第二章 第一話

 夜が明けた早朝、屋敷に迎えに来たのは、えんが引き連れた従者数人と、立派な輿こしだった。

 ちよう東雲しののめが用意してくれたそでをまとい、生まれて初めて輿に乗った。

 従者数人が輿をかつぎ、馬に乗った苑紫と東雲がりようどなりを守るように進んだ。

 越しに外をのぞいていると、見慣れた町並みがゆっくりすぎていく。緊張しながらどれぐらい輿にられただろう。昼近くになったころ、輿の揺れがようやく止まった。あわてて外を見ると、前方にきよだいな門がそびえている。立派なよろいを着た武官が門を守るように数人立っていた。

(ここが大内裏なの……?)

 都には住んでいるが、外れの方なので大内裏を見た事すらなかった。東雲の屋敷を初めて見た時は、その大きさに開いた口がふさがらなかった。だがいま目の前にある門と高いへいは、それより何十倍も大きい。この中に入るのかと思うと、恐れ多くてふるえが走った。

(落ちついて。人違いですって言いに来ただけだもの。大内裏なんてこれから一生入る事はできないだろうから楽しむぐらいのゆうを…………いや、やっぱり無理!)

 あたふたしていたが、そんな事はお構いなしに輿は再び動き出して、門をくぐった。

 門の中は、外の町並みとはまるで世界が違うような光景が広がっている。たまじやかれた庭は、ちり一つないように美しかった。その奥にそびえる建物は、黒い屋根としゆいろと黄金の柱がまばゆいほどの光を放っている。庭を歩く人々はみな貴族らしく、立派な身なりをしていた。

 建物はいくつかあるようだが、輿は中央にある一番大きな建物に向かって進んでいく。

 輿が揺れるたびに、身体からだが緊張でこわばっていくのが自分でもわかった。

(場違いだってふんをひしひし感じるわ。どうしよう、帰りたい。でも人違いだって説明してわかってもらわないと……。うん、大丈夫よ。東雲様が一緒だもの)

 輿の右隣にいる、馬に乗った東雲を見つめた。背筋をばし馬に揺られている彼は、しかった。彼の姿を見ると、少しだけきんちようやわらぐ。

 しばらく進んでようやく輿が止まった。

(うっ、いよいよね。しずていに会うなんて考えた事もなかったわ。昨日までは屋敷で食事のたくせんたくそうに明け暮れていたのに、何でこんな事になったんだろう)

 何とか落ちつこうと胸に手を当てると、輿が地面に下ろされて前方の御簾が上がった。

とうちやくしました」

 ひざまずいて声をかけたのは苑紫だ。礼をくしてくれる彼に何だか申し訳ない気持ちになる。

(大事な客をお招きしているような態度だけど、人違いだってわかったら気まずいだろうな)

 まどっていると、苑紫が手を差し出した。

「どうぞ」

「い、いえ! 自分で出られますから!」

 強く断りすぎただろうかといつしゆん思う。親切で言ってくれたのにと、さらに申し訳ない気持ちになった。苑紫は気にした風もなく、さっと立ち上がる。

 輿から出て、白い玉砂利が敷きめられた地面に降り立った。

「ようこそ、こく、大内裏へ」

 どうやら中庭に降ろされたようで、目の前にはひのきのかおりがただよう建物がある。

 朱色と黄金の柱が美しい建物は、庭に面したろうもぴかぴかにみがかれていた。

 苑紫が先に立って歩き始めたので、大人しくそれに続きながら、横を歩く東雲に目をやる。

「東雲様……。すごく場違いな感じがします。できたら帰りたいんですが」

 正直な気持ちだった。もちろんできない事はわかっていたが、言わずにいられなかった。

「ここまで来たら、もう主上に会わずには帰れません。だいじようです。私も同席させてもらえるよう苑紫にたのんでありますから」

 東雲はやさしく微笑ほほえんで、ぽんっと背中を叩いてくれた。まったく見知らぬ場所で、知らない人達に囲まれて不安だったが、東雲の手は勇気をあたえてくれた。

 建物に入って、廊下を奥に進む。通されたのは、小さなたたみの間だ。苑紫が向き直った。

「準備ができるまで、こちらでお待ちください。東雲。一緒にここで待っていてくれ」

 東雲が頷くと、苑紫が従者を連れて部屋を出た。

「……東雲様。主上ってどんな方でしょう」

 ようやく二人だけになったのでこっそり聞くと、東雲がやや首をかしげた。

「実は私も会った事はないんです。数年前に夫君をくされて以来、ほとんど人前に姿を見せられなくなってしまって。最近はご体調が思わしくないという話も聞いた事があります」

「人前に姿を見せなくても、雫花帝としてのお務めは果たせるのですか?」

 ぼくな疑問だった。いままで大内裏とかじよていとか、自分とはまったく違う世界すぎて、あまり気にした事はなかった。毎日食べて生きていく、それが精いっぱいだったのだ。

「雫花帝には、りゆうじん様が選んだゆうしゆうな男子が集められた後宮がありますから。前にも夫君に選ばれなかった男子達が、それぞれかんや武官としてまつりごとを行う手助けをすると話したでしょう。雫花帝の主な仕事は、彼らが進言する内容をぎんし、竜神様のごせんたくを聞く事だそうです」

(そういえば、前に不知火しらぬいさん達がこそこそ話しているのを聞いた事があるわ。いまの雫花帝は政には積極的じゃないって。竜神様のご宣託を聞くだけのおかざりの女帝だって)

 不知火は、男の子しか産まなかった雫花帝にがっかりしていると続けた。

 いくらひそひそ話でもあまりに不敬だったので、よく覚えている。不知火達の話を思い出していると、東雲がこちらを見つめているのに気づいた。首を傾げると東雲が口を開く。

「苑紫達がしきに来たのは、竜神様が緋蝶は皇女だと主上に宣託を下されたからです。その宣託が間違っているとは思えません。まずは主上と話をして、事情をくわしくたずねてください」

 心配そうな東雲に頷くと、戸が開く音がした。顔を向けると、苑紫が廊下に座っている。

「おまたせしました。こちらにどうぞ」

 いよいよ女帝と対面だと、緋蝶は自分に気合いを入れた。

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