にはなったけど、一度会っただけの彼らにこちらから話し掛けるのも、何だか躊躇ためらってしまう。へ、変に首を突っ込むのも、失礼だよね……?

 そう判断し、足早にその場を離れようとする。

 これで良いんだと、自分に言い聞かせ──


「駄目だ、全く見当たらない。何処へどう行ったのか、さっぱりわからん」

「もういっかい、もういっかいもどってみようよ!」


 背中越しに、彼らの会話が聞こえてくる。随分大きな声でしやべっているようだ。


 よっぽど困った事でもあったのかな? やっぱり、気になるかも。

 迷いながら私が足を止めた、その瞬間だった。




「ああ、そうだな。何とか、彼が無事でいてくれると良いんだけど」


「大丈夫かな? ハルトにいちゃん、しんじゃったりしない!?」




 ──な!?

 い、今なんて! 今、何て言ったの!?

 その言葉の意味を頭で理解するよりも先に。


「どど、どういう事なんですか!? 彼に、いるくんに何かあったんですか!?」


 反射的に、私は彼らの元に駆け寄っていた。


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