弐拾弐 三裁人

「地孫光臨以前としてはすごく興味深いけど、とりあえず」

 山爺の呪文から想起しての陸徒の昔話に、香奈美が感想を述べ次いで尋ねた。

「あんた、五年もなにしてたのよ。文明が崩壊した後はそういう社会的縛りは関係ないじゃないの」


「はあ、外に出てもよかったけど。引きこもり体質が染み付いた上に、なにしろ山村だからな。ボッ娘が電車も車もバイクも動かなくしちゃたわけだし。新政府から支給された勾玉がなきゃ情報もなかったから怖いし、村中を探索するくらいのことしかしなかったんだ」


「そこに弥十郎が訪れた、というわけじゃな」

 山爺が言い少年が頷くと、少女はまた口を挟む。

「で、山菜ゲームに勝ったのよね。けどなんで、山魔王を倒そうとなんてしてるわけ?」


「山主とかいうのになると、葦原ネットのアクセス権限も上がるだろ。文明崩壊の詳細さえろくに学べないとこに山界新政府の準菜五人衆なんて人にいきなり遭遇して、しかも勝って跡継ぎにされたわけだからな。真っ先にそいつらのボスを調べてみたくなったんだよ、そしたら――」


「子供の頃の恩人たる女じゃった。といったところかな?」

 真っ直ぐに山爺から指摘され、陸徒は懺悔するように認めた。

「……はい」

 老人を挟んで反対側にいる香奈美が、陸徒の方へと身を乗り出す。

「えっ! それって、山魔王が地孫光臨の原因ってこと!?」


「落ち着くのじゃ」

 自分に密着する形になった少女を、山爺がいつになく真面目に元の位置へと座らせる。

「〝地孫光臨は日の本を放浪し八百万やおよろずの神域を巡るうちに神通力を身に付けし山魔王の仕業〟、か。噂はあったが真実とはな。ならばなおさら不思議も生じる。いったいなぜ、かつての恩人を――」

 そこで山爺は後ろにぶっ飛ぶ。土産物屋の廃墟に突っ込み、土煙を上げた。

 彼はさっき、どさくさに紛れて香奈美の胸を鷲づかみにしながら制していたのだった。


「で」何事もなかったかのように少女が継ぐ。「どうして恩人を倒そうとしてるの? あ、地孫光臨の原因なら仇でもあるわけか」

「そ、そうだな。それもある」

 やや唖然としたあとで、陸徒は答えた。

「あの頃の生活も幸せじゃなかった」

 一転して、彼は真剣に明かしだす。


「けど、こうなったせいでおれの大切な人たちも奪われた。恨みもある。北海道のみんなも、ここの人たちも幸せそうじゃないだろ。でも、少なくとも子供の頃に逢った彼女は他人の痛みを知ってた。だから、助けてくれたんだ。彼女が係わってるなら、まず問い質したいんだよ。どうしてこんなことをしたのか」


「……なるほど」

 いつのまにか戻ってきていた山爺が応じた。そのとき、

「――へーぇ。そりゃあ~、大変だったねえ~」

 間延びした声がして、三人は仰天した。

「ども、遅れてごめんちゃいね」

 道路の反対側で手のひらを合わせて謝ったのは、亀姫比売命だった。

 ミニスカートの女児服姿で体育座りをしており、特大のパンモロをかましている。

 三人は目のやり場に困りながらも、ちょっと呆然とする。それでもまもなく山爺は気を取り直して、持っていた袋をまさぐった。

「ふ、ふむ。待っておったぞ」

 やがて、自分で採取したコゴミを出しつつ指示する。

「さあ、陸徒。お主も、さっき採ったやつを出すんじゃ」

「……これで、いったいなにをするんです。山菜ゲームですか?」

 釈然としない様子ながらも、陸徒は従った。興味深げにそれらを俯瞰しつつ、亀姫は女の子座りになって問う。

「んー。ゲームの練習なの、なんなの?」

「ただ食ってもらうのじゃよ」

 老人が両方に回答した。

「ほれ、亀姫。わしと陸徒の山菜を食べ比べてくれ。用件はそれからじゃ」

 山菜が幼女に差し出だされ、仕方がないので陸徒も同じようにする。

「くれるの? じゃ、いただくね」

 亀姫が喜ぶや、それぞれの収穫が手元を離れた。空中を浮き、そのまま巨大な口内に飛び込んでいく。

「もぐもぐ、ごくん。うーん、これはだねえ――」


「採点は無用じゃ」制止したのは山爺だった。「わしが解答を示すからのう」

「?」

 全員が頭上にクエスチョンマークを浮かべるなかで、彼ははっきりと断言する。

「引き分けじゃろう。わしと陸徒の山菜は、同程度の味だったはずじゃ」

「!」

 約物が感嘆符に取って代わった。

「……そういうことね」

 なにかを悟ったような香奈美とは別に、信じられずに陸徒は呟く。

「まさか、そんなこと」


「正解だよ、山爺が正しいね」亀姫は明答した。「山座衛門と陸徒の山菜は、同等のおいしさだよ」

「う、嘘だろ。おれの感覚ではそこまでは……」

「昨日のゲームを観戦して、察知したのじゃよ」

 うろたえる少年へと、山爺は冷徹に告知する。

「お主は視認した内から最も美味な山菜を見出だすことに長けるが、個々の味を正確に見定めることは苦手なようじゃ。全部の味を把握できるなら亀姫の判定を待つまでもなく、手札がそろった段階で勝敗を予言できるはずじゃからのう。もちろん、わしも完璧にそんなことができるわけではないが、お主よりは得意らしい」

 誇らしげに、老人はしわを増やして笑った。他方、陸徒は改めて彼の実力に恐縮していた。

 山菜の味を計測する能力はもちろん、あのゲーム観戦でそんなところまで見抜く観察眼の凄まじさに。

「これで、わしの眼力にも納得してもらえたかのう?」

 こうなっては、反省しながらも首肯するしかなかった。老人は、満足したように紡ぐ。

「では、ここからが本題じゃ。お主の山菜ではハイエナに勝てんというのは、わしが究極ウドの味を熟知しておるからだ」


「食べたことが、あるんですか?」

「もちろんじゃとも。なにしろあれはな……」

 認めた老人だったが、そこでこれまでとは打って変わって、先を口にしにくそうな態度になった。見かねたように、香奈美が割って入る。

「……あの山菜は、もともと山爺が発見した。彼だけのものだったのよ」

「ええっ!!」


「……うむ」一驚する陸徒をよそに、山爺はようやく自白する。「かつてわしが、三裁人だったときにな」


「さ、三裁人って。あああ、あの?!」

 衝撃のあまり、陸徒は仰け反ってしまった。そこに老人は物語る。

山窩さんかの末裔として生を受けて七〇余年、ずっと野山を渡り歩いて生活してきた。社会に顔を出したのは、山界新政府成立以降のことじゃ。うまい山菜を食わせる者が覇を唱える世になったようじゃからのう、助力になれるのではないかと故郷を捨てたのじゃよ」

「そう、山爺は――」

 香奈美は、自分のことよりも誇らしげに暴露した。


「もと東の三裁人、〝土蜘蛛の山座衛門〟!」


  名前   / 山座衛門

  職業   / 元東の山菜人

  LV   / 530

  SS   / 土蜘蛛腕脚

  異名   / 土蜘蛛


 ズ ド ド ン !!

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