黒キ冒涜ノ器

影楼

第1話 プロローグ

 「はっはっ……」

息の切れる音、体力の限界も近く止まってしまったら胃酸を吐き出しそうになる。

この峠を越えれば必ずから逃げ切れる……そう信じて今は走り続けるしかないのだ。

「くそぉ……なんで、なんでっ……!!」

後ろを振り返ると、確実に人間ではない何者かが追いかけてきている。

目は血走り、腕がひんまがり四つん這いになって肩からと脇から生え、今にも追いつきそうな勢いで迫ってくる。

「はぁはぁっ……うわぁっ!!」

地面に生えている木の根に躓き転び、余った勢いが少年の体を数メートル先へと飛ぶ。

「がはっ!」

背中を地面で打ちつける度に肺から「くっ」という声とともに吐き出されてしまう。

必死に立ち上がろうとするが、先程まで体を酷使させていた反動で、手足が痺れたように動かない。

どうにか耐えようと地面に手をついたころには人間ではないなにかは、直ぐそばにまで近づいていた。

「ぁっ……」

今ではその顔がよくわかる。

目は六つあって鼻は低く、口からは長い舌が伸びていて、口の周りを舐めずっている。

「ギ…ギギィ」

「ひっ……」

言葉は通じずとも相手のしたいことは分かった。

自分を貪り、食らい尽くすつもりなのだと。

「いっ……やだ……」

そんな言葉は相手には届かない、腕を掴まれたかと思うと、ぐしゃっという音と骨が軋み折れる音と共に普段曲がらない方向に曲がってしまった。

「イタイイタイイタイ!!!」

その叫び声を聞くと相手の怪奇な声は先程よりうっすらとだが、人の言葉の様に聞こえてきた。

「ヤッ……トク……エル……」

「や、やだ……」

誰か助けてほしいと、少年は何度も何度も祈った。

だが、少しして自分が逃げてきた意味を思い出した。

「るり……か…」

記憶にあるのは血の匂い、見慣れた顔は全て肉塊と化し、誰が誰なのかわからない。

唯一妹だけが兄である少年に対しこういうのだ「お兄ちゃん……ごめんなさ……い」と……。

妹の名は琉莉花るりか、少年…蓮太郎れんたろうの唯一の家族だった存在だった。

母親は幼いころに亡くし、父親は行方知れず……ほかの兄弟もみんな病気で亡くし、妹と二人親戚の家に転がり込んだのだ。

「……っ」

そう考えると、蓮太郎にはなぜ自分が逃げ回っているのかと、そういう感情が込み上げてきた。

だが、こいつらに向けてやりたい怒りの刃を向けるには力が全く足りない。

どんなに頑張ってもこいつを押しのけたり、倒すことのできる力はない……今の自分には全く力が足りない。

「は、離れろ………」

ズキンズキンと痛む腕を地面にヘタっと置いて、まだ力の入る右腕で相手の頭をぐっと抑える。

「ぐっ……」

無理だ。

どんなに押し返そうと頑張っても、その距離は縮まっていく一方だ。

「いやだ……死にたくないっ!!」

その時だった、蓮太郎の顔にピシャっとなにやら液体がかかったかと思うと、相手の異形な顔が宙を舞った。

「えっ……」

顔が飛んだ時見えたのは艶びやかに描かれた刀による曲線のみだ。

その線の先には紅色のそりとみねが煌めいていて……それを持つ者は縛った髪が腰まで伸びその眼には光が全く宿っていなかった。

「あ、あなたは……」

「……俺の名前は棺原ひつぎばら鉦兎かねと……主の命により参上仕った」







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黒キ冒涜ノ器 影楼 @karou_takumi

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