声が聞こえた

 


 体の軋みがひどくなってきた。痛んでもすぐ治るとはいえ、ルシルに語った理屈がぼくを苛む。

 蓄積した経験が、辛いと主張してくる。

 柔な体が鬱陶しい。痛みを感じない体なら、良かったのに。


「どうしました、ムゲンくん。集中できていませんよ」

「それは、気のせいだ!」


 速度を上げて、ルシルの攻撃を避ける。

 空を飛ぶ魔道具は、特に体に合わないのか。全身の骨が、少しずつ……。


「だから、なんだ」


 もう少し、あとは四角の図形がルシルを包み込めば終わる。

 その前に、弱点に気づかれなければいい。


「しかし、困りましたね。ペンは壊したのに、攻撃が止まらない。体に纏わりつく図形も、消えません」


 ルシルの困惑は、とても深い。

 その視線は、下を向き。人々を今も襲う大洪水を、忌々しそうに見ている。


「これは、どうすれば消えますか?」


 測るようなその言葉、どう答えるのが正解だろうか。

 正直に答える、嘘を吐く。何も答えない、誤魔化す。


「世の中に完璧なものなんてないさ、頑張れば消えるんじゃないか?」

「……へえ」


 これは賭けだ。

 体もだるいし、人類が滅びるのも近い。戦いを終わらせるのは、早い方がいいと思う。

 ルシルの気を散らして、最後の図形を当てるのだ。


「いいんですか、私にヒントを与えて。具体的な手段が、あるんですよね?」

「もちろん、あるさ。多分本当だ」


 これも事実だ。

 弱点は、ある。それも致命的なものが。ぼくの弱さゆえに誤魔化せていたが、普通ならとっくに気づいているほどに、大きな欠点があるのだ。


「そうですか。うん、わかりました。私は最後まで、ムゲンくんを信じることにしますね」


 そういうと、ルシルは解析を始めた。

 纏わりついた図形と追って来る図形に魔法をかけて、何らかの情報を読み取っている。

 問題はこれが呪いだと言うことだ。ルシルに可能なのか。


「流石に未知の力はわかりませんね、ほとんどが意味不明です」

「そうかい!」


 余裕を与えてはいけない、ぼくはルシルに近づいて攻撃を……。


「それは無理ですよ、私は解析に集中しますから」


 さっきより遥かに優秀な回避行動をとり、ぼくから大きく距離を取った。

 その速度には追いつけない。バックの中の魔道具に触れても、有効なものが見当たらない。

 まずい、これでは時間を稼げない。さっきよりも状況が悪くなったらしい。


「一か、八かだな」


 これでは本当に負ける。それも手も足も出ないほどに、完璧に。

 この展開も考えてはいたけど、今ならルシルにそんな賢さはないと踏んでいたのに。

 読み違えを修正するには、強引な手段に頼るしかない。


「よし」


 剣を呼び出し、魔道具たちを燃料にした加速をする。

 一瞬だが、ぼくは誰よりも早くなる。一撃だが、ルシルに攻撃を当てることが出来るだろう。

 遺された全ての魔道具を起動させ、全身を呪われた状態にする。これならなんとかなるだろう。


「全部、全部無視だ。これが最後のチャンスだ」


 瞬間移動で近づいては意味がない、最大加速で近づくからこそ隙を突ける。

 戦いの最中に目を瞑っているんだ、不意打ちには適している。

 自分の痛みも、呪われた苦しみもすべて無視して。……ぼくは。


「これで、勝ちだ!」


 最大限にまで肉薄して、剣を縦に振り下ろす。

 出来ればこれで、真っ二つにしたいが。隙を作って、図形が当たるのも悪くない。

 でもそんなのは全て、ただの夢想に過ぎなくて。

 状況は、全てが最悪に向かった。


「ああ、なるほど。こういうことだったんですね」


 隙を突かれたルシルは、ぼくの攻撃をギリギリで躱した。

 その顔は驚きに包まれているが、ぼくの攻撃に対してじゃない。

 ……纏わりつく図形に、少しだけ亀裂が入ったからだ。


「追いかけてくる図形たちは、無敵です。でも体に纏わりついた図形たちは、攻撃を受ける。つまりは……」


 ルシルは周囲に魔力を発するだけで、丸い図形と三角の図形が壊れてしまった。

 それと同時に大津波が消え、地震も収まった。


「しまっ……」

「判断が遅いですよ、ムゲンくん」


 その悪魔の笑みと共に、ぼくは魔力に巻き込まれて気を失ったのだ。



 ★



 目を覚ますと、体が痛い。自分の頑丈さが嫌になる、どうやら地面に落とされたようだ。

 大洪水のせいなのか、僅かに残ったビルの残骸の上らしい。

 動かない体も嫌になるが、空を見るのはもっと嫌になる。


「ああ、起きましたかムゲンくん」


 ぼくの頭上には、空を覆う七つの星々。止めの攻撃だ、奮発してくれたんだろう。

 これで全てを終わらせるのだ。


「ぼくは、最後じゃないのか?」

「そのつもりでしたが、本当に人類はしぶといです。いつまでたっても、絶滅しません」


 口が利けるのが面倒だ、減らず口が止まらないから。

 最後ぐらい綺麗に散るという自由が、ぼくには許されない。


「だから、一緒に終わってください。……何か、私に遺す言葉はありますか?」

「……ない」


 本当にない。全くない。

 この終わり方は気に入らない、だって負けになるから。


「それでも、ないな。これでいい」


 すべて含めて、これでいい。ぼくは最後まで、未練とか心残りを持てなかった。


「ムゲンくんは、最後まで私に冷たかった」

「何度も言わせるな、ルシルだけじゃない。それに、冷たいわけでもない」


 その苦しみは、ぼくのものだ。ぼくだって、誰かに深い感情を抱いてみたかった。

 その幸せも、知りたかった一つだ。


「……さよなら」


 全てと一緒に、塵となる。気に入らないけど、これでいい。

 許せないけど、これでいい。不満や理不尽も、これでいい。

 それでも……。


「次は、勝つ」


 もう有り得ない次を考えて、勝ちを宣言する。

 目を閉じて、暗闇の世界で死を……。


『まだ早い』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る