過激な妹

 


「それにしても、情けない。ワタクシの兄上が、こんなに情けない男だったなんて!」


 こちらこそ情けない。ぼくの妹が、こんな暴言を吐く子供だったなんて。


 助けられたとはいえ、まだ二回しか顔を会わせてない他人に何を言ってんだ?


「妹に救われて、屈辱だと思わないのですか! 神崎の男性は、恥知らずしかおりませんわ」


 誰に救われたって、その価値は変わらない。


 一定の感謝は、確かに持っているつもりだ。


 それでも少しは協力したはずだが、その辺りはつぼみの記憶から消えているみたい。


 ぼくが壊れた騎士を引きつけなければ、この妹は止めを刺されていたはずだから。


「神埼の男って、ぼく以外も?」


「そうですわよ。長男も次男も、父上だって軟弱者ですわ。だから兄上には期待していたのに」


 ちなみに、ぼくは三男だ。


 五人兄弟らしいが、誰一人として会ったことはない。


 顔も知らないし、名前も知らない。


 だから、初めて妹に出会ったのだった。


「ぼくは知らないんだけどさ、あの人たちは軟弱者なのか?」


「魔力が低いのです。一般人とそう変わらないほどに。それでも自らを鍛えるほどの気概があれば、ワタクシもここまで失望をしておりません」


 弱い人間が強くなろうとしないから、腹が立つ。


 強い人間に、当然のように助けられているから、腹が立つ。


 言いたいことは、理解できるが。


「神埼の家は弱者の代表で、少ない魔力で生きる手助けをしている。聞き飽きましたわ、負け犬の遠吠えなのです」


 それでも、弱者がなくなりはしない。


 強者が消えないように。


「彼らのことはもういいのです。でも兄上は、魔力が高すぎて神崎の家から追放されたのでしょう? どれだけ立派で、強靭なお人なのかと楽しみにしておりましたのに……」


 情けなくも、妹に助けられていたと。


 なんだ、くだらない理想に裏切られただけか。


「そんなことを言われても困る。ぼくはぼくなりに、胸を張って生きているんだ」


 どんな行動をとっても、どんな生活をしていても恥じることはない。


 神埼無限とは、こういう形の生き物だから。


「そもそも、魔力はどうしたのですか! ほんの少しも感じませんわよ」


「知らん」


 体の内側の、どこかにはあるのだろう。


 無限の魔力とかいうやつが。


「本当に情けない。怠けた生活をしていたせいで、枯渇したのですわ」


 ぼくに指先を向けながら、つぼみが大きな声で断言をする。


 決めつけられてしまったが、そんな感じの方向性で行こう。


「こんな人がワタクシの兄上だなんて、本当に悲しいですわあ。……本当は血が繋がっていないのでは?」


 頭を押さえながら蹲るつぼみ。無礼な発言だが、それは自分の首を絞めることになるだろう。


 ぼくは母親のお腹から出た瞬間、父親たちに殺されかけている。


 学院長の力で生かされているが、その時点からずっと監視されているはずだ。


 つまり、ぼくほど身元がしっかりした人間は、存在しないのである。


 血が繋がっていないとしたら、つぼみの方だ。


「好きに嘆くといいよ、現実は変わらないから」


 なにせこの妹は、父親にそっくりだ。


 顔ではない、性格が。


 傲慢な態度、身勝手な期待、才能の欠落。


 瓜二つとまではいかないが、よく似ているのは間違いないな。


「じゃあ、もう行くから」


 長く付き合う気はない。妹だから、何だと言うのか。


 所詮はすれ違っただけの他人であり、一期一会の中に消えていく存在だ。


 二度と会うことはないと思うが、どうかお元気でさようなら。


 未練の欠片もなく背中を向けると、嫌な気配と大声が響いた。


「待ちなさい!」


 勢いよく立ち上がり、ぼくの鼻先にまでつぼみが近づいてくる。


「あなたの根性を、叩き直してあげますわ!」


 なにか戯言が聞こえてきた。


「一応言っておくが、ぼくの根性は叩き直しても、歪みもしないぞ」


「黙りなさい。あなたのような無礼者は、初めて見ましたわ!」


 それはこちらのセリフだと言いたい。


 ぼくの周りには無礼者が多いので、初めて見たわけではないが。


「ワタクシと勝負しなさい。そして、負けたら弟子入りするのです!」


 嫌な言葉を聞いた。同時に、黙っていたルシルの顔もひきつった。


「ちょっと待ってください、この子は私の弟子ですよ!」


 黙っていられなくなったルシルが、ぼくを背中に庇い前に出る。


「貴女が? どこの誰だか知りませんが、それなら反省しなさい!」


「反省? 私が?」


「貴女が甘やかしたから、兄上は堕落したのです。弟子を育てる資格がないと思いますわ」


「なんですって!!」


 暴力を使わない大喧嘩が始まった。


 当事者であるぼくを置いて、ルシルとつぼみの師匠談義だ。


 この隙に寮に戻り、引っ越しの準備をしよう。


 そして、こいつらとは二度と会わないで済むように。真摯に祈ろうと決めたのだった。

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