第59話 激戦

街の中心、ギルデガルデ城に住む国王ネクロム・ダクスタは、アークからの通信よりも早くその異変に気付いた。城にある数々の窓、そこから先ほどまでさしていた光が唐突に途切れていった。


「なんだ、これは…」


時間帯はお昼時、暗くなるには早すぎる上に突如として空を覆うように暗くなった。夜がきた、というよりも闇に飲み込まれた、という言葉が適切だ。


ネクロムが突如起こった出来事に呆けてしまう。すると、駆け足が外から聞こえ、大きな音を立てて巨大な扉が豪快に開かれる。開けた本人、アルトリアは急ぐような、焦っているようにも見える表情でネクロムに言った。


「父上!一体これは……!」

「私にもわからない…なんだこれは…!」


謎の事態に戸惑いがあるなか何か胸騒ぎを覚えるネクロム。そんな二人に、突如声が聞こえてくる。


《あーあー。聞こえるかー》

「こ、この声は、アークヴァンロード…?」

《実はな、色々あってルーアサイドっていう龍の封印が解かれちまって、そいつがルワルツの繁華街に向かってる。恐らくかなりの被害が及ぶからオレが龍の相手をしてる間に騎士たちは街を避難させてくれ》


最後に《頼むぞ》と一言付け足され通信は途切れた。急に訪れた夜、そして今のこのアークからの通信、やることなど決まっている。


「特別騎士団も含む全騎士団に告ぐ!」


ビリビリと空気を揺らし、尚も続ける。


「現在、南の街ルワルツに龍が向かっている。時間がない、急ぎ向かい市民の救出と避難誘導を行え!」

『はっ!」


その場にいた騎士の者たちは敬礼と共にそう言い、早速騎士兵がそれぞれ動き出した。





       ※       ※       ※





 

場は変わり、リデスタル学園。


「あら、行ってしまいました。もしかして、そちらのお二人が僕の相手をしてくれるんですか?」

「ええ」


エヴァは何もビビることもなくそういう。その姿にノアールトは疑問を覚え訊いた。


「もしかして、二人だから勝てるとでも思っているんですか?」

「当たり前でしょ、だって―――」


エヴァは腰にぶら下げた剣を鞘から抜きながら、


「あたしたちは、最強のクラスメイトに鍛えられたんだから」


半分まで抜いたところで、そこから一気にそれを引き抜く。引き抜くと同時にまるで着火させたかの様に剣に赤い炎が纏われる。エヴァはアークの指導の末に無詠唱でここまでできるようになっていた。


「そうですかならやっちゃいますか!」


不意打ちを狙ってか彼は発言後即座に魔法を発動し、紫色の火球がエヴァたちに向かって放たれ,それは一直線にエヴァとミリーゼの元へ向かっていく。


「私があいつに攻めていくから後方支援よろしくね!」

「任せてください!」


火球を横なぎで切り裂くと、そのまま駆け出してノアールトに向かっていき徐々に距離を詰めていく。その際にも多くの火球がノアールトの手から放たれるが、それも持ち前の俊敏性と剣術で全て躱され切られで意味をなさない。


「中々良い動きをしますね~」


嫌味にも聞こえるその褒め言葉を発しつつ、彼は手に血の付いたナイフを取り出す。これはメレナの手を切り取った時に使ったもので、血が残っているのもそれが理由だ。エヴァが遂に眼前にまで近づき、その燃える剣を上から振り下ろす。


鈍い音が火花が散ると共に響き、その後短いナイフと燃える剣で互いに押し合っていく。それからすぐ、エヴァはそのナイフを自身のその力を利用して右にはじいた。長い押し合い戦が終わったそばから、今度は激しい連撃の打ち合いとなる。


互いに攻め、守り、その繰り返し。しかし、エヴァが剣であるのに対して、ノアールトが使用しているモノは小さなナイフ、等しく戦うには無理な話。だが、彼はただむやみにそのナイフを振るっているわけではなく、ナイフのどこを使えばその攻撃に対して有効なのか、相手のスキがあったそのそばから攻めたりと、彼は的確に攻守していた。


「はい残念でしたーー!」


力強く剣を弾くと、エヴァに大きなスキができた。そこに欠かさず攻撃を仕掛けようと、ナイフを先端が下に向くようにくるくると器用に回して持ち直し、それを上から突き刺そうと振り下ろす。


しかし、そこで忘れていけないのはバックアップ、ミリーゼだ。


氷刃アイスショット!』


エヴァの後ろからかなりの速度で飛んでくる氷の刃に、眼前の少女に攻撃をするよりもそれを防ぐことを彼は優先せざるを得ない。エヴァからいくらか距離をとると、己のナイフを使ってそれらを全て切り、そして砕いていく。


やっと止んだと思えばそこから、またエヴァが攻めに来る。休む暇もなく繰り出される攻撃は,ノアールトと同じように、適当に振り回しているわけではない。むしろ、彼よりもより優れた剣術を使える。故に、


「はぁっ!」

「あっ………」


その攻撃をノアールトが入れたとき、エヴァの下から上げられた剣撃に、ナイフは弾かれ彼の手から離れ空を舞い、そして地面に突き刺さるような形で落下した。


「……………」

「……………」


長い沈黙、そしてノアールトの顔が徐々に青ざめていく。だらだらと汗をかき始め、表情から焦りがにじみ出ている。


「よし、ちょっとお話しよう。僕は平和主義ですからね。やっぱり拳や剣よりも口で語り合った方がいいと思うんですよ。ご理解いただけませんか?」

「…」

「…」


ただの命乞いの様なものだった。


「畳みかけるわよ、ミリーゼ!」

「勿論です!」

「ギャー無慈悲ー!」


エヴァが剣を向けると、彼はがむしゃらに駆け出した。燃える校庭をただひたすらに走り、追いかけつつ攻撃を仕掛けるエヴァと遠くから魔法を放つミリーゼの攻撃を必死によけ続ける。


「す、すばしっこいですね……じゃあ、これなら!」


ミリーゼが校庭に手を置くと、走り逃げるノアールトの道先にかけて氷結していき、そしてそれが彼の足を滑らせる形で行く手を阻んだ。


「あ痛っ!」

「ナイスミリーゼ!」


すってんころりと滑り態勢を崩したノアールトに、やっとエヴァが追いついた。


「痛ってててて――っておわああ!!」


上から斬撃が襲い掛かり転がって避け、そこから手足を動かして逃げようとするが、目線の先の全てが氷結済み。進むこともままならない。動かしても動かしても滑ってしまい、ノアールトはあきらめか、腰を地面につけてエヴァの方を向いた。


「や、やめてえ!」

「まさか、本当にこんな奴にアークが……まあ、いいわ。これで終わりよ!」

「や、やめてってばあ!」

「やめるわけがないでしょ!」


命乞いに聞く耳も持たず、エヴァは最後の一撃を喰らわせようと剣をかまえ、


「終わりよ!」


そしてそれを下に――――


「はい、引っかかった」

「えっ――――」


ノアールトが不敵な笑みを見せたと思えば、彼は氷の上をバク転してエヴァの顎を蹴り、そして着地とすると氷を破壊するほどに踏み込みエヴァの方へ飛び出していく。


顎を抑えているエヴァが痛さに耐えつつも目を開くと、目の前にノアールトがおり、彼は右腕を伸ばすとエヴァの首をひっかけ、そのまま回転しそのまま投げ飛ばした。


氷が砕かれ、校庭が割れる。大きな砂煙と共に砕けた氷の礫が空を舞った。すると、空からエヴァが手にしていた剣が落下し、地面に刺さると纏う炎が消え失せた。


「最大のチャンスこそが、最大のスキ、油断しちゃうんだよねぇ」

「え、エヴァさん!」

「君もだよー」

「!?」


いつの間にか、彼はミリーゼのすぐそばにまで移動しており、ミリーゼはそれに反応、否、無意識の反射で氷の壁を作り出し防御する。分厚いこともあり、ノアールトの足蹴りは氷壁を破壊することができなかった。


「おっと、これは固い」


氷に足がめり込み彼がそれを抜こうとしたとき、ミリーゼは先に魔法を発動する。


「はぁぁ!」


抜けてしまうその直前に足を凍てつかせ、それはみるみると体ごと飲み込んでいく。


「なにぃ!?ちょ、と、とめて、やっ」


もがいくがすぐに、氷漬けにされた。中途半端なポーズで凍らされたノアールトはさておき、ミリーゼはエヴァの元へ向くと目線の先にエヴァが立ち上がるのを捉えた。頭からは血を流しており、立っている姿も満身創痍といったところ。


「え、エヴァさん大丈夫ですか!?」

「だ、大丈夫……と言いたいところだけど、正直きついわ」

「っすぐに治療します!」


エヴァの元へ急ぎ足で向かっていく。しかし、先ほど、ノアールトは言ったはずだ。


「私はいいから…それよりもあいつを―――っミリーゼ!」

「へっ?」


、だと。


氷結されたはずのノアールトはいとも簡単に自身の力で氷結状態から抜け出し、そこからミリーゼを後ろから先ほど同様に蹴りを、今度は確実に入れる。


がら空きの彼女の右腕に炸裂すると、骨がきしみメキメキと気色悪い音を出し、耐えることもできず蹴り飛ばされる。


「ミリーゼ!ちっ……よくもっ…!」


痛みを我慢し、ノアールトの方へと向かっていきそのさ中に炎の矢を創成し放ち、ノアールトはそれを掌でパンパンと叩き落としていく。それにひるむことも、低速になることもなく突き進み、敵の目の前で拳で打撃を打つ。


だが、彼は表情を変えることもなく手で受け止める。


「なっ……!」

「弱いの弱いの。あなた、それで歯向かうつもりだったんですか?」

「…うっさいわ―――ねっ!」


蹴りを放つが、これもまた彼に入ることはなく、掴まれる。


「弱すぎるんですって」


身動きが取れなくなったエヴァの腹に靴の裏で押しこみ、吹き飛ばす。


「かっ…………!」


今度は勢いが出ず、すぐの地面に落ちて転がっていく。そこでせき込み胃液をまき散らす。


「あはははははははははは!まじでよわっ!弱すぎるんですけど!」


この校庭に転がったエヴァとミリーゼに対して嘲笑する。彼が先ほどまで見せていたのは本気をだしていない遊び程度、アークで言う「遊び十割」というやつだ。


彼の本気を発揮していない実力は、彼女ら二人分よりは弱い。だが、本気を出した場合は彼女らを軽く凌駕するもはや未知数の実力。アークが戦った時も実力としては半分出していない程、つまりそれほどの猛者というわけだ。


だがしかし、今彼が戦っているのは最強の男に指導されている。本領が発揮されるのはここからなのだ。


「さてさて、殺すのはかわいそうですから?若い芽を摘むのは私の良心が痛みますから?帰ってあげますよ」


翼を広げにその場から離れようとしたときだった。


氷獄インフェアス!」


瞬く間に校庭が凍てついた。

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