男子、3日会わざれば!

よもぎパン

第1話 春


 



 これは、私、上野琴美うえのことみとその幼馴染み、浦川柳うらかわりゅうの、十年にもわたる攻防戦の記録である。









 春である。


 私は春が好きだ。

 どこか緑がかった淡い水色の空も、柔らかな風も、道端で追いかけっこをするモンシロチョウも。

 春の訪れを知らせてくれる、それら全部が好きだ。


「琴ちゃん、俺とケッコンせんか」


 いやほんと春だな。

 桜舞う通勤路。近所の中学校の通学路にも指定されているその田舎道で、私は隣を歩く少年を見下ろした。


 私よりも低い身長。真新しい制服。

 短く切り揃えた黒髪を春の風になびかせて、学ラン姿の幼馴染み、浦川柳はその大きな瞳でまっすぐに私を見上げた。


「琴ちゃん、俺とケッコンせんか」

「いや、聞こえてたけどさ。え、なんなん。柳くん、中学校つらいん……?」

「まだ4日目やし分からんわ」

「結婚を逃げ道にしたら、結婚に泣くぞ」

「重いわ、言葉が」

「そらそうよ。こちとら成人OLよ」


 高校を卒業して二年。今年で三年目になる職場にもすっかり慣れた。いい意味でも、悪い意味でも。


「成人て。まだ20歳そこそこやろ」

「12歳の発言ちゃうやろそれ」


 そんな私の言葉に、薄く鼻で笑う。

 柳くんは昔からどこか冷めた子供だった。


 私が一人暮らしを始めるまで……つまり、私が高校を卒業するまで、私の実家と柳くんのお家は『お隣さん』というやつだった。


 私が小学生だった頃に生まれた、浦川家の長男。


 まんまるの頭に、真っ黒の大きな目。

 昔から柳くんは周りの子達より成長が遅くて、どうやらそれは今も変わらないらしい。ぶかぶかの学ラン姿で、柳くんは唸る。


「昨日、身体測定やったんやけどさ。身長、147㎝やったわ」

「え、ほんまに? だいぶ伸びたやん。私もそのうち抜かれるねぇ」

「俺が琴ちゃんより大きくなったら、琴ちゃん、俺とケッコンする?」

「柳くん、人間には男女差っていうのがあってね、オシベとメシベは造りが違うんよ」

「エロい話?」

「アホやろ」


 そう、自分のものより低い場所にある肩を叩けば、手のひらに骨の存在を強く感じた。そのあまりの細さに、少しだけ心配になる。


「まぁ、考えとってな」

「なにを?」

「俺とのケッコン」


 そう言ってどこか大人びた顔で笑う幼馴染みに、首の後ろがぞわりとした。

「アホか」そう、やっとの思いで吐き出した言葉を遮るように、私と柳くんの間を二匹の蝶が絡み合いながら飛んで行く。


 春である。



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