第11話

大劇場の裏口を出た所でユーリは貴族用の馬車の前に立っている人物に声をかける


「またせた、予定が変わった。今から彼らの用事に付き合う事になったから出してくれ」


そこで姿勢をただしたレオンがこちらを見ているのに気づく、レオンの顔は白から青に、さらに土気色になっていく。何度か口を開け閉めしたもののついにはリゼットから視線をそらして、馬車の扉を開け俯いてしまった

その様子にリゼットはレオンを最後に見た日を思い出していた


「お久しぶりですレオンさん。」

「……」

「あら、残念ですわ、昔のよしみで挨拶くらいしてくださるかと期待していましたのに、まさかお忘れになってしまわれたのかしら?それとも金貨を受け取らなかった事を気になさっておいでかしら。」

「!!」


レオンは一瞬顔を上げようとしたが、震える肩が彼の身体を硬直させているようだ

それを斜め上から見下ろしたリゼットはつんと前を向いて、先に乗り込んでいたフェリオの手をとり馬車に乗り込む

フェリオが何か言いたげな様子に対して、リゼットの前に座っているユーリは涼しい顔をしている

馬車の扉が閉められると、やがて馬車が動き出す。さほど揺れを感じないのはさすが作りがいいのと、座席に使われているシートの重厚感が違うからだろう

辻馬車とは比べ物にならない広さをもった座席も、ユーリとフェリオの長い脚のせいで少しばかり窮屈に感じるし、何といってもリゼットは正面に座るユーリの視線のせいでまったく落ち着かない、窓の外の景色に集中しようとしても窓に映るユーリにすら動揺してしまう


「で、どこまで行くんだい?」

「私は仕立店に…リゼットは」

「わたしもフェリオの用事に付き合って、そのあとは二人で配達屋に行く予定でした」

「なるほど─」


覗き窓を後ろ手で軽くノックをしると、御者が外側から顔をのぞかせる


「お呼びでしょうか、ユーリロンバルト殿下」

「あぁ。街で一番の仕立店に向かってくれ、そのあとは配達屋へ」

「かしこまりました」


そう話す間もリゼットから視線をそらさないユーリに、横でその成り行きを見守っていたフェリオは内心いつもらしくないリゼットに違和感を覚えていた


「ところで貴殿はどちらの出身かな?わたしが思うに北方だと予想したのだが」

「私はトトラン国の出身です、よくお分かりになりましたね」

「やはりそうか、実はトトラン出身の人をしっていていてね、なまりからそうではないかと。トトランの話し方はやわらかでとても良いね」

「ありがとうございます、上手くなじませていたつもりでもわかってしまうものなのでしょうね、もっと訓練しないといけません」

「いやいや、わたしはむしろ好ましいと思うがね」


ユーリは長い脚をさっと組みかえると万人受けするような笑みを浮かべた


「実はわたしとリゼットも幼い頃は同じ村に住んでいた事があるんだ」

「えっ!?」

「な、なにを……」


顔面を思い切り引きつらせたリゼットは思わずユーリを睨む


「おや?彼は知らなかったのかな?わたし達は家も隣でね──」

「嫌ですわ、そんな何世紀も前のような古臭いお話など。ねぇフェリオ」


フェリオにしなだれるように上目づかいでそう訴えてくるリゼットはまるでお芝居のそれだとすぐにフェリオは気付くが、きつく腕を組んだその力強さに頭を縦に振るしかない


「殿下、フェリオはそういったお話はあまり好きではないのでご遠慮下さいませ。」


きっと強く睨んでユーリを見たリゼットに満足そうにほほ笑んだユーリは


「それは失礼を、お許しくださるならいつまでもそう睨んでくださって結構ですよ」

「ご冗談ばかりでつまらないわ、まだ着きませんか?」


少しばかり声を大きくそう問えば、覗く窓から御者がまもなくですと短く答えた

それからもしばらくはそうやってぴりついた雰囲気の馬車は動き続け、馬車が停まった頃にはフェリオもリゼットもくたびれた様子で目的の店に向かうためにテロップを下りた

先頭を行くレオンの背中を追いかけるようにユーリがさらにその後ろを二人が並んで歩く

すっかり変装を忘れたフェリオは周囲の注目の的になってしまっている、そのおかげかリゼットまで目立ってしまっている、高貴な雰囲気をもっているはずのユーリはしっかりとシルクハットを目深にかぶりなりを潜めている


「ここが街一番の仕立屋です、貴族のみならず王城でもこちらを利用することもありますので問題ないかとおもいます」

「ふむ、リンブル洋裁店ね…たしかによく聞く名だ、さぁお二方目的の物が見つかるといいんだが」


店前で先を促すユーリに恐縮しながらもフェリオが店の扉を開く、さすが王宮御用達の店だ。床には青紫の絨毯がひかれ、生地を置く棚はマホガニーで上部には蔦がびっしりと彫刻されている、よい香りの元は大きな植木鉢に植えられているオレンジ色の小ぶりな花がびっしりと咲いている木のおかげらしい、見た目よりも奥に広がる空間にリゼットは溜息を零す


「ねぇフェリオこれってお目当ての物はもう決まってるんでしょうね?」

「もちろん…でも正直そんなことよりここまで巻き込んだからにはきちんとした話が聞きたいわよ」

「…話すと長いのよ…でもわかった、夜に話ししましょ、わたしは一人部屋だからきてくれる?」

「わかったわ──まったく問題はわたしより多いわねきっと」


ぐるりと目をまわしてフェリオはまっすぐにカウンターを目指す、店員はすかさず二人の元までやってくると何を探しているのか探ってくる。フェリオはリゼットにカウンターの脇に備え付けられているソファで待つ事をすすめると、フェリオは店員に何か注文を付ける。リゼットは勧められるままにソファで寛ぐとやがてフェリオが側近くにある棚に置かれたネクタイピンに目を通しはじめる

ユーリはその間店内をぐるりと興味深そうに見て回っている

外の事をしりたいといっていたのもあながち嘘ではなかったのかもしれない

しばらくすると店員が両手にあまるほどの箱を持ってやってきた、自慢げに箱を傾けると、その中には色とりどりのスカーフが入っている、模様はさまざまでフェリオは気に言った物をチョイスしていく

今時はネクタイよりもスカーフに美しいピンでまとめてスーツに合わせるのが流行となっている


「かしこまりました、ではこちらを包んでまいります、もうしばらくお待ちくださいませ」

「頼むよ」


隣のソファに座ったフェリオに


「もう決まったの?」

「うん、まぁ昨日、それとなく見ていたからね。」

「そうだったの」

「リゼットはいつも同じものを付けるクセがあるわよね、今回も何も買わないの?」

「まぁね、わたし自身あまり着飾るの好きじゃないし、あ、けど化粧は別よ

でも、それもアリーから送ってもらえてるし今の所家族への送金くらいかしらね」

「アリーっていつも思うけどまめな子なのね~家族への送金っていったってそんなに貧しい家ではないんでしょう?」

「それはそうだけど、世話をかけた分は恩返ししないと…」


アリーにはいつかブランドの看板として役だってみせてと言われている

一度だけ化粧品の代金を見積もって送金したときがあったが、すぐさまアリーから叱咤する手紙とお金が戻ってきた、それからはリゼットに出来る限りで肌に付けてみた時の具合や感想を細かに手紙に書いて送るようにしている、これがもっともアリーを喜ばせる方法だと理解したからだ


「お待たせいたしました、こちらにどうぞ」


品の良さそうな男性店員がフェリオをカウンターへ案内していく

独りになったリゼットは先にカウンターにいたユーリを見つけると、すでにユーリは何か包んでもらっていた様子で荷物を受け取っていた

小ぶりな紙袋はかわいらしいリボンが結ばれていたので明らかに男ものではないのがわかる


振り返ったユーリと目が合ったリゼットはふいっと目線を外すと自分の手の先に集中することにする


そう、きっとすぐにフェリオがもどってくる、それまでわたしには一切かまわないでよ…


「隣、失礼するよ」


もう…!


「リゼット、君と話がしたいんだ──昨日はリゼットを怒らせるつもりなんかなかった、けど誤解させてしまったようだね」

「誤解?それはわたしに必要な物全てを用意するからマラビスバをやめろっていう話し??婚約者がいるあなたの愛人にでもなれっていうのに怒っているかといわれたらYESね」

「君を愛人にするつもりはない」

「じゃぁ何にするおつもりなのかしら?遊び相手ならなおさらお断りよ」

「まさか……あの森でリゼットに求婚したのを忘れたのか?」


リゼットの怒りの炎が赤々と勢いをましていくのがわかる、求婚されたリゼットはおそらく人生の中で一番輝いていたはず、だけどそれを曇らせたのは目の前にいるユーリ自身だ

勢いよくソファから立ち上がったリゼットは静かに声を怒らせた


「忘れたのはあなたのほうよ。幼くて疑う事をしらなかった哀れなリゼットはもう居ないの」


サファイアブルーの美しい瞳が揺らいだのをリゼットは見逃さなかった

心の未熟な部分が痛みを覚えたが、そんなことよりも今はとんでもなく目の前にいるユーリを傷つけたがっている、レオンにしたように


残酷なリゼット、あなたはそれで満足?


ほんの小さなカケラのような良心がそう言う。けど悪魔的な自分にはもう逆らえない


さぁ、あとひと押しよ、彼が二度とわたしに近づかないようにするの、そうすれば平穏は訪れる


「わたしは───あなたに殺されたのよ、そして生まれ変わったわ。これがどういう意味かわかる?わたしは貴方を二度と好きにはならない」

「リゼット…!」


ソファに座ったまま、リゼットを見つめるだけのユーリもまだカウンターにいるフェリオも置いてリゼットはまるで犯罪者の様に急ぎ足で店を飛び出すと店の前に馬車と御者を見つけると配達屋までの道を聞き歩き始める


もやもやとした何かで心のコップが満たされた気がする、けれどすっきりしたわけでもないしレンガ道を歩く足もなまりのように重たい


大丈夫、もっと彼を傷付けたらいいのよ、わたしと同じように地獄へ付き落とせばいいの


悪魔な自分に従うのは楽だ…

数ブロック歩いた路地には黄色の看板が出ている、配達屋のマークで間違いない


「リゼット!!」

「フェリオ…」

「勝手に出ていくなんて、まったくとんだおてんばだわ」

「ごめんなさい…」

「しようがない友達ね」


息を弾ませて走ってきたフェリオが大通りから外れた路地へリゼットを押し込むと

そういって顔中をぐりぐりとハンカチで拭きはじめる、化粧が落ちると抗議してもフェリオはしばらくの間、辛抱強くそれをやめることはなかった




「ユーリ殿下…?大丈夫ですか?」


呆然と馬車に揺られるユーリの心配をしたレオンは何度目かになる同じ質問を繰り返した

今回も無視されると思いきや


「思った以上だったよ…」

「……やはりリゼットちゃんは…」

「わたしがリゼットを殺したと言われたよ」

「!!」


レオンは苦々しい表情で両手ぐっと握ったそこは爪が食い込むほどで今にも厚いその皮膚さえ破りそうなほどだ


「これがどういうことかわかるか?リゼットはそこまでわたしのことを想っていてくれたという証だ!」

「ユーリ殿下…?」


興奮気味に話すユーリに胡乱な眼差しを向けるに何とか留めたレオンは


「リゼットちゃんを追いますか?」


ユーリは懐から取り出した懐中時計を確認すると


「いや、今日は城に戻るとしよう。出してくれ」


床を靴で踏み御者に合図を送ると、馬車はガタリと動き出す


「相変わらず、時間に縛られるというのは便利なものだな、御者はわたしがいつ城に居るべきかも熟知しているらしい」

「それに関してはユーリ殿下が日課にしていらっしゃるせいかと思います」

「日課?」

「はい、どんなに忙しくともご政務の時間には必ず城に戻られますので」


真っ直ぐにユーリを見るレオンににこりと愛想をうつと


「真面目にしていなければ、伯父に好機をあたえてしまうだろう?ゆくゆくはこの国をおさめるのはわたししかいない。悪い噂は塵ほどもあってはいけない」


しばしレオンが一考するとおずおずと切り出す


「ご正妃にあられては、庶民の娘をたてるというのは塵の中には入りませんか?」

「リゼットのことかい?」

「は……」


窓辺に肘をついて頭を預けるとユーリは面白い物を見た様子でレオンをじっと観察している


「珍しいね、レオンがわたしの決定事項に水を差すのは───そうだねそれもやり方次第だ

それにわたしのリゼットは悪くも塵にもならない。」

「過ぎた事を申しました、申し訳ございませんユーリ殿下」


レオンの首筋に一筋の汗を確認したユーリは満足そうに視線を街路樹に戻した





「フェリオ」


部屋の扉を開けるときっちりとした服装のままでフェリオが立っている


「もう、どうしてって顔しないでよ?早く中にいれてちょうだい。誰かに見られて変に誤解されないうちにね」

「そうだったわね、ごめんなさい」


そういって中にフェリオを招くとテーブルに案内する


「えっと、紅茶かブランデーがいいかしら?」

「出来るならコーヒーがいいわ、きっと長―い話しになるんでしょ?もっとも退屈して眠くなるとは思えないけど」


クラヴァットと解くと腰かけていたソファに投げる、リラックスした様子でテーブルに置かれた菓子に手を伸ばしている


「じゃぁコーヒーを……それにしても羨ましいわね、そうやってこんな時間にお菓子を食べてもそのスタイルを維持できるなんて!」

「リゼットは痩せすぎだし、それに食べた物は消化すればいいだけ」

「それが出来てれば楽だったでしょうね」


なみなみと注いだカップをフェリオに差し出す

それを揺るがせて香りを楽しむフェリオは


「本当にリゼットはコーヒーも紅茶もお世辞にも上達したとはいえないわね~」


うんざりした様子でリゼットは一人掛けソファに深く座ると天井を見上げる

そこにはまるで夜空のような壁紙が貼られている


「まったくそこよね。そもそも花嫁に必要な事を兼ね備えていられたらわたしはきっとここにはいないのよね」

「始まったというわけね、さぁ話してちょうだい」

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