弐拾陸 究極独活
その頃。陸徒は走っていた。
もはや意味を失った地孫光臨以前の『山菜採り入山禁止』の風化した看板横を掠める。
転んで土が膝についた。川を渡って足が濡れた。靴は山爺宅から借りた防水のものだが、それでもちょっと水が入った。走りにくい。
掻き分けた葉で手を切る。踏みつけ、折れた小枝が弾けて頬を叩く。退けた反動でしなった弦が、鞭のように背中を襲った。
視界の端に毛むくじゃらの動物のようなものが横切る。――熊かもしれない。
いちおう熊よけの鈴は今回も腰に装着しているが、構ってはいられない。追いかけられて追いつかれたら終わりだろうが、山菜ゲームに負けても同じようなものだ。
だから走行はやめない。やめるわけにはいかなかった。
メロスのようにただ走る。そこを目指して!
――やがてたどり着く。
呼吸を整えるまもなく、準備を開始する。ここからが厄介なのだ。
スピードだけでなくラッキーも。運も重要な要素になってくるのだから――。
同時刻、昂は断崖に挟まれた渓谷の下に来ていた。
そばの森。叢がった植物の海を泳いで、そこに隠してある物体に接近する。
クレーンに二本の脚を生やしたようなロボットが屈んでいるのだ。鶴ヶ城で整備していた、あの機体だった。
そいつの脇に付いている梯子を登り、昂はコックピットに座った。
「立ち上がれ」
ハンドル横の穴に、制服のポケットから出した鍵を挿入して命じる。
「山菜採取用二足歩行型重機アシナガ!」
かつて福島県に君臨し、弘法大師に退治されたという妖怪〝手長足長〟の名を授与された機神。
指令に応えるように、アシナガは起動した。
鈍重な駆動音で起立。金属を軋ませながら、昂のレバー操作に従ってそいつは森を出る。
ゆっくりと歩行し、水流に到った。
十数メートルの崖に挟まれた深い流れ。一歩踏みだすたびに、三メートルほどの脚が三分の一は沈む。
どうにかバランスを保ち、片方の崖の死角を目指す。そこに到達しきる前に離れた位置で停止し、姿勢を上に向かせた。
「テナガアーム作動、トランスフォーム!」
威勢のいい掛け声とは裏腹に、アシナガは頭上のジブをゆったりと伸ばす。
運転席の昂は天井に設置されている望遠スコープを下げ、それで目標を捕捉した。
絶壁のちょうど三分の二ほどの高さの辺り。岩陰に、そいつは生長しているのだ。
――究極ウド。
デイダラボッ娘の環境制御により、取得してもゲームが終われば再生するが、一度に一本しか採れない奇跡。至極の逸品である。
「今日も元気そうねえ。さあ、ハイエナの欲望を満たしてちょうだい」
アシナガはこれを手に入れるためだけに、科学者の部下たちと共に製造したロボットなのだ。
それまではバトルに時間を掛け、粗末な道具を用いて、命がけのロッククライミングのような危険な真似をするしかなかった。
日当たり、風向き、川の流れ、周囲の生態系。どの要素がどれだけ影響して、究極ウドを究極たらしめているのか不明なためだ。
なるべく環境を破壊しないでかつ安全に入手すべく、昂の頭で算出した結論がアシナガだったのである。
クレーンの先端は荷を持ち上げる仕組みではない。ハサミ的な機構と、その下にある籠だった。
「ふふっ。究極ウド、ゲットだぜ!」
今まさに、神秘の宝石が彼女によって切り離されたのだ!
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