弐拾漆 王

 ……やがて、雄国山には人影が帰ってきた。山林から現れた偉容。

 それは――。


「ハイエナの方が、早かった!」


 観客がざわめく。昂だったからだ。手にしっかりと、目的のものを持っている。

 究極ウドを。

 そいつの眩いばかりの輝きに、誰もが見惚れるばかりだった。もっとも、山爺と香奈美は警戒も綯い交ぜとなった表情を浮かべていた。

 二人の敵対者を確認したときにはまだ余裕そうだった昂だが、周囲を見回して顔付きを厳しくする。

「山嵐が、いない!」

 とっさに口にし、足を止める。


「腐っても準五か」山爺は呟いた。「陸徒の動向に脅威を抱いておるな」


「あの構え!」

 観客から声が飛ぶ。

「バタフライ効果さえも手玉にとり、蝶の羽ばたきが雨を降らせるまでの粒子の動きさえ突き止めるという、ハイエナの――」


「採取スキル! 〝追跡術トラッキング〟!!」

 昂が地面に這い蹲り、観察を始めた。そこから波動の波紋が拡大し、野山を隅々まで駆け巡る!


 ブワァ――――ッ!!


 誰もが息を呑むなか、彼女は分析した。周囲の地形と、少年の走行した形跡。スタート時点の追憶を――。

(足跡は勝負開始時点で走った状態のまま、コゴミを一本採っただけ。森に入るには足場の悪い藪を直進し、比較的近くにある獣道への迂回さえしていない。あのときは、風向きも陸徒に向かい風だった)

 さらに、自分が究極ウドを採りに行くまでに遭遇した動物を想起する。

(陸徒が去った方向から飛び立った鳥、移動してきたニホンザル。文明がほぼなくなったとはいえ、それだけに人工の農産物はより貴重になった。それらを荒らす野生動物との対立は強くなり、家畜の飼育が難しくなったことで直接人間が狩ることも増えた。だから、現在でも充分に連中は人を怖がっている。これらから、奴の走行速度を考慮すると……)


 カッと、昂は眦を決した。


(見えた! 山嵐は別のルートを模索する猶予さえ捨て、真っ直ぐ山菜の元を目指した。ここで吟味し尽くし取得した弥十郎をも下したコゴミと同等かそれ以上のものを、どちらが上か比較するのが目当て。つまり――)

 裂けるような笑みが、口元を支配する。

(時間制限ぎりぎりまで走破し、やっと往復できるような直線上の距離にあるもう一つの山菜。足場と速度から割り出せば、選べそうなものはあれしかない!)


 山爺が、昂の態度に眉を潜める。


「……残念だったわねえ」

 そこに向けて、ハイエナは勝ち誇った。

「この山もあたいの土地。万が一の事態も考慮して、究極ウド以外も戸木沢たちにある程度調査させてる。その距離の山菜なら報告を受けて目星がついてるよ。手の内は暴いたさ。あとの障害は、究極のそいつを探し出す奴の実力だけ!」

 勢いよく、彼女は対戦者の仲間たちを指差した。

「究極の〝アイコ〟をね!!」

 発せられた大声に、老人と少女がびくりとした。追い討ちのように、昂は追求する。

「ミヤマイラクサは〝山菜の王キング・オブ・サンサーイ〟とも称されるほどのもの、それがあそこには群生している。ど素人だった奴が、コゴミに続いて二日前の戦いで初めて詳しく学んだ山菜でもある。僅かな期間でも、コゴミに次いで最も山菜として観察してきたということ」


 居合わせた人々が驚嘆した。

 二日前、陸徒がミヤマイラクサを初採取したのは香奈美戦のごく初期。そんな段階から昂はすでに監視していたか、以後にそうした情報を観戦者などの会話から入手したということだ。なのに、誰も身に覚えがなかったのである。

 まさしく、トラッキングの脅威だった。


「同じ準後を破ったコゴミと、三裁人の一番弟子を破ったアイコ。二つの自信作のうち、優れた方を選出しようという魂胆ね。――させないよ!」

 そこまで推理して、昂は走って調理台に向かった。

 すぐさま油と鍋を取る。それから、究極ウドを備え付けの水道の蛇口からの流れで洗いだした。


「油? なんだ、作り慣れてる塩漬けじゃねぇのか」

 観客が反応する。

「まずいぞ、山嵐は手の内を読まれたみてえだ。ハイエナも手法を変えたらしい!」

 環視が香奈美と山爺に集中した。けれども的となった二人は、硬い顔付きを崩さなかった。


「亀姫、手伝いを頼むわ」

 一方、昂はデイダラボッ娘に依頼した。

 採りたての山菜での料理には、天日干しなど完成に手間が掛かりすぎるものがある。ゆえにゲームではリアルタイムの観戦を楽しむボッ娘が手を貸し、対戦者が調理法を用意して願いさえすれば局所的に時を早めてもらえたりもするのだ。

 それがまさに始まろうというとき――。

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