フルーツの成長と、ルシルの恐怖
「くそっ! 来い、アダマー!」
本当に殺されると思ったのか、剣を突き付けられて脂汗を流していたドリアが、何かの名前のようなものを叫んだ。
すると、ドリアの後方にいた一人の生徒の体が急激に膨れ上がる。
この学院の全ての教室は、不思議なことに天井が五メートル以上あるのだが、天井にまで届きそうな大きさになった。
姿も、元々は普通の人間と変わらなかったのに、今では土で出来た頑丈そうな体になっている。
これはおそらく、ゴーレムと言う奴だな。
「その作品を調べたい、動けなくなるまで痛めつけてやれ。人間に逆らった罰だ!」
「醜いな」
成程、これをキリは嫌悪していたのか。
同じ錬金術師でありながら、ここまで考えが違うとは。
人間と言うものへの特権意識や、ホムンクルスの兵器化。
一番許しがたいのは、このアダマーというホムンクルスには意思があり、ドリアの命令を嫌がっているように見える部分だ。
「ワルイガ、コワレテモラウ」
どんな理由があるのか知らないが、本当に兵器として扱いたいなら感情を植え付けなければいいのに。
同じホムンクルスに牙を向くのが嫌なのか、それでも命令に逆らえない自分に葛藤しているようにすら見える。
「フルーツはホムンクルスではないですが、貴方は心優しい作品のようですね。敬意を表して壊さないでおきましょう」
アダマーの巨岩のような、腕を振り下ろした一撃。
それは軽々とフルーツは避けた。
「こんなに堂々と戦うのか?」
「これは決闘だよ、この学院では当たり前だろう?」
周りの生徒は一定の距離を離して見守っているし、特に文句はないようだ。
でも、決闘とはいえ少しぐらいはルールがあったような?
「成長したな……」
フルーツの戦いを見た主席くんの呟き。
ぼくもまったくの同感で、今までのフルーツとは戦い方が違いすぎる。
敵の猛攻を軽やかに避ける姿は、もはや魔法使いではなく剣士や騎士のようにみえた。
今までとは違い、その成長した体がよっぽど自由に動くようで、余裕がある戦いと言うより余裕しかない戦いだ。
これは体だけではなく、心も影響していそうだ。
ぼくがマスターになったことで、何かが軽くなったように感じる。
だが、戦いもそろそろ大詰めなようで……。
「コレデ、オワリダ」
嫌がりつつも、あくまでも命令に逆らう気はないようで。
アダマーは大技でも繰り出すらしい。
口に当たる部分に強い光が集まる。これはおそらく、レーザーのようなものを撃ち出すようだ。
「それでは、これで終わりにしましょう。心配しないでください、ただ糸が切れるだけですから」
フルーツは、アダマーに淡く笑いかける。
ぼくやルシル以外に、こんなにも優しさを見せる姿は初めて見た。
今まで使っていた剣を消すと、大ハサミのような剣を取り出す。
柄の部分は普通の剣と同じで、それなのに細い刀身が二又に伸びている。
「ようやく覚えた技なんです。よく見ていてくださいね」
そう、フルーツはぼくに語った。
大ハサミの刀身は、ゆらゆらと揺れているので固定されていない。こんなものをどうやって使うのかと思ったが……。
「よし!」
頭上に大きく振りかぶると、地面に向かって叩き下ろす。
その動作により、普通のハサミのように二つの刀身がしっかりと合わさる。
だが、何かを切ったようには見えないが。
「なに?」
確かに何かを切ったようで、アダマーの体が完全に停止する。
眼の光も、レーザーの強い光もプツリと消えてしまった。
「バカな……、魔力線を断ち切っただと!」
主席くんの大きな叫び。どうやらフルーツは余程のことをしたらしい。
動きを止めたアダマーを置いて、フルーツはドリアに剣を向ける。
「ここまでしたんです。命は惜しくないですよね?」
完全に殺す気のフルーツと怯え切ったドリア。
「や、やめろ! やめろよ、お前はホムンクルスだろう、兵器如きが人間に逆らうな!」
「残念ですが、フルーツは人間です。なにしろ創造主が優秀なので、人間だって殺せるんですよ」
★
「そこまでです!」
その時、教室の扉が開いた。
現れたのは、氷の表情を浮かべたルシルだ。遅れてシホも現れる。
「これはなんの騒ぎですか?」
教室中の生徒が恐怖の表情を浮かべて、怯えている。
ぼくからすればそんな必要はない、ルシルは話が分からない人間ではないと思うのだが、問題はそこではないらしい。
ルシルがいいとか悪いとか、優しいとか冷たいという問題ではないみたいだ。
ただただ、圧倒的強者への怯え。少しでも逆らえば殺されるという本能的委縮を感じているらしい。
そして、今気づいたのだがフルーツですら例外ではないらしい。
その恐怖心は、周りから隠せる程度らしいが……。
「……」
残念なことだが、これではルシルの本当の性格を教えられても意味がないのかもしれない。
今まで、ぼくは気づかなかった。
普通の魔法使いからすると、ルシルはこんなにも恐れを感じる存在だったなんて。
特に、氷の表情を浮かべてルシルには、恐怖を感じないではいられないのだろう。今思えば、学院長も周りに対して同じように思われているのだと思う。
だが、それなら何故ぼくはルシルが怖くないのだろうか?
魔法も使えない、ただの一般人なのに。
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