第二話―② 告白

 時間は矢のように過ぎ去り、あっという間に昼休みを迎える。

 いつもなら、唯一の息抜きであったはずのお弁当に、箸すら付けられず。

 私は教室に残り、ただひたすらに『その時』を待つしかなかった。


「えっと……四組はここかな? 失礼しまーす!」


 びくり、と体が震える。ああ、ついに、彼が来てしまった……。


あさぁ? いとしの彼が来たみたいよ。ふふ、良かったじゃないの」


 とりまきさんがニヤリ、と笑いながら話しかけてくるが、それに応える気力もない。

 そうこうしているうちに、教室の扉がガラリ、と開く。


「お呼びとあらば、即参上! 一年一組のいるはるですよ、っと」


 威勢の良い掛け声と共に入室してきたのは、ぽっちゃりとした体型の男の子。

 間違いない。入間晴斗くんだ。


「朝比奈さんって人はどちらっスか? 俺に何か用事があるって聞いたけど」


 哀れないけにえの姿に興奮したか、教室のあちらこちらから忍び笑いが漏れてくる。

 ──しかし。


「これから仁義無用のバトルが始まる予定だっつうのに、タイミングの悪いこった。さっさと用事を済ませてほしいぜ」


 続けて入って来た『彼』の登場と共に……教室の空気が凍りついた。


「全く、りよういちはせっかちで仕方ねーなあ。教室で待ってればいいじゃんか」

「すっぽかされたらたまんねえからな。今日という今日は決着を付けるぞ」

「お前どんだけだよ」


 いるくんはカカッと笑うと、その後ろに居るもう一人、ぜんりよういちくんの肩をたたいた。

 予期せぬ同伴者の存在に、クラスメイト達が困惑し、どよめく声が聞こえてくる。

 ……それは、私だって同じだ。

 何で、彼もここにいるんだろう? わざわざ二人一緒に呼んできたのかな。

 入間くん達のすぐ後ろには、『伝令係』を買って出たはず東海林しようじさんが、青い顔をしながら突っ立っている。気のせいか、体も小刻みに震えているように見えた。


「ちょ、ちょっ! ! アンタ、こっち来なさい、こっち!」


 ななさんはダッシュでそちらへ駆け寄ると、東海林さんの腕をつかみ、強引に教室の後ろへと引っ張り込んだ。


「どういう事よ、何でアイツまでここにいるのよ!? アイツはにファンとかいるんだから、実行前に事がバレたら色々とうるさいじゃないの! 入間のアホだけ呼んで来いって言ったでしょ!」

「ひゅ、ひゅぇぇ……! だって、だって! アイツ、自分も来るって聞かないんですもの! 妙な迫力あるし、こ、断り切れなかったんですぅ‥…!」

「まあ、アンタのやる事だし。何かオチがあるってわかってたけどさ、こうくるかぁ……」


 ぼそぼそ、と小声で言い合う三人組。

 どうやら、彼女らにとっても、備前くんの登場は予想外だったみたい。


「と、とにかく話を進めましょうよ。ほら、あささん!」

「う、え?」


 突然、こちらに話が向けられた。戸惑う私に構わず、東海林さんが背中をグイグイと押し出してくる。


「入間さんに、話があるのでしょう?」

「あ……は、はい」

「君が、朝比奈さん? 俺に、どんなご用事かな」

「は、はい。あの、その──」


 こうして顔を合わせるのは初めてだけど、間近で改めて見た彼の容姿は、何とも言いにくい。ぽっちゃりとしたおなかと、あんでも入っているのか、というようなまん丸頭。いわゆるイケメンとは程遠い、締りの無い表情。

 ただでさえ男の子は苦手なのに、こうも独特の容貌をしていては話し掛ける事さえためらってしまう。加えて、目の前にいる少年からは悪いうわさしか聞こえてこないのだから、舌が回るわけがない。向かい合っているだけで緊張し、体が硬くなってゆく。

 しかも、これから私は彼に告白をしなければならないのだ!

 私がまごついているのを見て取ったのだろう。イライラしたかのような早足で、七瀬さんが私の一歩前へと踏み出してきた。


「ねえ、いる? アンタ良かったわねえ。この子、アンタの事が好きなんだってさ」

「……へ?」


 目をぱちくり、とさせ……入間君は黙り込んでしまう。

 そのまま、しばらく口を閉じていたかと思うと、彼は真顔のまま、首をかしげた。


「そのギャグはあんまり面白くないな。大まけにまけても四十点が良い所でござそうろう

「ご、ござ? 冗談とかじゃないって! ねえ、あささん?」

「あ、え……は、はい」

「んぇ!?」


 入間くんがとんきような声を上げたかと思うと、そのまま床にへたり込んでしまった。

 そ、そんなにショックだったの……?


「な、ななな……マジで!?」

「きゃっ」


 突然、教室中に響き渡るくらいの大きな声で、入間くんがそう叫んだ。


「ほ、本当に!? お、おおお俺の事を!? え、何? これ、夢じゃないよね」

「思いも掛けない超展開だな……某少年漫画誌なら打ち切りに向かってまっしぐら、だろこれ」


 わなわなと震える入間君を見ていると、今更ながら、罪悪感がわいてくる。

 申し訳なさすぎて、逃げだしたい。さっきのはウソだと、打ち明けてしまいたい。


「は、はい。あの、私は、その……」

「あ、あわわわわっ!?」


 言葉に詰まる。どうしても、二の足を踏んでしまう。

 ……本当に、告白しなくちゃ、いけないの?

 今なら、まだドッキリだと言えば間に合うんじゃないか。

 しかし、そんな迷いも──


「朝比奈さん?」


 ──ななさんの声が、粉砕してしまった。


「入間、くん……」

「は、はい!」


 ドクン、ドクン、と心臓が早鐘を打つ。体の震えが止まらない。

 もう、後には退けない。逃げることなど、できないのだ。


「……あなたの事が、好きです。どうか、私と付き合って、くだ、さい──」


 る様な声で、決定的なその言葉を言い放つ。


「……」


 ……あ、れ? どうしたんだろう。

 顔を伏せたまま、彼の反応を待つが、一向に返事が帰ってこない。


「あまりのショックで、固まっちまったみたいだな。あー、あささん、だったか?」


 ぜんくんの呼びかけを受け、私ははじかれたように顔をあげた。


「あ、はい……!」

「悪いが、その告白は諦めてくれや。コイツは三次元の女には興味がねえんだ。二次元の嫁とやらに命を賭けてる大バカ野郎でね。その男気だけは、俺様も認めてんだ。だから、ここはスッパリと未練を断ち切って──」

「よ、喜んで! お受けいたします!」

「っておぉぉぉい!?」


 ──いつの間に、復活したのだろうか?

 硬直していたはずのいるくんは、顔を真っ赤にして立ち上がっていた。


「こ、この私めで良ければ、是非に! 是非にぃぃぃ!」


 見る間に、彼の表情が満面の笑みへと変化してゆく。

 その様子に圧倒されてしまい、私は口を挟む事すらできなかった。


「うっひょぉぉぉ! ついに、遂にこの俺にも春が、春が来た! ああ、諦めなくて良かった! 父ちゃん、見てるかい? 俺、やったよ!」

「待てコラてめぇぇぇ! あの誓いは! 夕日に誓ったお前の決意は何だったんだよ! 二次元神に魂もささげるとか言ってたじゃねえか!」

「はっはっは、何のことかね、りよういちクン。そんな名前の神さまは知らないなあ?」

「こ、このヤロウ……!」


 ビキリ、と備前くんの顔に青筋が立つ。すごく怖い。怖すぎる。

 だというのに、入間くんときたら、そんな彼の怒りもどこ吹く風だ。


「ま、亮一は置いとくとして。朝比奈さん!」

「な、なんですか?」

「ほ、本当に俺で良いんですか? その、か、彼氏彼女の関係って意味で」


 もじもじ、と手を絡めて彼がもだえだす。その仕草がまた、ちょっと気持ち悪い。


「は、はい……よ、よろしくお願いします」

「うう……うわーん! やった、やったぁ! 俺に、彼女ができたんだ!」


 感極まってしまったのか、入間くんが泣きだしてしまった。


「ゆ、夢なら夢でいいから、どうか覚めないでくれ!」


 彼にとっては、そんなにも信じられないような出来事なんだろうか。しきりに自分のほおをつねっては離し、またつねるを繰り返している。


「あ、朝比奈さん! ありがとう、本当にありがとう!」

「い、いえ……」



 ────ごめんなさい。



 泣きながら喜ぶ彼の姿を見て、その言葉が喉元までせり上がってくる。

 少しでも気を抜いたら、全部ぶちまけてしまいそうで。私はスカートの裾を握りしめながら、必死にそれをみ込んだ。


「やったじゃない、おめでとう!」


 ななさん達を中心にしたクラスメイト達が、口々に『お祝いの』言葉を告げてくる。


「あなた達、とってもお似合いだって! マジにそう思うし!」

「は、い……ありがとう、ございます……」

「……うん?」


 いるくんが、眉をひそめた。なぜか、さんくさそうな目で、七瀬さん達を見ている。


「あのさ、アンタは本当にあささんの友達なのか?」

「はぁ? もちろん、大切なクラスメイトよ。ねえ?」


 こつ、こつ、と肘で脇をつつかれる。慌てて、私もうなずいた。


「は、はい! と、友達ですよ?」

「まあ、朝比奈さんがそう言うんならいいんだけどさ。ごめん、変な事を聞いちゃって」

「おい、はる! もう良いだろ? さっさと行こうぜ。今日は何だか俺様の右足がひどくざわめきやがるんだ……貴様をたたきのめせ、となぁ!」

ちゆう乙。まあ、しゆんやつを待たせるのも悪いし、そろそろ帰るか」


 いるくんは、まだ納得しきれていない様子だったが、ぜんくんの催促には勝てなかったようだ。こちらに向き直ると、申し訳なさそうに頭を下げてくれた。


「ごめん、ちょっと連れを待たせてるんでここで失礼するけれど……良ければ、その……ほ、放課後は、一緒にかえ、帰りません、か? しょ、紹介したい奴もいるし!」

「あ、は、はい! こちらこそ、お願いしますね」


 精一杯の笑顔を作り、彼を見送る。唇の端っこがっているのが、自分でもわかった。彼に、気付かれなかったろうか?

 そうこうしているうちに、入間くん達が廊下へと姿を消す。その背中が見えなくなった所で、ようやく息を吐いた。同時に足から力が抜け、へなへなと床に座り込んでしまう。

 しばし、静寂が教室に満ち──


「アハハハハハハ!」


 ──ややあって、大きな笑い声が、響き渡った。


「きゃはははは! あのデブに告白したよ、コイツ!」

「見た見た? あのぶたまんじゆう、涙を流して喜んじゃってさ、みっともないったら!」


 彼らが居なくなった途端に、教室中がワッと沸き上がった。

 彼に対する罵倒と、私への嘲りで、だ。


「やるじゃない、アンタ! 最高だったわよ!」

「あ、うう……」

「ま、ちゃんとゲームが終わるまでは付き合ってあげなさいよぉ? どうせあいつ、死ぬまで童貞でしょ? あ、そうだ! ついでにアンタがそれ、もらってあげればぁ?」


 ななさんの甲高い声を皮切りに、クラスの皆が腹を抱えて笑い出した。


「何それ、マジうけるんですけど!」

「根暗女とキモオタ男、良いカップルかもねえ? あはははは!」


 今日、私は大きなうそいた。それは決して許されない、人を傷付けるための偽り。

 私は、この嘘を吐いた事を、この先ずっと後悔し続ける事になるだろう。


『あ、あささん! ありがとう、本当にありがとう!』


 入間晴斗くん。私の告白を聞いて、あれ程までに喜んだ彼は、このゲームの終わりに、何を思うんだろう。

 ……私は、それを知るのが、恐ろしかった。



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