第58話 決戦の火蓋
硬く作られた壁が、いとも容易く破壊されてしまったその刹那、眼中に映りこんだ男を見てオレの体は無意識の内にその方向を向いていた。だが、それがいけなかった。瞬きしたその直後に、もうその姿は視界の中にはなかった。
咄嗟に気配を感じ速攻首を後ろに向けると、そこにはノアールトがメレナのすぐ近くにまで移動していた。この際職員室がボロボロになってもいい。必要ない詠唱を使わず、魔方陣を展開し彼にそれを放とうとした、そのそばからまたもノアールトはそこから消えるかの様なスピードで移動する。
すると、勿論のこと隠れていたメレナの姿が目に映る。しかし、それは見たくもないものだった。「深紅の勾玉」を持っていたはずの彼女の右手は手首から先がなくなっていた。
「がああああああああああ!!!」
メレナの絶叫がこだまする。左手で右腕を抑えながら彼女は悶え、断面からは赤黒い鮮血が垂れている。
「めっ、メレナ!」
「俺は気にするな!」
抵抗がありつつも下唇を噛みしめて視線を移す。
いつの間にかノアールトは破壊された壁とは対向のそれに足をつけており、ふと目が合うと気持ちの悪い笑みを浮かべ、そして、彼はメレナのなくなった右手を見せてきた。そこには勿論「深紅の勾玉」もあった。
「これ、返して欲しいですか?」
答える前にすぐに消える。壁を蹴り天井へと移動しており、更にそこから蹴りそれを繰り返し室内を高速移動し続ける。その際中に彼は言う。
「返して欲しかったら取ってみてください♪」
余裕ということだろうか、軽く言い放つと更に速度が加速する。そのスピードに教師らも動くこともままならないようだった。このまるで煽るかの様な挑発じみた態度。そして、メレナのなくなった右手。
憤慨の材料は揃っていた。
静かな怒りと共に、オレの手は血が出るほどに強く握りしめ、そして。
「なめんな」
その拳は男の腹部に炸裂した。ある限りの力を振り絞り、そしてふんだんに使い、殴り飛ばした。下に向かって殴ったからか、物凄い速度で飛んでいくノアールトは地面に向かい落ち、校庭でドォォォォォォォン!と轟音が響き渡った。
握る力が強かったからか、爪が皮膚に食い込み血が垂れているが、それには気にせず静かな怒りを本当に暴走する前になんとか沈めさせ、すぐにメレナのもとへと急ぐ。
「メレナ!」
「何度も言わせんな、オレの事は気にすんじゃねえ!今は目の前の敵に集中しろ!この場にいる教師の奴らは学園内の他の教師に通信魔法で事態の伝達と生徒の避難を呼びかけろ。それが終わったら避難を手伝え!」
「わ、わかりました。しかし、彼はどうするんですか。生徒ですよ?」
「あいつは、誰より強い。心配は野暮だ」
一人の教師はその言葉に頷き、その場にいた女性教師にメレナの傷の止血と回復を促し、通信魔法を発動先生たちと連絡を取り始めた。
色々心配していることもあるが、メレナに言われた通り目の前の敵に集中しよう。
壊れた壁から外に出て、校庭を歩いていく。先ほどできたばかりの窪んだところへとたどり着く。そこには立ち上がったノアールトが佇んでおり、オレが目に捉えた直後に跳躍しそこから抜け出した。
「もう、痛いじゃないですかぁ」
はぁと溜息をつきながら片手で自身についた砂埃を叩き落とす。すると、もう片方の手、メレナの右手のある手をこちらに見せる。そして何か考えた後に手を伸ばしてこちらにそれを渡そうとしてきた。
「あれ?欲しいんじゃなかったんですか?」
「オレが近づいたそばから殺す気だろ?」
「あら、バレてました?」
殺気が隠せてないんだよ。
「まあ、安心しろ」
「何がですか?」
「殺す前に奪ってやるから」
言ったその直後、彼の後ろに移動しそのメレナの手を奪おうと手を伸ばす。しかし、そうも簡単にはいかなかった。
オレがとろうとしたときに、彼は手にあるメレナの手を握りしめ潰した。否、彼はメレナの右手を破壊したわけではない。ノアールトは「深紅の勾玉」を破壊したのだ。と、すぐにオレの眼前にはナイフの先端があり、すぐに空を蹴って避けそのまま後ろに下がった。
「……お前、それを破壊した意味、分かってんだろうな」
「ええ、勿の論です。ちなみに、もうすでに残りの四つを破壊しましたから、今破壊したので最後。つ・ま・り~」
空は徐々に闇へと染まっていく。昼真っ最中であったために出ていたはずの太陽は嘘みたいに隠れてしまった。
「龍の封印が遂に!解かれる!」
彼の頭上に黒い魔方陣が描かれる。それは、今までに見たこともないほどに巨大な魔方陣。そこから、オレの耳に入ってきたのは、今まで聞いたこともない咆哮だった。
『グァァァァァァァァァァァァァァァァァ!』
鼓膜を破いてしまうほどのその咆哮に思わず耳を塞ぐ。咆哮が小さくなると魔方陣から現れた。
あの、英雄を殺した、漆黒の龍が。
長い尾がやっと魔方陣からでききると、その龍はまたも吠えた。
『グァァァァァァァァァァァァァァァァァ!』
先ほどとは比較にならない程の咆哮にオレはさっきと同様に耳を塞ぎ音を遮断する。それでもそれはオレの耳を痛いほどに刺激する。やっと止み終え、耳から手を外し空を見た。そこには威風堂々、大きな翼を羽ばたかせ飛ぶ漆黒の龍、絵本でみたそのままの姿、「英滅龍ルーアサイド」が存在していた。
あまりの巨大さとプレッシャーにオレは唾を飲み込んだ。一方、ノアールトはルーアサイドの姿に呆けていた。
「素晴らしい……現れし場所に闇夜をもたらす……そしてこの一目でわかる強大さ………これこそが僕の求めていた存在!」
感動したのか遂には興奮した状態だ。すると、続けてそのまま龍に叫び呼びかけた。
「さあ、ルーアサイド!まずはあの街を蹴散らしなさい!」
街を指さしてその言葉を放つ。まずい、街に被害が出てしまう。体をすぐに動かし、魔法を発動しようとした。が、しかしある意味ちゃんと考えていなかった。
ルーアサイドの口が徐々に紅に染まり、口から炎が漏れ出す。そして、その炎は放たれた。
街にではなくこちら側に。
「ええええええ!?なんでよ!?」
ノアールトは羽を広げ飛び龍の放った炎を避け、それと同時に自分も飛び上がり避ける。そのまま空中から数秒の間、炎を吹き出し続け校庭を煉獄に変えていく。
考えてみれば、龍はただ封印を解かれ解放されただけ。別にあいつの配下になったわけではない。調教をしたわけでもないのだから、自由に操れるはずもないのだ。それに、ノアールト本人は気づいてないようだが。
やっと止んだと着地すれば、校庭一帯は地獄の業火で焼きつくされていた。空気すらも燃えるのではと思わせる火炎に、改めてその存在の厄介さを感じ嫌気がさしてしまう。
ノアールトも着地すると、腰に手をあてて困った様子で。
「もう、困りましたねえ。そういえば封印解いただけで自分のモノになるわけでもないですからね。今は放置でいいでしょう。どうせ、ここら一帯は全部壊してくれるでしょうから」
彼の言葉にまるで従うかのように、街へと飛んでいく。オレはそこで深く、脳の全てを活用して考える。敵は英滅龍ルーアサイドと、魔族ノアールト。どちらも脅威的な存在である。どちらも相手にするというのは正直骨が折れるし、何より勝てるかどうかもわからない。
ちらりと横をみると、生徒達が先生に誘導されながら学園外へ走って逃げていく。先生達に協力を要請するのは難しいだろうし、何よりオレは自分で選んで戦っているだけ。
エゴで誰かに頼るわけにはいかない。
ここのことはとにかく街も避難させないといけない。なので通信魔法でギルデガルデ城全体に街が危ないというその全容をコンパクトに説明し、数秒で通信をやめる。
さて、これでとりあえず街の避難は任せても大丈夫。でも、オレのこの状況がかなり絶望的。
「……やるしかないのかねぇ」
苦笑いを浮かべながらそんなことを発言する。
「さて、それじゃあ僕たちもやりますか?街はルーアサイドが勝手に破壊してくれるし、暇なんですよ」
「……ああ。やってやろうじゃねえか」
覚悟を決めたその時だった。
「ちょっと、勝手にはじめないでくれるかしら」
声がした。
その声の方に顔を向けると、そこにはよく知った顔が二人。
「え、エヴァ。ミリーゼ…なんでここにいるんだよ」
「なんでって、そりゃあ決まってんでしょ」
「アークさんを助けにきました」
「オレの事はいいんだ。早く逃げないと……」
「なーに言ってんのよ」
「まさか一人でこの状況を打開する気ですか?」
ごめんなさい。虚勢張ってました。
「ここはあたしらに任せなさい」
「アークさんはあの龍を追ってください」
「………恩に着る!」
オレは風魔法で飛びそのまま街に向かう。
正直、心配の方が大きい。しかし、オレ一人ではこの状況を乗り越えられない。それにオレは信じたい。
あいつらなら、あの男を倒せるだろうと。
「……頼んだぞ、二人とも」
オレは、龍を必ず倒そう。
そう誓い、街へと向かい加速した。
「……さて、いっちょやってやりますか」
「はい!」
エヴァは髪をなびかせ、ミリーゼは気合を入れるかのように両手を握りしめた。
魔王をも超える魔族、ノアールトとリデスタル学園でも群を抜いた実力を持つエヴァナスタとミリーゼ
そして英雄を殺した漆黒の龍、ルーアサイドと異世界よりやってきた最強の少年、アークヴァンロード。
二つの決戦の火蓋が、今切って落とされた。
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