先を行く者たち

 


 流石に疲れてしまったのか、フィアとつぼみは眠ってしまった。フルーツの運転が心地いいのか、その深さを感じる。


 フルーツもトワに運転を代わり、助手席で寝てしまった。抵抗していたようだが、疲労には勝てないのだ。


「あはっ。可愛いなあ、みんな子供だね」


 一番子供に見える奴が、何かを言っている。


 余裕で運転をしているトワは、笑顔を絶やすことがない。疲れどころか、初めての運転を心から楽しんでいるらしいな。


 嫌な現実だが、とても上手だ。最上位の存在は、なんでも出来るのだろう。


「まあ、子供だよ。ぼくも含めて」


 全員が未成年なのだから、子供で間違いがない。この世の始まりから存在する奴に、子ども扱いされても文句は言えないのかも。


「むげんが子供だなんて思ったことはないけどね、眠たくないの?」

「特には。退屈になったら、寝るよ」


 車の外には、見たことがない風景が広がっている。


 眺めているだけで、しばらくは飽きが来ない。三人の子供たちが眠ってよかった、静かでうれしいから。


「それも楽しそうだけど、もっと面白いものを見たくないかな?」

「見たいな」


 内容を聞くまでもなく、肯定の返事をする。普通ではないトワなら、普通ではないものを、見せてくれるだろう。


「それなら眠るといい、興味深いと思うよ」


 トワの言葉が終わると同時に、頭を殴られたように意識が遠くなる。


 もっと、優しく眠らせてほしい。殴られて気絶するような眠り方は、相手のことを想っていないだろうが。



 ★



 その風景には、三人が映っている。ダンジョンの長い道を歩いているので、少し前の映像だろう。


 ぼくとトワを置いて、先に行ってしまった奴らを見せる気なのか……。


「今更ですが、二人を置いていって、よかったのでありますか?」


 少し不本意そうな、フィアの言葉。


「構いませんわよ、のんびりしているのが悪いのですわ。なにかに困ったら、ワタクシたちを追いかけるでしょう」


 冷たいことを言うつぼみである。その言葉はすべて正しいと思うが。


「そうですか? フルーツはお兄ちゃんを待ちたいのですが、護衛として心配です」


 優しい言葉を言うが、全てが間違っているフルーツ。その勘違いを何とかしてほしい。


「心配いりませんわよ。兄上の傍には、トワがいるのですから」

「そうでありますな。トワがいてくれれば、大丈夫でありましょう」


 何も不安がないと、足早に進んでいくつぼみとフィア。


「貴女たちがいなければ、お兄ちゃんを待つのですが。流石に見捨てることは出来ません、それこそ怒られてしまいそうですからね。でも、なぜ二人はトワを信用できるのですか?」


 それに不信感を抱きながら、フルーツも後に続く。


「突然現れて、お兄ちゃんの傍で楽しそうにしている。何もかもを知っているように、自信たっぷりに断言ばかりをしています。おかしいとは思いませんか?」

「おかしいとは、どういうことですの?」


 真っ当なことを言っているはずのフルーツに、フィアとつぼみは疑惑の目を向ける。


 何を言っているのか、わからないような雰囲気だ。


「協力者と言う話ですが、事情に通じすぎていますよ。それに、強すぎます」


 話しながらも三人は、先の見えない螺旋の塔を登っていった。


 誰も気付いていないようだが、奴らは少しづつ小さくなっていく。


「フルーツはトワに見覚えもありませんし、名前を聞いたこともありません。それなのに二人は、まるで友人のように仲がいいです」


 当然と言えば、当然の疑問。出会ったときから、フルーツはずっと傍にいたからな。


 一つだけ訂正があるとしたら、別にトワとは仲良くない。


「確かに、色々とおかしな部分があるのは認めますわ。でも、あれだけの魔力量なら出来ないことなど、ないでしょう。それに、魔法使いは強さが全て。それだけで信用に値しますわよ」


 トワに出来ないことがないのは認めるが、強いからって信用には値しないと思うが。


「つぼみの言葉は極論に過ぎるでありますが、トワは信用できると思うでありますよ。なんというか、昔からの知り合いのような、強い安心感を感じるであります」


 つぼみと違い、フィアは楽観的なことを言わない。それでもトワが信用できると、本能で感じているらしいが。


 やはり繋がっている事実は、とても大きいのかもしれない。繋がっていないぼくには、わからない感覚だが……。


「実は、少しだけ心当たりが……」


 フルーツが核心に迫る言葉を発そうとするとき、何かに気づいたようにハッとした表情を浮かべた。


「貴女たち、小さくなっていませんか?」


 ようやく気付いたか。会話に夢中になると、歩きづらさにも気づけないのか。


 何て鈍い奴らだ、敵がいたらあっという間に殺されるぞ。


「なんですの、これは!? 全然気づきませんでしたわよ」

「そうでありますな、数年ほどは若返っているでありますよ!?」

「フルーツは作られてから一年未満なので、数か月ぐらいですね」


 実年齢ではなく、肉体年齢で若返っているらしいな。それなら、平等な話だ。


「どうします、どうしますの? このまま先に進んだら!?」

「……赤子にまで、戻ってしまうかもしれないであります」


 動揺する二人に、フルーツは冷静な言葉を発する。


「先に進みましょう。どうやら立ち止まっていても、若返りは止まりません。歩けなくなる前に、ゴールにたどり着くしかありませんよ」


 妥当な結論だな。


「わかりましたわ、急ぎますわよ!」

「戻るほうが、不可能でありますな。本気で走るであります!」


 三人とも、全身に魔力を滾らせて、最高速で階段を登っていく。


 ぼくでは絶対に出せない速度で進んでいくが、終わりなど全く見えない。


「これは、駄目ですね。ループしているか、ゴールが遥か先なのか」

「どうしますの、もう半分ほどの大きさになってますわよ!」

「……もう、先生に頼るしかないでありますよ。諦めるしか」


 どうしようもない現実に、三人は絶望しているのだろう。


 消滅は間近だ。もうすぐ三人は、服だけ残して消えるのだろう。


「もう、フルーツだけですね」


 ホムンクルスは抵抗力が強いのか。二人が消えてしまっても、ギリギリでまだ生き残っている。


「お兄ちゃん、無理をしないで。出来る事なら、逃げてくだ……」


 遺言の途中で、その姿は消えた。三人仲良く、赤子より前に戻って。



 ★



 そこまで見せられて、ぼくの意識は戻った。見覚えのある、車の中だ。


「面白かったでしょう。あれが本当のダンジョンの姿だったんだよ。むげんじゃなかったら、あれぐらい絶望的な状況だったんだね」

「ふーん」


 確かにその通りだ。ぼくは若返ることもなく、ゴールは近かった。風景を楽しむ余裕があるほどに、楽なダンジョンだと思っていた。


 でも実際は違ったのだ。ただそこにいるだけで若返っていくからだ、急いで走っても終わりがなく、希望の欠片も見えやしない。


「ついでに言うとね。身体が小さくなっていくことに気づいていなかったことも、鈍かったからじゃないよ。認識が阻害されていたんだね」

「阻害ねえ」

「あはっ。あのホムンクルスが気づけたのは、凄いことだったんだよ。かなり優秀な、お人形さんだったんだね」


 キリの最高傑作は、伊達じゃないんだなあ。


 ぼくたち二人を置いて、先に進んでいった奴らの末路はこんなものだった。


 単独行動をして、生き残れるほどの実力がなかったのだろう。トワの本当の価値に、気づけなかったことが敗因か。


 まあ生き残ったわけだし、結果オーライだ。一番興味深かったのは、フルーツから、トワへの感情だったな。

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