第18話
泣き疲れて眠ったリゼットを寝室に残し、メインルームに戻ったユーリに
「お戻りになられますか?」
ちらりと時間を確認したレオンはユーリを伺う。腕まくりをしていたシャツを元にもどしカフスを止めると
「ああ、ここに長居するのはまずい。それにしても──」
「はい?」
「いや…なかなか手強いと思ってね」
レオンが妙な顔をする。それでも手をとめずにユーリに上着をかける
「手強い、ですか?」
「実に魅力的な女性になったようだ、わたしと駆け引きするつもりらしい、リゼットは」
まさか!と思わずレオンが唸るがユーリは思いのほか楽しんでいる様でいた。
レオンの頭に浮かぶのは朗らかに笑うとか、控えめすぎるくらい大人しい姿だ、それと同時に獅子の巨大な手にかぶりつくネコの姿だろうか
「しばらくはリゼットとの駆け引きを楽しむとするか…伯父が動いた形跡は?」
「今のところありません、どうやらクリスティーナ様が単独で動いている様子でどうやら古参のネズミを使っているようです。尻尾はいつでも捕まえる事が出来る状態です」
「ふむ、すぐに伯父に泣きつくかと思っていたが──それも時間の問題だろう、リゼットの事を知れば必ず動く。」
必ず動く、ユーリでさえ吐き気を覚える様な野心に燃えるあの男は、王家の血に固執しすぎている、クリスティーナとの関係を長年拒み続けてきた理由がリゼットとわかれば只ではすまさないはずだ
「罪は親か子か。」
「ユーリ殿下?」
「いや、気にするな。行くぞ」
レオンは部屋を出る際につと視線を定める、消灯してるために部屋は暗いがそこになにかを確認したかと思うと、パタリとドアを閉める
次の日の朝、重たい瞼を引きずって寝室を出ると、サニスがなぜか直立不動で出入口に立っているので、リゼットはどうしたのかと尋ねると、どうやら昨晩ユーリに香油を預けてしまった事を謝りたいという。実際は預けたというより奪われたに違いない
「仕方ないわ…相手は皇太子様なんだもの。サニスは気にしなくていいのよ…」
そんなやり取りの間に侍女は朝食の支度を終えてしまったのか、洗濯物を回収するとそそくさと部屋を出て行ってしまう。
「あの…実は皇太子様に香油の役目は全て自分がすると言われてしまい…ぼくはどうしたらいいのでしょうか?」
すっかり肩を落としたサニスが何だか小動物に見えてくる、思わずサニスの頭をなでる。
「リ、リゼットさん!」
動揺したのか真っ赤になってぱくぱくと口を動かす
「可愛い、サニス」
「ぼ、ぼくはこれでも17歳なんですよ!男なんです!可愛いと言われて喜ぶとおもいますかっ──そ、それにぼくは今真剣に悩んでっ…」
「わたしもいま、真剣にサニスを愛でてるわ」
「リゼットさん!」
もう何も見ません。とばかりに目を瞑ってしまった、少しやりすぎたかもと終わりの合図といわんばかりに頭をぽんぽんしておく。
「ごめんなさい、香油はここに滞在している間はやめておくわ。それと殿下の事は気にしないでちょうだい、実は──」
どうしようか、どこまで明かすべきなのか…
「実はね、殿下とは何度かお会いする機会があって、驚くべく事に意気投合してしまったのよ、それも冗談が通じるほどにね」
仰天しているのか、サニスがぱっと開くと目の前のリゼットを下から上まで確認してくる。
「歳も近いせいか気軽にお話しできる相手がご必要だったのよ、今回は少しばかり羽目をはずして楽しんでいらっしゃるようだからわたしも合わせているだけなのよ」
なんでもないという風に言い聞かせる。
いつかこの燃えるような思いが燃え尽きて真っ黒な炭になったなら、なんだこんな物だったのか、なんでもなかった、そう思えるはず。
わたしにはその他大勢の女性が得られるであろう幸せはつかめないかもしれないけれど、ほんの一握りの女性しか掴めないものを持っている、女優という立場を。誇りを持って貫こう、恋に溺れる時 嫉妬に歪む時 殺意にまみれる時 幸福に浸る時 どれだって無駄になんかしない。
全てを糧にして生きよう、わたしが生きる道は全てが舞台なのだ。
毎日の稽古は朝から晩まで行われた。全員が疲弊しきっていたが一回目公演は誰もが期待した通りに大成功を収めた。公演後、我先へと押し掛ける貴族相手に主演者が愛想を振りまきにゲートホールに赴く。夫婦そろって来ているはずなのに仲良く腕を組んで…なんてこともなく見事、男女別れて列をなすその姿には呆けるしかない。
特にアイリッシュの列はすさまじい
「あでやかなお姿に心奪われましたぞ、どうかなわたしの妾にならんかね?」
「いやいや、貴殿の妾などとなれば、アイリッシュは臆してしまうのではないかね」
「そういう貴殿こそ、侯爵位ではないか、恐れ多い!なあアイリッシュ」
「では、ぼくなどは如何ですか?男爵位でまだ未婚です、さっぼくの手をお取りなさいアイリッシュ」
アイリッシュの細腕が抜けるんじゃないかという勢いで男性が群がっている
それにしたって…どの男性もよろしくないわね
髭たっぷりの男に 樽のような腹の男、かとおもえば筋肉など使った事もなさそうな男ばかりだ、アイリッシュはそれでも恥じらうフリをしている。このなかで吟味すべき男でもいるのだろうか。
男性陣も激烈な愛をうたわれたり、無駄なほどに身体をすりよせられたりしている。さすがに仮面がはがれる様な事だけは無いようだ。
そういえば…男の人の結婚願望ってどうなっているのかしら?名誉も地位も男性ばかりのものって気がするけど、やはり身体の好みで選ぶのかしら?
でも身体の相性が悪かったらどうするの?結婚前にそういうことをするってことなの?
今だってまだ貞操観念をもっている女性だっているのに、それって擦り減るのは女性ばかりじゃない?
『なに??』
いつのまにかじっとりと見すぎていたかもしれない。フェリオが胡乱な眼差しで空口を投げてくる
『何でもないわ』
あ、すごく嫌そうな顔してるわ…
リゼット史上、一番可愛いと思う笑顔を返す
『だまされない』
だめだったか…
こういうときは知らない振りをしとくべきだ、リゼットは手汗が酷い男性の握手をいつ振りほどくべきか、そのタイミングに集中することにした。
「まったくもう…!手がひりひりするわ…」
洗面所で手を洗うアイリッシュがリゼットと二人きりを良い事に素で文句を流し始める、こうなると気が済むまで止める事は無理だ。
「どうしてあそこまで摩る必要があるのかしらね!」
「アイリッシュの列はいつでも、なんというか熱烈よね」
「そうなのよ…!妾とか愛人とかよくもあんな大勢の前で堂々と…」
城に帰る前に汗を流したいがここにはその設備がないらしく、蛇口から流れる水を手ですくって首に当てる、これだけでも随分救われた気分になる。
「アイリッシュの目標はお金持ちで地位があって見た目がいい人よね、今日の中にはいなさそうだったわ」
「あんた…はっきり言いすぎよ。それに女癖の悪くないってのとわたしを尊重してくれる人っていうのが抜けてるわよ」
ぱしゃりと水をかけられても、どうでもいいくらい疲れているのでうんうんと頷いてやりすごす。
「ねぇ、アイリッシュそろそろ帰りましょうよ、アイリッシュのカフォリペツォだってくたくたなはずよ、わたしもサニスを待たせているし」
ふぁっと欠伸を押し殺す。
「もう!わかったわよ、帰るわよ!早くしなさいな」
「それって、わたしの台詞よ」
あぁ眠い…もう限界、ここでだって眠れそう…
おぼつかない足取りで洗面所を出ると、出た辺りでフェリオが待ち構えていた。まだかっちりと衣装を着ている
「お二人さん、気を着けないと会話が廊下まで筒抜けていたよ」
ふたりの額をちょんとつつく。
「ちょっとどこから立ち聞きしていたの?」
「いや~?てがひりひりするとか、お金持ちで地位があって見た目が良くて、女癖が悪くなくて自分を尊重してくれるひとが好きってあたりかな」
「それって全部っていうのよフェリオ」
アイリッシュが目をぐるりと回すとそれが可笑しかったのか、フェリオは愉快そうに笑う
ん?
「アイリッシュぼくが結婚してあげようか?」
んん?
「この節操なし、あなたリゼットに告白したのでしょう?それにわたし全部揃ってる人じゃなきゃごめんよ」
「そうだった!忘れてアイリッシュ」
「あたりまえよ。リゼットあんたもこんな節操なしやめといたほうがいいわよ」
さっさと行ってしまったアイリッシュの後ろ姿を二人して見送る、隣のフェリオの横顔がなんとなく傷ついたようにみえる。
「アイリッシュ今日はとても疲れてるみたいだから、いつもよりきつい言い方だけど、いつもはもっと優しいのよ?」
「やーねー、アイリッシュを先に帰らせるために怒らせたんじゃない」
あきれたように腕を組むと、じっとリゼットを見おろしてくる。今のフェリオは中世の騎士格好だ、さらさらとした銀糸の髪も凛々しく後ろで一つに縛り帯剣もしている。こんな姿で睨まれたら悪い事をしたわけでもないのに縮みあがってしまう。
「リゼット、何かわたしに報告することがあるんじゃないの?」
「……報告…」
「とぼけても無駄よ!」
ぐいっと両頬をつままれる
「容ひゃないっ…いたひ…」
「この間からわたしをさけてたわね、何か話そうとすると逃げるし!さっきだって何か言いたげにじっと見てくるし──わたしにどうしてほしいわけなの?」
「そ、それひゃ…はなひゅから!」
パチンと戻る音がしそうなほど頬を伸ばされてたのを離される。じんじんする頬を押さえながら涙目の上目使いでフェリオを見つめる。
「……だまされない ってさっきも言ったわよね」
そういって、恐るべき美貌で微笑む騎士ほど恐ろしい物は無い…観念してユーリとの間にあったことを話すと
「やだっこわ…!見た目に限らず苛烈なのね…」
かなり引いていたがとにかくユーリにやきもきさせるというフェリオのお勧めコースの変更はないらしく、とことんリゼットに付きまとう男を演じると息巻いた、リゼットの身がもつかどうかといった議論は棚上げされたままである。
「リゼットさん!」
先程アイリッシュが消えた廊下の奥からサニスが走り寄ってくる
「サニス、どうしたのそんなに走って…」
言い終わらないうちに、サニスがぱっと二人の間に割り入ると、フェリオをきっと睨む。サニスはリゼットとほぼ同じ身長なのでファエリオを睨むにもだいぶ見上げなければならない
「ふっ…なんだこのちんちくりんは。」
いつになく声を落として、威風堂々とフェリオは両腕を胸の前で交差する。
「……ぼくはリゼットさんカフォリペツォです。」
「へえ、じゃそのカフォリペツォは目の前にいるのが誰だかわかってるんですかね?」
「メノールです…」
じっと睨みあう両者はどちらも引く気は無いらしい
「いいか、知らなかっただろうから教えてやろう、三冠をもってる人間の前に立つんじゃない、マラビスバの掟の一つだ。お前はすでにメノールの前だけじゃなくてアニーサの前にも立ってるんだぞ」
はっとしたように、サニスは少し戸惑いながらもリゼットの斜め後ろへ下がるがフェリオに対してのすごみは消えてないらしい、やれやれといった体でフェリオは溜息を吐くと、リゼットに耳打ちした
「初めが肝心なのよ、しっかり教えてあげなきゃねリゼット」
ごめんなさいと言いかけた、口に手を添えると色男よろしく、頬にリップ音をさせてキスする
「!!」
一瞬で顔を赤くさせたサニスをフェリオは視線でとどまらせると
「おやすみ、リゼット、きみの夢を見るよ」
ウインクした姿は最高に素敵だった。
「おやすみなさい、フェリオ、わたしもあなたの夢を見るわ」
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