第72話 討論

「ギルドからの要請が来ています」


休み明けの平日。

クラスのホームルームで皆の前で先生はそう言った。


「ここ最近ではモンスターの出現率が異常に高くなっているらしく、冒険者不足のギルドはクエストがたまってしまい困っているため、今回要請が来ました」


そもそも、このプリスメア学園が佇むこの北の街「ウルガス」は大前提として冒険者不足という大きな問題が存在しており、それは父さんのシリウスからも聞いていた。更にはそれに加えて高ランク冒険者の数も少ないという。


しかし、不幸にもウルガスは他の街に比べて十パーセントもモンスターの出現率が高い。そのためクエストは増えるばかりでそれを達成できるものも少ないらしい。そのためこうして、この学園に緊急要請をしてくるらしい。


ギルド側はクエストが多く達成され、学園側は生徒に経験を積ませられる。

すなわちWINWINの関係が保たれているというわけだ。


ギルド側は報酬を与える義務もあるため、この学園が大きくなったのはそれが原因でもあるかもしれない。


「それに伴って、今日と明日は授業はなし、代わってモンスターの討伐クエストを行うことになります。今日は11時よりギルドに向かうためそれまでに速やかに準備を整える様によろしくお願いします」


そう言われ大きな返事を返すと共に生徒たちはすぐに準備に取り掛かった。

さてオレも、と思ったのだが。


「そうそう。カート君が行くと変な誤解を招きかねないので二日間自由に勉強や自主練を行ってください」


えーーー!

最近そういうモンスターとかと戦ってなかったから久々に戦えるとおもったのに!

まあ言いたいことはわからないでもないんだけどね。

冒険者ギルドに女子生徒の中に紛れた男子生徒がいたらどんな目を向けられるか、溜まったもんじゃない。


ここは甘んじて指示に従うことにした。


ひとまず寮の自室に向かうことにしたオレは、校舎を出た後とぼとぼと歩いているとオレは颯爽と身体全体を下に下げた。


その理由はオレの周りを唐突に透明な何重もの糸が囲んだからだ。その糸を上げた左手でつかみ取ると思いっきり引っ張った。


その糸の向こうにはエレン学園長がいたため引っ張ると彼女も特典でついてくる。その付録のほうが狙いではあるが。


そして眼前にまでせまったところで勢いを殺し、止まると同時に右手で作った銃を彼女の額に突き付けた。


「二度も同じ目には合いませんよ」


初日に糸で引っ張られたからな。

もう流石に二度目は喰らわない。


「おやおや、それはおみそれいたしました」

「それは良かったです」


流石に距離が近いので額から手銃を下ろして、彼女とも離れた_____その刹那、回し蹴りが飛んできた。


それも反射的にバク転で避けると着地した瞬間に距離を詰められ、更に横薙ぎの蹴りが飛んでくる。それを膝と肘を使って挟んで抑える。


すると、その足を引っ張って強引に自分の元に戻すと更に上から手刀が振り下ろされ、それを右手で掴むと怒りを込めて脳天に同じく手刀をかましたやった。それで脳が震えたのか表情が変わることはないが目をクルクルと回しながらふらつき、その後地面にしゃがんで頭を抱えた。


「……なにするんですか、痛いじゃないですか」

「痛いじゃないですか、じゃねえ!いきなり不意打ちかましてきたのはあんたでしょ!」

「それは、ちょっとメレナの大絶賛するあなたの実力が試したくて」

「それ今じゃなきゃだめ!?もしここで暴れて誤解招いたり、正体ばれたりしたらどうするんですか!」

「確かに、それもそうですね」


頭から手を離して立ったエレン学園長はそう言った。

全く、そういう考えないところというか、戦闘マニアなところは似ていると言うか。姉なのだから、もう少ししっかりとしたところがあってほしい。


「それで、まさかその興味やらだけでオレをまた捕まえようとしていたわけじゃないですよね?」

「ああ。そうでした」


そうでしたって、本題忘れんなよ。


「今日の夜、少し時間取れますか?」

「夜ですか?別にいいですけど」

「なら良かったです。なら夜になったらお部屋にまいりますので」


そう言って彼女はどこかへと消えてしまった。

一体何が目的なんだろう?

いまは気にすることもないのだろうと、オレは自室に戻っていった。





       ※       ※       ※




プリスメア学園が学園長であるエレンは、アークと別れた後とある会議室の中へと入っていった。会議室はだだっ広いモノで、その部屋の中心には円形の机が置かれている。そして、その円の片方にはプリスメア学園の教師陣が座っており、そして向こうにはシャガル学園の教師たちがずらっと座っていた。


その真ん中の空席にエレンが座ると、彼女は口を開いた。


「それでは、早速はじめましょう」


椅子に座りエレンはそう言って会議の幕を開けた。そしてすぐに話題提示とされ、それは予想する通りのものだった。


「本日の会議の議題、それは他でもなく今起こっているシャガル学園の我々へのデモについてです。まず最初に、シャガル学園のあのデモ、学園長であるウィリム氏はどうお考えですか?」


その質問に対してシャガル学園側の真ん中の席に座る、茶髪の少し老けた体格の良い男、ウィリムが話す。


「あそこまでのデモを起こしてしまうのは確かに我々にも責任があるとは思っている。しかし、それはあなた達の生徒が我が生徒に挑発的な態度を取ったということも理由にあるはずだ」


決して我々だけの責任ではないのだと、その男は言うがその顔は真剣そのもので決して嘘を付いている顔には見えない。それをエレンも察しているのか、その真相を聞くべく話を聞いた。


「恐らく先週で三回目のデモになると思われますが、一回目のデモは生憎私は見て居ませんでした。そのためどのような態度を取られたのか、詳しくわかるのならばお聞かせ願えますか?」

「それは、失礼ながら私の方からお話させていただきます」


そう言って挙手したのは、シャガル学園側の男性教師だ。その人物が話すには、最初代表で決めた生徒数十人でプリスメア学園に行きそこで、もう一度試合がしたい、と頭を下げたらしい。先日聞いた通り、その頃には負けたことによって、学園が弱いと言う悪評ができてしまい生徒たちは皆、学園に泥を塗ってしまったと責任に追われてしまったのだろう。


必死さ故のプライドを捨てたその行動だったが、対してプリスメア学園の取った行動は、そのプライドを更にへし折ることになった。


生徒の内の二人の生徒が、シャガル学園の一人の人物にこう言った。


「貴様が勝手に頭を下げようと、我々は貴様らと試合をするつもりはない。負け犬は負け犬らしく黙って自分たちの学園に戻れ」


と、そういったらしい。


その後に続けて、もう一人も罵倒と暴言を放ち、そこで心は廃れ果て捻くれた感情を覚えデモが起こってしまったと、彼は言った。


それを聞いたプリスメア学園側の先生は皆深刻そうな表情を浮かべており、エレン学園長は無表情ではあるものの、どこか暗いオーラが垣間見えた。


「それは、申し訳ありませんでした。その生徒らに代わってお詫び申し上げます」

「そうして謝罪してくれれば別にもう構いはしない。問題はこのデモで我々の言っている再試合についてだ」


ウィリムはそこで真剣な表情をより一層強くし、それが件の重要さを物語っていた。


「正直に言わせてもらえば、我々も再試合を臨んでいる。そちら側はどのようにお考えで?」

「……再試合しましょう……と、言いたいところではありますが、我々学園側の総意としては断りたいと思っています」


表情を一切変えることもなく言ったエレンに反して、ウィリムはその答えに表情をより険しくそして、纏っていたオーラを放つように言った。それに臆することもなく、彼女は喋った。


「こういうことはあまり言いたくはないのですが、事実、我々学園側は効率を重要視しています。我々が再試合をしたくないというのは、そのモットーが原因にあります」

「効率、か。私から言わせてもらえば、ここで再試合をしてしまった方が効率よくことを治められると思うが」

「……ならば、仮に再試合をしたとしましょう。それでシャガル学園が勝ってしまえばことは万事解決でしょう。しかし、一方でもしがまた勝ってしまえば、同じことが繰り返されるのではないのでしょうか」


その説明にも一理あった。

元々のこのデモの原因は再試合を臨んで頭を下げた生徒に対して、酷い態度を取って粗末にしたことが原因にあり、それにはプライドが大きく関わっている。仮定として、エレンの言う通りシャガル学園が負けてしまえば、またプライドが傷つくということも、決して考えられないわけではない。


そうなってしまえば、同じことの繰り返しになるかもしれない。


その説明にも納得はいったがしかし、そうではないこともあるらしくウィリムはそれに対して言う。


「確かに、そうなってしまう可能性もあるでしょう。しかし、それならばしっかりと誓約書を立てればよいのではないか?」

「誓約書ですか?」

「ええ。誓約書にこの試合の結果で今後問題を起こさないように、とでも書けば問題はない。というか、そもそもとして、このデモが発展してしまったのはそちら側の生徒に罵詈雑言を喰らったからだ。そちら側のその生徒が我々の生徒に謝罪でもしてくれれば、これ以上今のような行動を起こすことはない。我が生徒もそう器の小さいわけではない」

「……そのことに関しては納得しました」

「ならば再試合を……」

「ですがあくまでそのことに関して、です」

「つまり他のことには納得がいっていないと?」


その答えを話そうとする、その直前誰にも気づかれることもないがその感情にあった表情をエレンは浮かべただった。

そして、エレンは話す。


「納得どうこうの話ではなく、我々はその再試合をすることにそれしかメリットがないかと思っています。つい先日に行った模擬試合ですが、あれは交流会のなかでの一つの行事として行ったものです。そこで何か得ることがあったかと言えば、それは否と言えてしまいます。それに元々あれはちょっとした手合わせ程度のつもりでしたので。そのため、また試合を行うとなると、それは我々の生徒には力になるものが少ないのです」


今のエレンの考えているのは効率の良さ。

他の学園に比べてより一層授業に力を入れていることに加えて、生徒にクエストを受けさせ実践経験を学ばせたりなど、プリスメア学園は生徒の成長において効率の良いことばかり行ってきた。


しかし、学園交流会として行った行事の一部として開催された模擬試合。そこで戦って、エレンは身に着けられるものがなかったと、そう思ったのだ。それ即ち、生徒の成長に繋がらない、故に生徒の育成には効率が悪いのだ。


エレンはそれを気にして再試合を臨んでいなかった。


「しかし、我々の学園の中でも成長した生徒は数多いる――――――」

「ほんの二週間で成長できることなど少しでしょう。今とその頃では変わっているところなどきっと些細なはずです」

「いいや―――」


と、学園長同士の討論は激しさを増した。

己の学園のプライド、そして生徒のプライドを取り戻したいと考えるシャガル学園。

効率の良さを考えて決して再試合を臨まないプリスメア学園。

両者とも譲ることはなく、結局ただ時間は過ぎていった。


そして、会議は終了時間となってしまった。


「……今回の会議はこれで終わりとしましょう。また次回に行うとしましょう」

「……ああ、そうだな」


こうして、二つの学園の議題は持ち越しとなってしまった。

会議が終了し、続々と会議室から人がいなくなるなかで、エレンはただ一人そこで黙って座っていた。

その無表情とは裏腹に、苦しい感情を持ちながら。




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