誰でも蘇らせられるアプリ
紅井幻
八月二日
環八通り沿いにあるラーメン屋「どちくしょうらあめん」の前で、小型バスが歩道に乗り上げるという事件があり、多数の保育園児が亡くなったらしい。
片手で操るスマホは、エロサイトの広告から人の生き死にまでを否応無しに伝えてくれる。ネット上は加害者への罵詈雑言、会社の業務形態を変えないとまた同じ事が起こるとの懸念でおおむね溢れていた。
その怒りの感情をなぜ少しだけでも被害者に向けられないだろうか。
来栖は赤いマルボロを吸いながら、散った幼き命を想う。
「死せる魂が天国に召されますように」
来栖は特に何かを信仰しているわけではないが、ある程度知能を有した生物としてそれは当然の行為だと思った。
ぐずぐず梅雨を引きずっていた七月もようやく終わりを迎え、アスファルトも溶かさんばかりの八月がやってきた。
例年よりも涼しい夏(ニュースキャスター曰く冷夏と言うらしい)とはいえ、スマホが示す数値は三十四度を記録していた。
確かな陽射しが来栖を捉え、背中を汗が伝うのを感じる。
朝の十時だからだろうか、タクシーの捕まる気配がない。たまに三つほど先の信号手前からタクシーの影が見えるが、ほどなく「回送」の文字に落胆する。
行きつけのスナックでまた朝まで飲んでしまった。吐き出す息は焼酎と煙草の匂いに支配されている。
心地いいを少しだけ突き抜けた酔い、ここは天国でもない地獄でもない、現実味の薄れたふわふわした時間。
ジリジリ照りつける太陽と、目の前の大通りを行き交う車の轟音だけがかろうじて来栖をこの世に引き止める。
さて来栖の脳内ではある二つの事象がぼんやりとした輪郭を帯び、しかし鉛のような質量を伴い鎮座していた。
一つは、一目惚れをしてしまった。
一目惚れというと、プラスチックで出来たような、パッケージングをされたような、何だか安っぽいイメージになってしまうが、ともかく来栖は一目惚れをした。
それからもう一つ、「誰でも蘇らせられるアプリ」の存在だ。
来栖は回らない頭を、掴んだ端から崩れ落ちる思考の芯を、慎重に慎重にたぐり寄せながら、記憶を構築させる。
時はちょうど半日ほど前、昨日の二十三時までさかのぼる。
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