ロマンチスト
七山月子
●
まとまらない気持ちをかき集めて、私は彼に告白したのだ。
「あなたが好きなんだと思う」
彼はなにを思ってそれを聞いていたのだろう、肉片にかじりつき咀嚼を止めず、彼はワイングラスに手を伸ばした。
何事もなかったように眉を上げて明るい声で、
「え、なに? なにが? 」
と彼は言ったのだ。
それで私は頭に来て、レモン水が入ったグラスをひっ掴み彼の自慢の髪にぶっかけてやった。
意気揚々と店をドラマチックに出たら、ため息が出た。
ため息は白く、冬の冷たい空気に乗ってどこかへ消えていく。
涙は続けて出てくると、思い込んでいたが出なかった。
歩きながら追いかけてくるかもしれない彼の気配を探したが、当然のように足音も声もなかった。
私の気持ちは薄ら寒い好きなんていう言葉ひとつになって、届く前にしぼんでしまった。
失恋なんて大層なものを演じているようで、結局はじめから好きだったのかも怪しい。
友人から電話が来たのはそんな夜道を歩いている瞬間で、私が着信音に躍り出た彼女の名前を見た途端、実は元気が出たこともまた無意識下に起きたものだということ。
いつも通り、知った道を歩いて彼女のアパートまで歩いていると、雪が降ってきた。彼女の家のまえには銀杏並木があって、枯葉も凍える2月の頭、石畳に落ちた石ころを蹴りながら私は歩いた。
その石ころはアパートにたどり着いて、壁に乾いた音を立てて草むらに落ちてしまった。
ドアをノックすると彼女は明るい声で言った。
「あんたまた失恋したのぉ」
いつも通りに泣きついて今すぐに暖めてもらわなければ死んでしまいそうな演技は、何度も繰り返された通りにこなす。
そうしないと、酒の肴が足りないから。
こたつに入れば小洒落たレストランに数時間前居たことなんて忘れたし、彼女の焼酎を乱暴に注ぐ手つきや湯呑みにたっぷりと入った酒に癒された。
マルボロを慣れた仕草で彼女は一吸い、いつも通りの呆れた顔で訊く。
「で、今度はどんな男だったの? 」
無意識下で繰り広げられる私の失恋や友情の中に、本来あるべきはずの本物なんて、一握りだって要らない。
だから幸せになれないことを知っていても、私の今この時の生き方を誰に文句をつけられる正当な理由がどこにあろうか。
雪はちらりほらりさらさらと揺れ舞いながら、誰の頭のうえにも降り注ぐ。
そう、私のうえにも、きっと。
ロマンチスト 七山月子 @ru_1235789
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