蒼き星は憶えている
「騒がしいですね」
ルシルと長老の口喧嘩が長引くと、しびれを切らしたフルーツが二人を殴り飛ばした。
「ちゃんとお兄ちゃんの話を聞いてください。あなたたちの喧嘩には、全く興味がないんです」
「……おお」
初対面の偉い人と、自分の主を殴り飛ばすフルーツ。不意打ちとはいえ、遥か格上を相手にこれは快挙だろう。
人形とはいえ凄い度胸で、少しだけ評価を上げる。
ぼくはフルーツの頭を優しく撫でると、中断していた話を再開した。
「もう帰っていいか?」
「待つのじゃ、ちゃんと用がある!」
ぼくの言葉に本気を感じたのだろう。長老は慌てながら姿勢を正した。
「お主は『時の止まった終わり』を知っておるか?」
「はあ?」
何を言ってんだこいつは、全くわからない。
頭をさすりながら、立ち上がるルシルに視線を向けると、呆れながら首を横に振る。
「蒼き星からの情報なんじゃが。近い過去に、そんな異常事態があったんじゃよ」
「それが『時の止まった終わり』だと?」
言葉から想像できることが多すぎて、具体的な情報が一切分からない。
「情報をわしなりに総合すると。この星、あるいは宇宙そのものが、止まってしまった時期があったらしい」
うん。
「そして、本当の意味で世界の終わりが訪れたらしいのじゃ。全てが眠るように活動を止め、空にある星々が地球に堕ちていたらしい」
……うん、どこかで見たことがあるような光景だな。
「そんなこと、あったっけ?」
「もちろん、ない。世界の全てを観測しても、過去や未来を観測しても、そんな景色はどこにもない。この世には存在しない終わりじゃよ」
それはそうだ、あの世界はセカイが直したはずだから。
「そうとは限らないでしょう。実際に世界がそのように終わってしまい、流れ星の介入で全てを戻されたのでは?」
ルシルの反論は、筋が通っている。
長老の言葉が事実として有り得るとしたら、それしかないと思う。
「それはない。蒼き星は生まれてから、一度たりとも滅びたことはないのじゃよ。ほんの一欠けらでも残っていれば、星の意識が途絶えることもないからのう」
人間は簡単に死ぬが、星は簡単に滅びない。
例えば星を破壊しようとしても、一欠けらぐらいは残るだろう。
そして一欠けらが残れば、滅びることがないのなら。蒼き星は全て憶えていると判断してもいいだろう。
宙に浮かぶ星々が堕ちてきても、全てが消滅はしないだろうから。
「それなら決まりだ、そんな事実はどこにもない。全てを憶えている蒼き星が知らないのなら、それ以外の答えはないだろう?」
「それは違うでしょう。蒼き星はあると言っている、でも長老は見つからないと言っている。話をまとめると、そうなりますよ」
確かにその通りだが、それ以上の答えはあるのだろうか。
いや、真実としてはあるんけど。
「蒼き星は語っておる。『時の止まった終わり』の中で、小僧だけが活動していたと。だから質問をしておるのじゃ」
おっと、思ったより分かっているようだ。
こうなるとどこまで答えていいのか、わからなくなってきた。
「よくわからないが、長老は何を知りたいんだ? 『時の止まった終わり』とやらが、本当にあったらなんだよ」
「世界の終わりがあったとして、わしらには知ることも出来ないのじゃ。真っ先に対策を考えないでどうする。気づかないうちに死ぬことを、受け入れることは出来んじゃろうよ」
その理屈は正しい。誰だって納得して死にたいだろう。
だが誠意ある返答は許されない。おそらくだが、真実を知ったらセカイを敵だと考えると思う。
星のためになら人を滅ぼす考えを持つ長老は、気まぐれで全てを滅ぼせるセカイを、一番の仇敵に認定するだろう。
自らと青き星のために、危険な存在を全て滅ぼす。その考えを良しとするだろう。
「星は全てを教えてくれないのか?」
「わしらの実力不足じゃな、断片的にしか教えてくれぬよ。わかったことは、いま話したことだけじゃ。だから小僧が頼りだったんじゃよ」
よし、全て有耶無耶にしよう。
星の言葉は勘違い、ぼくは何も知らない。これでいこう。
「ルシルは何か知らないのか? 星魔法を使うだろう」
唯一の懸念点を埋めておこう。こいつは、もっと情報を持っているかもしれない。
「わかりませんね。私は更に未熟なので、そんな言葉すら知りませんでした」
よし、これなら誤魔化せる。
それにしても、この星は優秀なようだ。
ぼくだけしか憶えていないと思っていたあの世界に、気づいていたとは。
だったら、何らかの助け舟を出してほしかったが。
「……はあ」
やっぱり、セカイの存在を公には出来ないな。
長老がセカイを敵視することは構わない、ケンカを売って負けることも問題ないだろう。
だが万が一、セカイを本気で怒らせた場合。
ぼくが全ての楽しみを満喫する前に、この世界が滅びてしまうかもしれない。
出来る事なら少しでも滅びは先延ばしにしたい。ぼくがもう飽きてしまい、滅んでもいいよと考えるまでは。
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