愛を語るより口づけをかわそう

彼女と僕は三渓園行のバスに乗った

タクシーを選択しても良い距離だが、平日の昼間のバスなど空いているので確実に座れそうなものだ

何よりダスティホフマンの卒業のラストシーンみたいに最後方の席に座り揺られてみたかった


しかし現実は違う

結構混んでいて座れない

途中でやっと座れたのだが、通路を挟んで座るというトホホな状況

それでも僕の隣が空いたら瞬間移動してくる彼女

可愛い

もう崩れる顔を我慢するのが大変だ


三渓園入口のバス停に到着し、観光客っぽい外国人の後をついていくと無事三渓園に着いた


入場券を買って二人で三渓園の門をくぐる

僕はありったけの勇気を出して



彼女の指と僕の指を絡ませた

いわゆる恋人繋ぎ


少し彼女に睨まれた気がしたが、彼女の指にも力が込められた

彼女と僕は手つなぎデートで三渓園を散策する


歴史的建造物であるが、さほど僕は興味が無い

それよりも僕の全神経は右手に集中しており、何を話したのかあまり覚えていない

ただ彼女の細い指の感触を感じながら、彼女と僕は三渓園を散策した


途中、和装の新郎新婦らしき人達が、多分結婚式でつかうのであろう写真をプロっぽいカメラマンに撮影されているのを見た

もし、彼女が独身だったら微妙な空気のひとつも流れたのであろうが、彼女も僕も既婚者

新郎新婦に対する感情は、羨ましいではなく初々しいである


そして、多分三渓園散策に於いて一つの目的地であろう三重塔に登り、展望台でベンチに座る

海に沈む夕日の赤を受けながら無言になる彼女と僕

他には誰もいない


この時の僕は何も考えていなかった

手を繋ぐ時のように勇気を振り絞る事も無かった


黙って肩を抱く僕

僕にもたれかかり目を閉じる彼女

時が止まって欲しいなんて思わなかった

目の前の彼女が愛おしい


僕は彼女を見つめて、顎に人差し指と親指をかけた。そしてそのまま


三渓園を出た後は、いつもの他愛の無い会話をする彼女と僕に戻っていた


元町に移動し、散歩している時に唐突に彼女が言った


真 今日はこれから娘と待ち合わせて帰ろうかな

僕 この辺で働いてるの?

真 うん。関内で

僕 わかった

僕 少し飲んでから行く?

真 是非


1時間程軽く飲んで、彼女と僕は帰路についた

彼女は娘と待ち合わせる事も無く、横浜駅まで僕と一緒の電車に乗った

そして彼女は、少し買い物をすると言って人込みに逃げるように消えた


あっけない別れ際だったが、それも仕方ない事

デートのみならまだしも、彼女と僕は超えそうになっていた

既に超えていると言われても反論はできない


それは勿論彼女にもわかっていて、彼女なりにブレーキを踏んだんだろう

何かを壊したり、誰かを傷つけたりしてまで成就させる気は毛頭ない


デートを重ね、親密さが増せばさらに好きになる

僕が彼女を好きになっていくのに理由は無い

でも超えてはいけない理由は有り過ぎる


彼女の小さな顎を思い出しながら、僕は家路に就いた

僕は衝動的にパンドラの箱を空けようとしたのだが、鍵は開かなかった


別れ際の素っ気ない態度・・・

これは・・・

自己嫌悪・・・

後悔・・・

浅はか・・・

図に乗るな・・・

明日からどうしよう・・・

明日・・・


ん?

確か明日は・・・



そう、明日は金曜日

またも歓迎会がある。幹事は僕


歓迎会ある所に二次会がある

その計画も今日のデートで打ち合わせ済み


つまり今夜、気まずい解散をしている彼女と僕は、明日にはまた普通に逢う

今日の打ち合わせは反故にされるのか?

それとも・・・


僕が開けようとしたパンドラの箱には、まだ希望が残っているのかもしれない






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る