千客万来(センキャクバンライ)

塚葉アオ

第1編

_1の1 鬼を斬る鬼

第1章「大湊監獄救出作戦」

 ・1



 大湊の城下町、真昼と比べ人影はまばらとなり、空に浮く白い月に導かれるようにざわつきがおさまる。それとわかる気配がある。そんななか、それでも口数減らし道を歩く者は、今日のうちに済ましておかないと我慢ならなかったのだろう。明日の朝でも「構わない」のであれば、夜気に触れる必要もない。


 そこは山深く、山の多い大湊の国。城下町からも見える、大きな岩の柱のようでもある山頂の一つに監獄があった。罪人を幽閉し、時には罰する。場所は突飛かもしれないが、正しく監獄であるとするならその為の場所だ。国に抵抗しようとする反逆者とか。


 この日、やや強めな風、軽いとはいえない重み、経年劣化、いろんな要因で不安定に揺れるつり橋をおっちらと渡る者たちがいた。彼らは、これからその監獄に向かおうとしている。男が一人、女が二人である。


 ジロテツは先頭に立っていた。彼は手軽に作られた橋に向けて、「ぼろいな」と文句をつける。片脚を軽く上げて、足元の隙間を眺めていた。


「こんな場所。とっとと抜けよう」彼は先を急ごうとする。揺れが酷くなる。


「帰りも通るのに」サモンは聞こえるように問いかけた。彼女は冷静だった。


「イヤなこと言うなよ」


 返事を聞いて、女は峡谷から月に目をやりそして振り返る。なにせ静か過ぎだ。『もう一人』が、しっかりとつり橋を渡れているか気になった。


「にしても、二人でなくて、正解だったな。まさか人里近くに鬼が出るとは思わなかった」


「完全に情報不足。ここで出るとか、聞いたことなかったし」


 つり橋を渡り切るまで、『もう一人』はなにも口にはしなかった。




 ジロテツが歩みを進めず、しばらく両手で短銃を握ったまま、考え事をしている。彼の武器は幽鬼に対してはあまり効果はなかった。


「名前は聞いた。名は、白鈴しらすず。じゃ、生まれは?」


 (もう一人)その女は相手と目を合わせている。しかし、問いには答えようとしない。


「大湊、ではないの?」サモンがからかうように言った。


「お前に聞いたわけじゃねえよ」


 ジロテツは、こちらを見る彼女に表情で訴えている。彼は小さく息を吐いた。


「無口だな。これだと、歳を聞いても、答えてくれなさそうだ」


「布で、顔が隠れてるからわからない」サモンはわざとらしくここで観察する。「でもひと目見た感じだと、そうだねえ。だけど」


「さっきの身のこなし。ただものではなかった。ありゃあ」


「つわもの」


「特別な訓練でも受けてるやつの動きだ。普通の人間がそうそうできるもんではねえ」


「探るの厳禁かもしれないけど」彼女は間を置く。「もしかして、忍びだったりする?」


 白鈴は何も言わない。身振りすらしなかった。


「この反応からして。忍びではなさそう」


「はじめ会ったときは、頼りになるのかねって思ってた。だって、ほら」


「なに? 言ってみ」


「わかるだろ。ずいぶんと小柄だ。体つき、そこらへんにいる子供とたいして変わらない」


「魔法使いの紹介だよ?」


「だから信用できないんだよな。いや、まて。信用できるのか?」


 彼は銃に目を落としてから、息を吸う。個人的な感情は捨てたようだ。


「スマン。ま、なんだ。とにかく、不安なんだ」


 ジロテツはそう言うと、明かりの乏しい夜の山を登っていく。


 その後も、その女、白鈴は素顔を見せることはなかった。鼻と口を隠し、両目の部分を外気にさらしている。得物は見たところ刀であり、言葉数が少ない、素性を明かさないその姿勢、よって忍びであると思われてもおかしくはなかった。


 白鈴が後方から離れないよう追いかけていると、ふと振り返ったサモンと目があう。彼女はつり橋の頃と同じように、興味ある瞳を向けていた。


「これから荒っぽいことするんだから、力を貸してくれると言ってるわけだし、それでいいじゃないの」


「なにも、言ってないだろ」彼が反応する。


「私たちではダメだったんだから、目黒が囮になって捕まってしまったわけで」


 山頂にある牢屋からの救出作戦。潜入しやすい夜中のうちに、『目黒めぐろ延幸のぶゆき』という男を脱出させる。それが、この夜に集まった三人の目的だった。


「報酬が、とにかく欲しいんだよね。それに、よくわからないけど監獄には、あなたの『刀』があるかもしれないんでしょ?」


 白鈴は小さく頷く。


「あっ、そうだ。じゃ、これならどうだ」ジロテツは閃いたのか、相手の股下から上へと視線を移す。「その顔を、見せてもらってもいいか?」


 顔、とサモンが声を大きくした。「それっ。興味ある。私も見てみたい」


「――見ないほうがいい」


「は?」


「えっと。『見ないほうがいい』って?」


「ヒグルから、顔は見せないほうがいいと言われた。目にしたところで、お互い得をすることはない」


「それって」ジロテツは言いながら、サモンのほうに目をやる。しかし、彼女も理解できている素振りはない。教えてもらえたのは名前だけ、それには理由があるということ。


「どういうことだ?」


 白鈴は返事をしぶる。


 すると、なるほどとサモンが指を振った。「わかってないなあ。女性だよ?」


「ああ。そっか。うん。いや、だからなんでだよ」


 


 


「国は、妙な術で、鬼を従えている」「それから、この国は」「破滅へと」彼らの考えは、いくらか乱暴的なところがあった。なにから何まで独善的とまではいかないが、白鈴にはそういった印象がある。彼らとは出会って数日程度――仕事であり報酬が出ると聞いた。だから申し出た――彼らの口にする言い分は聞くに値するところはあった。


 この世、うらぶれて見る影もない大湊は幽鬼で溢れている。それは事実だった。しかしながら、『国が、妙な術で、鬼を従えている』、それは決まったわけではない。それらしい根拠はない。


 少なくとも三年前には、そんな話聞いたことがなかった。


『目黒信幸』という男が監獄へと幽閉されているわけは、そういうことだった。


 国のことを調べていたら、へまをして見つかり、捕まった。なんとも間抜けな話だろう。


 とはいえ、彼らはこう言う。


「俺たちは目障りだった」


 だから、たぶん知られたくない事情があると。白鈴はその時そんなふうに調子を合わせる。


「そのとおり」


 勝手に大湊城城内に入ったのなら、兵士に捕まってもおかしくはない。しかし、場所が場所か。


 白鈴は事情を聞いて、疑問に感じるところがあった。目黒が監獄に収容される過程は難しくもなく理解できる。反逆者だ。だが、彼が幽閉されている『正確な場所』、聞くかぎりそこはすこしいびつで特殊な環境のようだった。監獄の。


 侵入者を閉じ込めるだけなら、そのような場所には入れないだろう。


 その男は、二度と空を拝めることはないかもしれない。そう、例えばの話になる。憶測だ。彼は、見てはいけない物でも、見てしまったのではないか。


「いま、大湊の国は、大きい大きい病を抱えている」


 夜になると、『巨大な骸骨』が突然と現れる。それはまるで山のようで、そして大地を移動していく。白鈴はこの話も半信半疑だった。『巨大な骸骨』、その幽鬼は人を捕まえてはその大きな口で人を食べてしまうらしい。これまでにどれだけの人が被害に遭ったか。


 だが、いつからかその幽鬼は、ちっぽけな村でさえ襲わなくなったのだとか。


 されど城下町や村を「離れた者」は、逃げ切ること叶わず手で握り潰され食われてしまうらしい。


 夜が明け、朝となると、姿を消す。


 奇妙な話だ。


 


『国が操っている。』


 認めたわけではない。彼らなりの考えがあり、根拠があるというのはわかった。


 




 小高い山を登り、彼らは目指していた監獄に辿り着くと、監視の目を潜り抜けて内部へと侵入した。忍び込むのになんら難しいことはない。まず監視はまじめに仕事に取り組んでいるようすはなかった。警戒はしていた。一言でいえば、状況が彼らの見方をした。


 見回りに見つかるとまずい。ジロテツは行く先を見詰めながら言う。彼は行こうとする目的の場所があれど、そう簡単には進めない環境にもどかしさを感じているようだった。やることは済ませて、早くここから出て行きたい。さらっと言葉にしたわけではないが、気持ちとしてはあるように見えた(当たり前でもある。この場に長くとどまりたいと考えるものはそういないだろう)。


 サモンとは別行動を取っている。彼女には、与えられた役目がある。男を救出するにしても、逃げ道は確保しないといけない。他にもいろいろとあり。


「予定が狂ってしまうな。どうしたものか」


 ジロテツは見回り二人の行動を窺っている。奥へ奥へと前進したい。だが。


「救出するんだろ。そして、今、騒ぎにはしたくない」


 白鈴はとなりで問いかけた。


「にしても、見つからないにも限度がある」彼は小声で言った。


「私が注意を引く。お前は先に行け」


「いいのか?」


「それが私の仕事だ。すぐに追いかける」


 そうして彼女は(何もない)空中から刀を取り出すと、彼を近くの物陰に潜めるよう促す。そこにいれば、彼がうっかり発見される心配はない。


「戦っている時も思ったが、その刀」


「なんだ?」


「いや。なんでもない。頼んだ」


 その場で彼女が取った二人を誘いこむ方法は、「音を立てる」といういかにもわざとらしい手段である。多少なりとも頭が回るのであれば、明らかに注意を引こうとしているのはわかるだろう。とはいえ、「緊張」というのはとても便利なものだった。


 鞘からは刀は抜かず、先端を使って床を数回突く。聞こえるように彼女は鳴らした。


 男たちは軽く会話を交わす。おい。聞こえたかと。


 短機関銃を構える二人、彼らは物音がした方向へと慎重に歩み寄り、安全を確保していく。やっと音の正体であろう存在を目で捉えると、彼らは不用意には近付かず警告を発した。


「止まれ」


「何者だ」


 背後から、ジロテツはその場を離れていく。振り返りはしない。


「おんな?」


 白鈴は「刀」を手にしていなかった。男が二人だ。必要ないと考えたのではなく、油断させるために彼女は持たなかった。


 もしそこに『武器を持った女』がいれば、それだけ隙を見せようとはしないだろう。不安に恐れ、感じさせた時点で発砲される。


 白鈴は予兆などは何も見せず、「眠ってろ」と、見回り二人に目掛けて飛び掛かる。


 結果としては、彼女の作戦勝ち。救出作戦にも支障はないだろう。速やかに対処した。見回りを拘束し、影響力が無い状態にする。殺しはしない。必要だとは考えなかった。


 手早くひと目につかない場所へ彼らを運んだ白鈴は、移動を開始し、ジロテツの後を追いかける。行くべき檻まではもうすぐだった。




 長いな。彼女は階段を下りて、もう一階と下りようとする。


 だが立ち止まった。人の声を耳にした。


 女の声だった。用心しながら、障害とはならないかを調べる。通路の先には老婆がいる。


「逃げ出したスライムか。どうしたものよ」


 その老婆は確かにそう言った。なぜ、このような荒涼こうりょうとした場所にいるのかはわからない。手足が拘束されているわけもなく、その姿から想像するに罪を犯して捕まったわけではないだろう。処断されて。だれがどう見ても、見回りをしている兵士のようにも思えない。


 過去を思い出す。三年前。白鈴はすこしばかり警戒を疎かにする。


 すると、僅かな時間で事態が変わる。女の背後に、長くて黒い影のようなものが渦巻いていた。しいて言うなら、人魂のような動きでそれは浮遊していた。


「計画を早めるか」


 その女はそう呟いて、立ち去っていった。長く黒い影は、蝋燭の火のように消えてしまう。


 白鈴にはとても見覚えのある女だ。だからだろうか。昔のことを思い出したのは。


 彼女は追いかけようとはしない。――から木田きだ


 急ごう。白鈴は優先すべきだと判断した。ジロテツが待っている。彼をここで一人にするのは心配だった。



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