暗殺組織ダイダラの終焉 ~Killer 30~

世の中には必ず『表』と『裏』がある。


とうに日の暮れた真夜中。表社会が寝静まり、裏社会が動き始める時刻。

ある街の外れに建つ、寂れたビルの五階。

その部屋には、今日も『裏』の住人たちが集合していた。


彼らは、日の目を見ない裏社会の住人たちの中でも、最も悪辣な部類の連中。

そう――多額の報酬と引き換えに人の命を奪う、『暗殺者』たちである。


金さえ払えば、どこの誰であろうが確実に、正確に息の根を止める殺人のプロ。

裏社会の住人たちは、恐れと侮蔑と少しだけの尊敬を込めて、彼らをこう呼ぶ。

『最強の暗殺組織・ダイダラ』と。


「諸君。新たな依頼が舞い込んできた」

部屋に集まった暗殺者たちを前に、首領が宣言した。

「とても大きな仕事だ。難易度も報酬の額も、今までの依頼とは桁が違う」


暗殺者たちは、目配せと共に頷き合う。

馴れ合いを嫌う一匹狼が多い『暗殺組織ダイダラ』において、今晩、初めて全構成員への強制招集が掛かったのだ。

そのくらいのことは、ほぼ全員が予想していた。


標的ターゲットは?」

一人が首領に、ただそれだけ訊ねた。

暗殺者たちは無言で首領の返答を待つ。誰の顔にも、いささかの翳りもない。

どれくらい難易度の高い仕事か、などと気にしている者はいない。

当然だ。彼らはその全員が殺しのプロフェッショナル。正確無比な殺人機械キリングマシン

自分が標的を仕留め損ねることなど、決してありえないと知っているのだ。


「今回の標的は、だ」


だが、首領が宣言すると、さすがの暗殺者たちの間にも小さな緊張が広がった。

「諸君も知っての通り、来週の金曜日に法王が来日する。日本への滞在期間は三日間。その間に仕留めろとの依頼だ。もちろん手段は問わない。成功報酬は5兆円」

首領は淡々と告げた。

首領はいつも、依頼主が誰であるかは言わない。

暗殺者たちも、そんなことに興味はない。

ただ、己の職務を完璧に、迅速に遂行するだけだ。


ほのかな月明かりの射し込む、薄暗い部屋の中。そこに集まった殺しのプロフェッショナルたちは早速、それぞれの暗殺計画を練り始めた。




「とうとうローマ法王が相手かよ。腕が鳴るぜ」

ナイフ使いの暗殺者・切東きりとう錬二れんじが不敵に笑った。


「SPが大勢いるだろうが、俺の前では無力だ」

銃使いの暗殺者・弾道だんどう銃伍じゅうごがデリンジャーを取り出した。


「ローマ法王と言えど一人の男。わたしに落とせないはずがないわ」

美貌の暗殺者・妃月ひづき麗華れいかが唇のルージュを塗りなおした。


「何人いようが、ぺしゃんこにしてやるぜ!!」

鉄球使いの暗殺者・大玉おおだま熊吾朗くまごろうが500㎏の鉄球を振り回した。


「来日パレードにガスを流すか。阿鼻叫喚の宴を始めよう……」

猛毒使いの暗殺者・毒島ぶすじま康介こうすけが言った。


「どんな法力であろうが、ばあさんに貫けないものはないからねえ」

無敵の矛使いの暗殺者・小松原こまつばらやゑはにこにこと嗤った。


「鬼に逢うては鬼を斬り、仏に逢うては仏を斬る。法王も例外ではござらぬ」

流浪の暗殺者・柳生やぎゅう煌侍郎こうじろうが妖刀マガツキを抜いた。


「ホテルの寝室に蜘蛛を忍ばせるか。排水管に蛇を仕込むのもいい……」

蟲使いの暗殺者・五木ごき鰤男ぶりおが肩のカマキリを撫でた。


「日本の国技の恐ろしさ、思い知らせてやるでごわす!」

力士の暗殺者・エドワード桜田さくらだがスーパー頭突きを放った。


「法王の首でハットトリックを決めてやるよ!」

Jリーガーの暗殺者・大宙おおぞらかけるがキック力増強シューズのつまみをMAXにした。


「コレの本当の使い方を教えてあげる時がきたようだね」

棋士の暗殺者・羽生田はにゅうだ悪治わるはるが5つの将棋盤で軽々とお手玉をした。


「調理を始めよう。『ローマの獲れたて法王のピカタ。鮮血の香りを添えて……』」

フレンチシェフの暗殺者・ベルナール振地ふれちが肉斬り包丁をぺろりと舐めた。


「最高のゴア映像の撮影開始だ。さあ諸君、アクション!!」

映画監督の暗殺者・只鳥ただとりまくるがカチコンと鳴らすやつをカチコンと鳴らした。


「ケッケッケ。病院送りにしてやるぜ!」

先日の健診で引っかかった暗殺者・血便ブラッドゲリが常備薬を飲んだ。


「そこで私が入院中の法王にとどめを刺す、と」

脱法医師の暗殺者・薬田くすりだ盛夫もりおが注射器から謎の液体を滴らせた。


「サマリーなアジェンダだな。バイアスなスキームをプロパーにコミットすべきか」

IT社長の暗殺者・風間かざま英才えいさいが小難しいことを言った。


「ローマ法王かあ。普段は何を考えているのかな?」

人の心を読む暗殺者・妄田もうださとるが最高の笑顔で言った。


「法王ねぇ。まあ5000回ぐらい試したら殺せるかな」

時空を巻き戻す暗殺者・刻田ときたみどりが手首の腕時計を撫でた。


「たとえ法王であろうが、俺の『眼』からは逃れられない……」

極死の魔眼を持つ暗殺者・遠山とおやま志郎しろうが眼帯を外しかけた。


「うおおおおっ!!! 鎮まれ、俺の右手よぉっ!!!」

厨二病の暗殺者・田中太郎はジタバタしていた。


「奴らには積年の恨みがある。とうとう晴らす時がきたようだな」

吸血鬼の暗殺者・ヴラドがその姿を無数のコウモリに変えた。


「法王に呪いのビデオを観せるのよ」

死霊の暗殺者・村山むらやま貞子さだこが部屋のTV画面の中で言った。


「私の嗅覚の前では、どこに逃げようが無駄さ」

魔人の暗殺者・チェイサードが床に描かれた魔法陣から身を乗り出した。


「あ……ああああ……!」

部屋に迷い込んだ一般人・佐々木ささき智香ともかちゃん(10)はぶるぶると震えていた。


「ふんぐるいむぐるうなふくとぅるふるるいえうがふなぐるふたぐん」

邪教の暗殺者・工藤くとう流布夫るふおには話が通じなかった。


「ぐわぁぁぁおおおおおおおぉぉぉぉぉぇぇぇぇん!!!」

ビルの外で吼えている大怪獣の暗殺者・ジラーゴにも話が通じなかった。


「またわしの服があかく染まるか。因果なことよ」

サンタクロースの暗殺者・わるサンタクロースが夜空でトナカイの手綱を引いた。


「ピー、ガガガ……キャトルミューティレイションノ準備ヲ開始スル……」

宇宙人の暗殺者・グレイが月の裏側から通信を送ってきた。


「…………」

いまだ目覚めぬ暗殺者・銀毛繚乱八十八岐大蛇ぎんもうりょうらんはちじゅうはちまたのおろちは地中で泡沫うたかたの夢に微睡まどろんでいた。


(わたし、ずっと待ってるから。みんな、いつの日か、きっと……)

いずれ誕生する最強の暗殺者・インビンシブルは遥かな未来で待っていた。




「よし、準備はできたようだな皆の衆。必ずやローマ法王を討ち取るのだ!!」

「おおっ!!」


30人の暗殺者たちは、それぞれ闇の中に消えていった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


ローマ法王本人の体調不良のため来日は緊急中止となり、多額の報酬が貰えなくなった暗殺組織ダイダラは盛大な仲間割れの末に解散した。




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