未来に生きてる白雪姫
卵粥
第1話
学校の帰り道、えらく豪奢な装いの少女がそこにはいた。
ボブカットのきれいな黒髪に、手には絵本。
服装はいつ着る機会が有るんだと言わんばかりのきれいなドレス。
年は自分と同じくらいだろうか。そして何より怖いくらいに顔が良かった。
しかしその顔は憂いを帯びており、今にもため息を吐き出しそうな様子であった。
「ハァ…………」
てか吐き出したわ。
そんな何かの撮影なんじゃないかと思えるような状況に俺は――
「…………」(スタスタスタ)
そっと無言で立ち去った。いや、知らない女の子に声かける勇気とかないですし……。
そもそも今日はせっかく授業が少ない日だったんだ、俺は早く家に――
「いや無視してんじゃねえですよ!」
「痛い!?」
突然背中に強烈な一撃を受けて気がつけば床ペロしていた。なんだ、俺はいったい何をされた!?
倒れたまま後ろを確認すると、先程の少女が、ヤクザキックの体制でこちらを睨んでいた。パンツ見えそう。
彼女は怒りを露に、
「何ですか!普通こんな可愛い子が深刻そうな顔してたら、どうしたの大丈夫? の一言くらいあってしかるべきでしょう!?」
お、やべえ女だ、今すぐここから逃げ出したい。人を蹴り飛ばした挙げ句に自分のこと可愛いって言い出したぞ、そりゃ可愛いけどさ。
そう思うが見知らぬ男にヤクザキックかませるやべー女に立ち向かう勇気もなかったので、体勢を立て直しつつ大人しく従うことにした。
「あー、なにかお困りなんですか?」
「ナンパですか?お断りします」
どうして欲しいんだよぶっとばすぞこのやろう。
まともな会話ができるようになるまで数分かかりました。同じ日本語を喋っているのだから会話をして欲しい。
結局俺は制服に付けられた土を払いながら話を聞かされている。彼女も少し落ち着きを取り戻したのか先程とは違った様子で話し出す。
「失礼いたしました、私も突然の理不尽で気が立っているところでしたので」
「俺も突然の理不尽で気が立ってるんだけど」
俺の茶々入れに若干眉根を寄せながらも彼女は続ける。
「率直に申しますと、あなたには未来の絵本状況を救って欲しいんです」
「へー、そりゃ大変だな俺には荷が重そうだ頑張って――待て待て顔は良くない顔は、その振り上げた拳もゆっくり下ろすんだ!」
背を向けて逃げようとした俺の首根っこを掴み上げて拳を振り上げる少女。絵本とかいう子供向けの物に携わっているくせに何でそんなに暴力的なんだ。
「だ、大体俺に何をしろって言うんだ!」
言っちゃなんだが俺はただの男子高校生だぞ、特別なことなんてなにもできはしない。
すると少女はフッと笑うとドヤ顔で予想外の言葉を紡ぐ。
「安心してください、あなたは私にこの時代の童話について教えてくだされば良いだけです」
「は?」
困惑する俺に対して少女は続く言葉で――
「何を隠そう私は白雪姫! 未来の世界で出版されている白雪姫の絵本の登場人物、その人なわけなんですよ!」
己の電波性を更に加速させた。
なるほど白雪姫なのかそっかー。
「それじゃ俺は忙しいからこの辺りでええええええ!」
お姫様はバックドロップなんてしないと思う。それとも彼女は本当に未来の人物で、これは未来の常識なのだろうか。だとしたら日本の終わりは近いな。
「……それでは、本題に入りましょうか」
「本題入る前に満身創痍にされてる俺になにか言うことないの?」
気まずそうに目をそらす自称白雪姫、流石にやり過ぎたと思ったらしい。
「と、とにかくまずはこれを読んでみてください!」
そう言って渡されるのは先程から彼女が持っていた一冊の絵本。タイトルは『白雪姫』。装丁などは違えど俺のよく知る絵本である。
「それは未来で出版されている白雪姫の絵本です。私はそれが正しい話だと思っていたのでしたが……」
話を聞きながらページを開く。どれどれ……
『ある日不慮の事故でこの世を去った白雪 姫子。目が覚めたらTUEEE白雪姫に転生して――』
「よし分かったもう読みたくない」
「なっ、私が主人公のハートフル冒険譚ですよ!?」
白雪姫は冒険譚じゃねえよ。つーか遠い未来ではここまで異世界転生物が成り上がるんだな、恐怖すら感じてきたぜ。
まあでも読まなきゃ話は進まん、読むとしよう。
(十分後)
「これを通した編集はぶん殴っていいし、これを認めた大衆も総じて滅びてしまえ」
「目から光が消えていますね……」
猟師に森へ置き去りにされればその身一つで生き抜いて、殺されそうになっても幸運が重なって生き残り、林檎は食べても毒耐性付きで死なないし、王子は助けられるんじゃなくて助けてるし、挙句王妃は諦めて改心しての大団円エンドである。現代でこれは茶番と呼ばれている。
「私はこれが正しい話としてずっと過ごしてきていたんですけれど、ある日作者を名乗る男の声が聞こえたと思ったらいきなり説教垂れてきた挙句に、お前だけでも正しい話を知っておけとか何とか言って、こんな過去に飛ばされたんですよ!」
「何で君被害者風なの?」
俺が作者でも間違いなくブチ切れるし、出来るのであれば嬉々として過去に飛ばすよ?
「ていうか異世界転生してるなら君白雪姫の話知ってるでしょ?」
「私絵本とか読まないタイプでしたので」
それで通るほど無名なタイトルじゃないだろ流石に。
「それで、力を貸していただけますか? えーと……、名前なんですかね?」
正直に言ってしまえば信用は全くしていなかった。自称未来人とかヤバすぎる、美人であることを差し引いてもお釣りが返って来る。
だが自費出版もただではない。ここまで手の込んだ設定作りをする奴なんて流石にいないだろう、つまり彼女は本当に未来の白雪姫なのだ。
「はぁ……、
気が付けば俺はこのめんどくさそうな案件を承諾していた。まあ断ったら何されるかも分からんしな。
「そうですか、よろしくお願いしますねシューヤ。……ところでそのユキというのはひょっとしなくても……私ですか?」
「あー、白雪姫っていちいち呼ぶの長くて面倒だしな。不快ならやめるが」
すると彼女は顔を少々赤らめながらも、
「いいえ、むしろそんな風に呼ばれることなんてまずなかったから、ちょっと新鮮でうれしいです」
そう言って嬉しそうに笑いかけるのであった。
最初からこの顔を見ていたとしたら、俺はすんなり協力していたかもしれない。
まあ教えるって言っても、適当に絵本買ってきて読ませりゃいいだろ。そう思いその辺の本屋で絵本を買い、その場でユキへと渡す。
「これがこの時代の白雪姫なんですね……、ちょっとドキドキしてきました」
「ああ、それ読んだらさっさと帰ってくれ」
まあもともと帰りたがってたし言われずとも帰るだろうが……。
(十分後)
「良い……ぐすっ、話ですねえ……」
「えごめん泣く要素あるこの話」
感受性高すぎないこの子?
「いやー、これは一刻も早くほかのみんなに読ませないとですね」
「そうか、持って帰るのもかまわないから。じゃあな」
これに手俺はお役ご――グエエ! 急に首根っこを掴むのはやめろ!
「ちょっと待ってください、あなたは私だけでこの時代を探索できると思ってるんですか!?」
「いやどういうことだよ、もう用事は終わったし帰るだけだろ!?」
するとユキはとんでもないことを口走りやがった。
「この時代に来てるのは私だけじゃなくって、登場人物全員来てるんですよ。その全員に話を教えなきゃ帰れないんです」
「……それ先言ってくれない?」
胃をキリキリと痛めながらポケットに入れていたスマホでSNSを開く。
そこにはまあ予想通りというか何というか、ここの近所でおかしな格好の人が話題になっていた。
話題になっている場所へと二人で急ぐが、その歩みはすぐに止まる。
「俺ほとんど出番無かったのに何で怒られたんだよ……、あんな端役変えようないだろうし俺は来る必要なかっただろクソっ」
猟師らしき人物が滅茶苦茶悪態つきながら電柱にもたれかかっていた。
「あっあれうちの猟師ですね」
やっぱりそうなのか、取りあえず一人目だな。騒ぎになっていなくて本当に良かった。
「すいませーん、ちょっと話が――」
「ああ? ンだぁてめぇ」
えっ怖い助けてユキ、おたくの猟師が
カタギの顔してないんだけど。
「落ち着いてください、私たちはあなたを迎えに来ただけですから」
「はぁ? だれだてめ――これは白雪姫様、無事で何よりです」
変わり身が早い。
「ほらこれを読んでください、そうすれば帰れますから」
そう言ってユキは猟師に先ほど俺が買った絵本を渡す。
流し読みをした猟師は
「チッ、やっぱり俺出番皆無じゃねえか、これなら来る必要なかっただろうが」
たいそうご立腹であった。ひょっとしたらこの人だけがこうやって飛ばされたことに腹を立ててもいいのかもしれない。
「と、とにかくあなたはこれでもう戻っていいですよ」
そう言って彼女は異世界白雪姫の方を猟師に向けて開く。するとページが光りそこに彼は吸い込まれていった。
そして彼がいた場所には先程まで読んでいた本が落ちていた。
「さて、次行きましょうかシューヤ」
「なんか普通にすごい物を見たような気がする」
大通りでは間違いなくできないことだよねこれ。
行く途中に小人も保護して(こいつもほとんど見せ場がないし)いよいよ本題の一つ目へと取り掛かる。
よりにもよって人通りの多い商店街にその姿を現しやがったイケメンは、顔がいいし、何かの撮影かと思われているのか
キャーキャー言われていた。なんかすごくムカついてきた。
「あの、次は私と写真を撮ってもらえませんか!?」
「ハハハ、落ち着きたまえ。僕はしばらくここにいるからね。取りたい人はどんどん来たまえ!」
鼻の下を伸ばし切っている王子にユキはゴミを見る目を向けていた。
「シューヤ知ってます? あの男仮にも私と婚約している身なんですよ?」
呆れながらも群がる女子高生の中に突っ込むユキ、うわクラスメイトの人もいる。
「どうも王子様いい御身分ですね」
めっちゃケンカ腰じゃんお姫様。
しかし言葉通りの意味でとらえるアホな王子は滅茶苦茶自慢げである。殴っていいのかな?
とりあえず帰ってもらうために王子に白雪姫の本を差し出す。
「ええと、取りあえずこれ読んでもらって良いか、この時代の白雪姫だ」
「おお、これがこの時代の。なかなか有能ではないか君」
「何こいつら急に」「あれひょっとして立花君?」「でもあの女の子可愛いね」などと周りから聞こえてくる。ああ帰りたい……。
それらを意に介さず読み進めていた王子であったが、ふと不思議そうな顔をすると疑問を口にする。
「白雪姫殺されすぎなのでは? 僕の知る彼女はもっと強いのだが」
「………………」
「それに王妃が死ぬのはまずくはないかね? 彼女がいくら白雪姫に非道な真似をしたとて死なせるのはいかがなものかと」
「…………………………」
「それとだね――」
「もともとの正しい話にケチ付けてんじゃねえよ!」
黙って聞いてりゃなんだコイツ、新しい方を基準にして考えんじゃねえよ、正しい話を学んで来いって言われたんじゃなかったのかよ。
「もういい、ユキこいつを送り返すぞ」
「はいはい、それじゃあこっちに来てくださいねー」
ユキが若干投げやりな感じで王子を人がいないところへと連れていく。
何人かついていこうとする人がいたが、王子が止めてくれたため事なきを得た。
その間にSNSを確認してみるが特に情報はない。一番重要な最後の一人が未だに見つかっていないのだが……。
そう思いながら周りを見渡していると、一人おかしな格好をした人がいた。普通に生きていたら見ないようなローブを着た人が道行く人に林檎を配っていた。
「リンゴはいかがですかー?」
かなりの美人であったため、何人かの男は鼻の下を伸ばし受け取っていたが、多くの人はまず怪しがって受け取りはしていなかった。
「……まさかなぁ」
一応気づかれないように近づいてみると独り言が聞こえてきた。
「ははは、まさかこんなにも私より美しい女がいるとはなあ。鏡よ鏡、あと何人殺せば私が一番美しい?」
『この時代が立ち行かなくなるほどに殺せば一番になれるかと』
滅茶苦茶辛辣じゃん鏡。
「ならばまだまだ毒リンゴを仕入れなくてはな……。しかしさっきから男しかとらないから普通のリンゴしか減らない……」
若干しょげてる王妃らしき人物。というか殺しは普通にまずいから止めなきゃな。
「おいあんた、王妃様だろ? 毒リンゴ配布イベントはそこまでだ」
「ヒエッヒ!? ななな何のことでございますか!? 私はただのリンゴ売りですよ?」
この時代にそんな事専門にしてるやつはまずいねえよ。
「ま、まあいいや。ユ――白雪姫がそのうち戻ってくるだろうから、それまでこれを読んで――」
俺は事情の説明をして穏便に済ませるつもりであったが、向こうにそのつもりはないらしい。
「ど、どうせ知られてしまった以上無事じゃすまないんだ、だったらまずはお前から消させてもらうよ!」
「は?いや人の話をきけあっぶねえええええええ!?」
慌ててしゃがんだ俺の頭上を鋭利な短剣が通り過ぎる。ヤバイコイツマジで殺しに来ている!
「はん、そんな体制じゃあ次はよけれないね、これで終わりだ!」
両手で振り下ろされる短剣。現代医術でも一応助かるのかなとか目をつぶりながら考えていた。
――瞬間風が吹く。目を開けるとそこには武闘派のお姫様。彼女の回し蹴りにて王妃の短剣は吹き飛んでいた。
「継母さま? 私のシューヤに何をしているんですか?」
「な、白雪姫、貴様何故ここに!?」
「あなたを本の中にぶち込みに来たんですよ!」
「グヘエッ!」
彼女は王妃に一発腹パンを入れると、
その顔に俺の手からいつの間にか、ひったくっていた絵本の王妃の結末を突きつける。
「見てのとおり、継母さまはこの時代の話だと死んでしまうみたいなんですよ。そう考えると生かしてあげた私ってとっても優しいですね? それとも継母さまも踊ってみますか?――真っ赤に焼けた鉄の靴を履いて」
王妃の耳元で脅しをかけるユキ。泡を吹いて気絶する王女を見ながら、俺はどちらが正義なのかわからないなと考えていた。
「私が正義です!」
アッハイ。
すべての人物を返した本を閉じてユキはふう、とため息をつく。
「やれやれ、これでようやく帰れますよ」
「お疲れさん、助けてくれてありがとな」
そう声をかける俺に顔を赤らめながら
ユキが問いかけてくる。
「あの……自分で言うのもなんですけど、私あなたに凄くひどいことしたのに、どうしてここまで協力してくれたんですか? この時代の絵本さえ渡せばあなたはもう付き合わず帰ることもできましたし……。」
「引き留めたのお前だろうが」
「それでも帰ることはできましたよね」
真剣な顔で問うユキ。茶化した答えを言うのであればお前が怖くてそんな事思いつかなかったで終わりだ。けれどここは真面目に答えることにした。
「……そんな、見知らぬ地で女の子一人とか、何があるかわかんないだろ。何かがあってから後悔するのが嫌だったんだよ」
そんな当たり障りない理由ではあるが、俺にとっては大まじめな理由であった。
そんな俺の顔を真っ赤にしながら出した答えにユキはプッと吹き出す。
「わ、笑いやがったなこの野郎!」
「ご、ごめんなさい、私そんな風に心配された事ほとんどなかったですから……」
笑いながらもユキは続ける。
「私をユキという名で呼んだのも、強い私を心配する人もあなたが初めてですよ。
ですから本当に、ありがとうございました」
自分の本を開くユキ。その本は光を放ち持ち主であるユキ自信を包む。
「シューヤ、また会える日を待ってますね?」
「はじめはあんなに悪態ついてたのに、今になったらまた来たいとはずいぶんな心変わりだな」
「ふふ、あなたがいるとなると話は別ですよ。それではシューヤさようなら、私の素敵な王子様♪」
最後にとんでもない一言を放ち彼女は
物語の人物へと戻った。
そこにはいかれた異世界白雪姫もなく、俺一人が立っているだけだった。
手に持っていたこの時代の白雪姫を開く。よく知った内容であるそれは、今では少し物足りなくなっていた。
「まああそこまでやられるのは論外だがな」
本を閉じて歩き出す。彼女と出会った時、空は青かったはずだが今では赤い夕暮れ時だ。貴重な半日休みは潰れてしまったが悪くない一日であったと――
「……何故だ」
「いやーそれがついでだし他の作品も学習させて来いとか命じられちゃいまして……」
先ほど分かれたはずのユキと角を曲がったところで再び遭遇する。そして後ろには知らない顔が二人。
「は、初めまして、シンデレラです!」
「どうもシューヤさん。赤ずきんです、よろしくお願いしますね?」
そして二人から差し出される絵本。つまりはそういう事なのだろう……。
「というわけでシューヤ――よろしくお願いしますね?」
「二度とご免じゃあああああああ!」
未来に何の希望も持てなくなった瞬間である。
未来に生きてる白雪姫 卵粥 @tomotojoice
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