一年生の頂上戦 終

 


 まあ、フルーツは置いておくとして。


「なあ、主席くん強すぎないか?」


 一つの魔法なのに、いろんな属性を載せることが出来て?


 その動きや形も自由自在?


 反則にも程があるだろう。


「そうだよ、だから今まで敵がいなかったんだ。でも弱点もたくさんある。魔法を自由にできる範囲は一小節の呪文だけ、同時に違う魔法を使うことも出来ないから今のシナモンは身体強化すらされていない。なにより、シナモンは五分で燃え尽きる」


「燃え尽きる?」


「見てわからないか? シナモンの足や服で隠された部分は致命的なレベルで燃えている。もう歩けないだろう」


 確かに、自分を強くするための何かだと思っていたが、それにしては新しい反応があるわけでもない。


「あの魔法の本当の名は、蝋燭の灯火。自身の体も、全ての魔力も、一気に燃焼することによって奇跡のような力が出せる」


 灯火ってのは燃え尽きる前に激しく燃えること、だったっけ?


 なんか、言葉から全てを察することが出来そうだ。


「制限時間が終わるまでの間に、魔法を解除しなければ確実に死ぬ。解除しても使った時間分のダメージを受ける諸刃の剣。その代わり常識を遥かに超えた威力や自由な調整が出来る。命というものはそれだけの可能性を秘めているってことさ」


 それは知っている。意味は違うだろうが。


「でも、それなら勝負は決まったな。あと数分しか持たない主席くんと、なんだかんだで渡り合っているフルーツでは話にならないだろう」


「それは違う。戦況は五分五分だよ。フルーツも限界が近いんだ」


「は?」


「蝋燭の灯火は制限時間が近づくほど強くなる魔法だし、今のフルーツには全快時の半分程度の魔力しか残っていない。初めは武器を作れば作るほど魔力が消費する欠陥魔法だと思ったが……」


 が?


「フルーツの場合、一度作った武器をちゃんと消して自分に戻すことによって、魔力も完全に戻る無限に使える魔法のようだ」


 それは凄い。


 いくらでも何かを作れる魔法を、いくらでも使い放題なら完ぺきではないのか。


 それは永久機関と呼ばれるものだ。


「だが、作ったものを壊されてしまうと魔力が霧散して消費されてしまう。まだ二つほどしか武器を破壊されてはいないのに……。一流の魔法使いに匹敵する魔力量の半分が消費されてしまっている」


 それは、確かに欠点だな。未だにフルーツの作るものは、精々が一流の武器に過ぎない。


 それなのに二つほど壊されただけで魔力量が半分になってしまうとは、あまりに燃費が悪すぎる。


 それでは本当に凄い武器なんて、作ることも出来ないのではないだろうか。


「とにかく、二人とも限界が近い。怪我の面でも、魔力量の面でも。終わりは近いと思うよ」


 主席くんはあと数分しか命が持たない。


 だが、フルーツはあと二つほど武器を壊されてしまえば、魔力量がゼロになって死ぬ。


 確かに、五分だった。



 ☆



 二人の距離は十メートル近く離れている。


 この距離では、フルーツが不利だと思えた。


「……次で、終わりですね?」


 火傷や凍傷、あるいは体の一部が石化していたり、血で真っ赤に染まっているフルーツがそう言った。


「ああ、これは訓練だ。本当に死ぬことがない以上、あの男を侮辱した償いに殺されてやってもいいのだが、そんなことは望まないだろう?」


 体の六割程度が黒焦げになり、腹部を禍々しいナイフで刺されてしまった結果、指先すら動かすことが出来なくなっている主席くんがそう語る。


 二人とも、何故死亡扱いにならないのか不思議な程の怪我を負っている。


 ぼくの時は、軽く殴られただけで部屋の外に出されたのに、こいつらはまだ戦うことが許されるのか。


「当然です。あなたはフルーツが実力で殺すのですから。もしわざとフルーツに殺されたら、訓練室の外でも殺しますよ」


「ふん、忘れろ。だが、これが最後の一撃だ。……とても楽しい時間だったぞ」


「……はい」


 二人は満ち足りた顔をしている。


 とても楽しい時間を過ごし、これから死んでしまう人間の顔だ。


 満ち足りていないわけがなかった。これで、終わりなのだから。


 二人とも両目を閉じ、沈黙の時間が数秒流れる。


 極限の集中をしているのか、あるいは楽しかった思い出でも振り返っているのか。


 ぼくにはまだ、満ち足りた人間の気持ちはわからないから。



 ☆



 先手は、やはり主席くんだ。


 かっと目を開き、自分のルールを超えてしまうほどの少し長い呪文を唱える。


「滅びの炎よ、我が目に映る全てを! 万象を滅ぼせ、原初の火よ!」


 その火は、物騒な呪文に反して小さかった。


 主席くんとフルーツの丁度中間地点に、拳程度の紅い小さな火が浮かんでいる。


 だが、その日は加速度的に大きさを増していく。


 一秒ごとに、その大きさを例えるものを変えなければならないほどに。


「この火は止まらない。この訓練室の全てを焼き尽くすまでな」


「なら、フルーツも本気を出します」


 本気という言葉、それがどういう意味を持つのか。


 いつものように、何もない空間に手をかざす。


 そして、何かを持つようにして、一本の剣を抜いた。


「今のフルーツには、あなたの魔法に対抗できる武器は作れません。ですが、それは既存の武器ならです」


 その剣はあまりにも禍々しく、闇そのもの、呪いそのものという印象を受ける。


 まさかとは思うが、こいつの生まれ持った属性は闇なのでは?


 ルシルとフルーツは似ていると思っていたが、実際は真逆なのか?


「この剣は、フルーツの初めてのオリジナル武器です。名を、空腹と言います。マスターが名付けてくれました」


「つまり?」


「この剣が存在するだけで、周囲の全てを飲み込み、切れ味に変換してくれるのですよ。ほらフルーツの周囲が飲み込まれていくでしょう?」


 その言葉は正しいようだ。


 フルーツの周囲にあるもの、その全てが少しづつその剣に飲み込まれていく。


「この剣も、勝敗を急がなければならないものです。放っておくと、街だろうが国だろうが飲み込んでしまいますからね。出来るだけこの世界から早く消さなければなりません。ですが、ここが訓練室でよかった。外とは完全に断絶されていますからね。影響は室内だけで済むでしょう」


 さっきから光に包まれた人間が、何人もこの教室に戻ってきている。


 その中にはグリムもいた。


 主席くんの火と、フルーツの剣がどれだけ周りに影響を及ぼしているのか。


「原初の炎は臨界点に達した、俺の勝ちだ!」


 その言葉と同時に、大きくなっていた原初の火は爆発するように周囲に光を放ち……。


 その光を断ち切るように、フルーツは禍々しい剣を振り切った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る