ルシルのお願い

 


「答えろよ、魔法が使えないお前がなんでここにいるんだ?」


「そっちが答えろ。なんでここにいる? そしてなぜ魔法を知っているんだ?」


 ぼくがこいつらといた時期に、魔法の話なんて一切なかった。


 というよりこの学院に来る前に、両親から話を聞かされるまで、ぼくは魔法の話なんて一切知らなかったのだ。


 親戚だから魔法を知っていると言っても、それなら何故ぼくになんの話もしなかったのだろう。


 場合によっては、こいつらは味方じゃないだろう。


「ああ、そういえばそうだったな。……いや、違う! そんなことは後だ」


 割と大事な話だと思うのに、鬼一は話を切ってしまう。


「いいか、聞け無限! この学院には姉ちゃんがいるんだ」


 ……それは、場合によっては有り得ると思っていた。


「おれはお前の味方のつもりだが、……おそらく少しの時間しか、お前のことを守ってやれないだろう。お前と姉ちゃんは絶対に出会う。つかの間の自由を味わいながら覚悟しとけよ」


「……ああ。何日も持つかな?」


「本当に鋭い人だからな。全くわからない」


「わかった、感謝するよ鬼一」


「いらないさ。お前の気持ちはよくわかるからな」


 じゃあな、とぼくらは別れる。


 ぼくは嫌な気分を抱えながら、全速力でルシルの家に戻った。



 ☆


 幸運なことにその日は平穏に終わり、次の日を迎えた。


 鬼一の能力を考慮すると、今日が唯一の猶予だとすらいえよう。


 さて、とりあえず確定された平穏な休日を、どう過ごすべきだろうか。


 いつものようにルシルに起こされて、作られた朝食を食べながらそんなことを考える。


「もう我慢なりません、ムゲンくん今日は買い物に行きますよ!」


 だが、ぼくの平穏は予想とは違う形で破られてしまうらしい。


「急にどうした?」


「どうした? ではありません! ムゲンくんはフルーツが我が家に来てから、どれだけのお洋服を着ているところを見たことがありますか?」


「知るか」


 一々覚えているわけもない。


 正直顔すら完全には覚えていないのだ。


 一日顔を合わせなければ、忘れている自信すらあるぐらいなのだから。


「仕事が忙しくて、あまり構ってあげられなかった私が悪いのですが、フルーツはお洋服を全く持っていません! 姉として、そして兄としてこれではいけないと思いませんか?」


 そんなことより、時間がないというのならぼくの世話をやめて、フルーツの世話をしてほしいのだが。


 聞く耳を持たないんだろうなあ。


「そういうわけで、今日は街に買い物に行きますよ!」


「お前はどう思っているんだ?」


 ぼくは人形に水を向ける。


「そうですね、フルーツとしては自分の魔法で服を出すことが出来るので、問題はないのですが……」


「貴方の魔法を使ってしまうと、重大な欠点が残ってしまうでしょう?」


 ルシルが反論すると、フルーツは押し黙ってしまう。


「欠点って?」


「フルーツの創造魔法は、一度何かを作ると壊したり、自分に戻さなければ永遠に現実に残るのです」


 それは凄い。


「ですが、何かを残しておくと、削った魔力は永遠に戻りません。睡眠を取ろうが魔力が回復する道具を使おうがです」


 つまり、元々最大で百あった魔力量でも一の魔力を使う道具を作ると、ずっと最大で九十九になってしまうということか。


「む、フルーツの魔力量は一流魔法使いを遥かに凌駕しています。たかが服を作ったって問題は……」


「その考えが命取りなのです。あなたの創造魔法は全てを作れますが、効率が悪すぎます。ただの服でも作るのにかなりの魔力を消費しますし、そのまま戦闘にでもなればハンデを背負うことになります。それは貴方の保護者として認められません」


 珍しく強弁をするルシル。


 どう考えても、フルーツの服を買いたいがための方便である。


 本当に人の世話をするのが大好きなようだ。


「……そうですね、確かに一理あります。マスターが付いてきてくれるのならフルーツは構いません」


「あの、ずっと思っていたのですが、随分とムゲンくんに懐いてませんか? ムゲンくんともフルーツとも、私の方が先に出会っているんですけど?」


「親密さは時間で測るものではありませんよ。単純にフルーツの方がマスターに好かれていると言うだけですよ」


 人形が何か言っているぞ?


「あの、ムゲンくんが凄い冷たい眼を向けているんですけど? フルーツを好きだなんて全く思えないのですが?」


「……人間関係とは一方的な都合で始まるものです。時間の問題ですよ」


「そうは思えませんが……」


 ルシルが肩をすくめる。


 こっちは流石に分かっているようだ。ぼくが何の感情も向けていないことに。


「で、そのですね? ムゲンくんは付いてきてくれます? たまには一緒に遊びませんか?」


「わかった」


 これから何が起こるかわからないし、羽を伸ばしたりルシルの頼みを聞いてあげてもいいだろう。


 日常ってものは、意外なほど簡単に終わってしまうものなのだから。


「? やけに素直ですね、どうかしたんですか?」


「やっぱりやめた」


「うそですうそです、拗ねないでくださいよ~」


 全く、たまに頼みを聞いてやるとこれだから。

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