天使と悪魔

 


「それなら、天使もいるのか?」


 ぼくの質問に、リフィールはとても嫌そうな顔をする。


「いる、とはどういう意味なのかな? あの翼ある偽善共ならこの世界に来ているだろうぜ。それとも、この俺のように、最上位の奴らが降りて来ているのかと聞きてえのか?」


 その疑問も大事だろうが、さっきからリフィールの口調が乱れていることのほうが、より気にかかった。


「……ああ、ああ失礼。俺はまだこの体の使い方に慣れていなくてね。というよりも、リフィールと魂が混じってしまったみたいなんだ」


 本来の体の持ち主である、リフィールと言う人間と取り付いた悪魔の魂が混じってしまい、言動や諸々が安定しないのだと言う。


「本来は俺が表に出てくる気なんてなかったんだ、この人間が生涯を終えて、俺がこの体から出るまで眠りについているつもりだったからな」


 それが、体の内側で眠っていた悪魔が、不思議な魔力のせいで強制的に外側に召喚されてしまい、リフィールと悪魔の心が融合してしまった、らしい。


 つまり、外に出ていたリフィールと内にいた悪魔がその人格を交代するようなものではなく、両方ともが外側に出てしまい、二つが混じることになった。


 当然と言えば当然だ、一つの体に許されるのは一つの中身だけ。交代制ならともかく、同時に二つは存在できない。


 その結果が、このちぐはぐな性格なのだった。


「お前は悪魔のくせに、人間一人も支配できないのか?」


 リフィールと言う人間は、そんなに凄い人物だったのだろうか。


「専門が違うのだよ、俺の本質はあくまでも魂食いなのでね。……それに、俺はリフィールを消す気なんてないんだ」


 なんでもこの悪魔は人間世界に興味などなく、可能ならばまた体の内側で眠りにつきたいと考えているらしい。


 それが何故かと言うと……。


「俺はもうこの世界には飽きたんだ。余程のことがなければ干渉する気などない」


 長すぎる生というものは、心を腐らせる。


 ぼくには理解できない考え方だが、どうやらこの悪魔はその例に当てはまっているらしい。


 不思議な話だ、この悪魔はどう見ても好戦的な類であり、人を殺すのを好みそうな剣呑な雰囲気を持っている。


 それなのに、世界に興味がないだと? 明らかにぼくを騙しているのではないだろうか?


「……ふーん」


 だが、まあいいだろう。興味があるのは確かだが、面倒だし放っておく。


 このヘタレ悪魔とは違って、ぼくは世界に興味がある。


 きっと他にも素晴らしいものが満ちているはずなので、一々この悪魔に拘る必要など全くない。


 そう、新しいものを探せばいいのだから。


「おっと、そういえば質問の途中だった。とりあえず、天使の話から聞きたいな?」


「天使か? あれは我々悪魔とは、方向性が違うだけの存在なのだよ」


 ちぐはぐな話し方が鬱陶しいが、語る話は面白い。


 なんでも天使や悪魔には肉体がなく、魔力の塊の存在と呼べるらしい。


 もっと言えば、魔力の塊が善の意志を持てば天使になり、悪の意志を持てば悪魔になる。


 そして、それらが生まれるのは突破的な自然発生のみらしく、親も子もない。種族だと呼ばれたくないと言う理由にも納得がいく。


 所詮は似たような存在であると言うだけで、同族意識など持つほうがおかしいとぼくも思った。


「へえ、つまりお前たちは神が作った?」


 とでも呼べばいいのだろうか?


「そんなわけがない。天使も悪魔も自然、世界が生んだものだよ。神との繋がりなんて全くない、お前が言っているのは神話などの天使が神の使いだという話か?」


「多分」


「それならば、諸説あるな。結局のところ天使は善のものだから、世界を守護する神と協力したこともあった。天使たちも上位存在である神のことを崇めている奴もいたぜ」


 だが、所詮神の中にも善悪はあったし、天使の中にも善悪があった。


 端的に言ってしまえば、そういうイメージに過ぎないらしい。


 善と悪は表裏一体だし、天使と悪魔が仲が悪いわけでもないらしい。


「もっとも、俺たちだって力を重視するから争いが絶えないってのは嘘じゃない。だが、別に天使を敵視しているわけではない」


 言ってしまえば、強い奴らの全てを敵視している。


「まあ、楽しそうで何よりだ。ところで……」


「ああ、最上位の天使たちも俺と同じようにこの世界に召喚されている」


 その数は、悪魔と同じく四体。


「目的は?」


「天使も悪魔も、目的なんてない。なにしろ強制的に呼び出されているからな。暴れるんじゃないか?」


 力を求めて。


「だがまあ、安心しろよ。今の時代は最悪なのですから、天使も悪魔も本気になった人間には勝てません」


 また口調が変わった。


「天使や悪魔でも?」


「ああ、本当に強い人間には神ですら勝てないからな。まあ、大半の人間は弱いからどれだけの被害が出るかわからないし、強い人間が世界や同じ人間を守る保証までは出来ないが」


 当然だろうな、人間だからって人間を守る義務なんてない。


 あるというのなら、それは言いがかりだし、守るとしたってそれは自らの利益のために他ならない。


 どれだけの言い訳や奇麗ごとを口にしたとしても、全ての生物は自分が良ければそれでいいのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る