第8話


「やぁ、さすがかの有名なマラビスバ劇団ともなると華やかさが違うようだね」

「はい、予定通り続々と入城しているようです」


高さ3メートルほどある窓辺から眼下を見おろすユーリは後ろ手を組んだまま、入城してくる団体に目を瞠っていた

広々とした室内には豪奢なカウチにソファーが鎮座している、どれもグレーで統一されている。クリスタルの板には黒檀の脚がついており、そこには湯気が立つカップが置かれていた


「ユーリ殿下、冷めないうちにお召し上がりください」

「うん、でも正直レオンが淹れたお茶は……」

「これでもだいぶ成長したかと思うのですが…」


ぽりぽりと赤銅色の髪をかくと唸るように首をひねる


「そんなことより見てごらん、美しい光景だとは思わないかい、皆一様に洗練された者ばかりじゃないか」

「はぁ…」


そんなこと呼ばわりされたレオンのお茶が虚しく熱を失うのを横目にユーリに言われた通り窓辺から城門の方向へ視線を移す、ここは城の中でも一等高い場所にある部屋だが視力が良い二人には遠い城門の方まで見る事が叶う

整備された真っ直ぐに続く道に沿うように緑の生け垣が続くと途中、円形状になるその真ん中には女神像が立ちそれを崇めるかのようにさらに天使像が何体も女神を見つめているその周囲には噴水が水を称えている、道はさらにそこから二手にわかれて伸び城門へと続いている。普段その噴水周辺は貴族達が馬車停めになっているが

本日、そこはかなりの数の辻馬車が行きかっている、数人の劇団員を降ろすと辻馬車はまた急いで城門へと向かっていく

辻馬車から降りてくる劇団員達は人形のように美しい顔立ちの者ばかりで、まったく運動などしない貴族と違い身体の線は美しく無駄な肉がついていそうなものは一人もいなかった


「ユーリ殿下のおっしゃる通りですね」

「だろう?父上も今回は思い切った事をしたものだと思うよ、普段散財などしない人はここぞという時の振る舞いにはひやひやしてしまうな、大劇場も押さえたらしいじゃないか──それに今宵の舞踏会もだいぶ力がはいっているようだね」

「先程ホールを見てきたのですが、あれほどの規模となるとかなり熱がこもっていそうですね」

「母上もドレスをどうするかと侍女達を連れだって右往左往していたからね」

「まぁ、此度の件につきましては貴族等も高額のチケットを買い求めているというのもあってか、さほどの出費にはならないかとも思いますね」

「だろうね」



何台目になるかわからない辻馬車を見送り、最後の鐘が鳴る頃に衛兵が城門を閉めかけたると一台の辻馬車が駆け抜けてきたのがわかった、それはやがて噴水前で停まると三人の劇団員がいくつもの荷物とともに降りた、一人は白いつば広の帽子を目深にかぶってはいるがプラチナブロンドの髪がサイドから見えている、いくぶん二人よりは上背がありそうなのはアッシュブラウンの髪をアップにしている

やがて高い城を見上げたその人に、ユーリの目は釘付けとなった

マロンを思わせる色合いの髪はさらにミルクを溶かしたように柔らかな色を帯びている遠目でもわかるほどに濃くなったであろう瞳は不純物を取り払った蜂蜜色だ

何度、あの瞳を食べてやろうかと思ったほどに美しい、さらに曲線を描く身体の腰はこれでもかと細い、クリーム色のドレスに身を包んだリゼットは眩い程に輝いていた


「さて、今宵が楽しみだ。クリスティーナの所へ行こうか」

「クリスティーナ様の所へ、ですか?」


訝しげにレオンが繰り返すと、ユーリは上着に入れていた白手袋に手を入れきっちりと隙間がないように指をしごく


「そうだよ、彼女とはすでに六年も婚約期間を持っているのだから、先約がなくともいいだろう」

「クリスティーナ様であればユーリ殿下のお越しとなればさぞお喜びになるでしょう」

「あぁ、それと新しい手袋を用意しておいてくれ」

「御意に」


颯爽と部屋を去るも、ぴたりと足を止めて後ろについてきていたレオンに向き直る


「あぁ、あと。あのスーツは破棄してくれたかな、昨日クローゼットに入っていた時にはぞっとしたんだ」

「はい、言われた通りに致しました、あの件に突きましても厳しく侍女に言いつけましたので今後は一切煩わせる事はないかと思います」

「うん、頼んだ」


レオンの返答に満足したユーリは紺色のスーツの前ボタンを留めながらクリスティーナの部屋へと足を向けた



一方で侍女が案内してくれた部屋の豪華さにリゼットは口をあんぐり開けていた、応接室に続いて三方向にある各扉の先にも部屋があり、それぞれが浴室、寝室、はてにはリビングまで備わっているのだ


「わたしてっきり相部屋だとばかり……」


それを聞いた侍女は部屋の説明を一通りすると


「マラビスバのお三姫様方に関しましては、ホーク様と同様個室がご用意されております。」

「まぁ…そうだったの、でも私達以外にも優遇されるべき男優もいるのに─」

「何でもお噂によればホーク様が男に個室は必要ないとご辞退したらしいです」

「あら…まぁあの人ならそう言いそうだわ…」


マラビスバには女性と見間違うほどの綺麗な男優や彫刻のように美しい男優も多くいる、女優と同じようにトップをいつも競っているのだ

肝心の団長だけはさすがに個室らしいが…


「備え付けられた家具、備品に関しましてもご自由にお使いください、また今宵開催される舞踏会へはこちらのクローゼットからお好きにお選びください、時間になりましたら侍女が手伝いに参ります

あとこれは絶対にお守り戴かなくてはなりません、王城の東棟は国王陛下ならびに王妃様、ユーリロンバルト殿下、またご婚約者様のクリスティーナ様の御住居となっておりますので立ち入る事がないようお願いいたします」

「ロイヤルファミリーのご住居…わかりました」

「城は広大でわかりにくいかと思いますが、東棟は絨毯の色が違いますのですぐにわかるかと思います、その他の場所へはおおむねお許しが出ています、もし付き添いがご必要であれば廊下の者にお声掛けください」


てきぱきと受け答えをする侍女は、リゼットにこれ以上質問することがないだろうと判断し


「では後ほど伺います、どうぞごゆっくりおくつろぎくださいませ」


きっちりと角度を守って腰を折ると部屋を後にした。

一人になって、改めて部屋を見回す、壁紙は薄いブルー地に金のストライプが入っている設置された家具はしっかりと磨かれており飴色に光り、幾つもある窓には深緑色のカーテンがかけられている、ベッドは大人二人ほどが寝れる大きさに清潔なシーツにふかふかのカンフアターがかけられている、身体を預ける為にいくつも置かれたクッションにはカンフアター同様に淡いピンクのカバーがかけられている。

浴室を覗くと、真っ白いバスタブに金の猫脚、タイルはよく見てみれば大理石だ、洗面台も大理石で統一されており、白い大小さまざまなタオルが何枚もかけられている

溜息を零して手持無沙汰になったリゼットは時間まで仮眠をとろうかと寝室に戻るとふと先程、侍女が指示したクローゼットが目に入る


「一通りドレスは持っているから、時期に荷物が届くと思うけれど…」


興味をかきたてられたリゼットは彫刻が施されたクローゼットの扉を開いてみる


「うわぁ…!」


そこには上等な布地を使ったドレスがぎっしりと詰められている、赤から黒までまるで虹の様に並べられたそれらの下にはいくつか引きだしが備わっている様でリゼットは恐る恐る開けてみる


「嘘でしょう…!こんなに…」


ドレスに合わせるようにさまざまな宝石が並んでいる、イヤリングにネックレス、腕輪に指輪。しかもそれらはどれもこれも一級品で流行りをとりいれてある


「今頃、アイリッシュは悔しがっているでしょうね」


先程まで散財して買いあさっていた装飾品はこれを目の前にすれば霞んで見えてしまうのは仕方もない事だ


「今夜の舞踏会には自分のドレスを着ようと思っていたけれど、これは言葉に甘えて借りた方がよさそうね、それに──ユーリに会うかもしれないのならこうしてはいられないわ!」


急いで浴室に向かうと、バスタブにお湯を溜め始める、華奢な蛇口を捻れば勢いよくお湯が流れてくるそれを確認するとリゼットは簡易的なドレスを脱いで髪を纏めていたピンを抜き鏡の前で丹念にブラッシングしていく、髪のもつれを無くし、あらかたの汚れを落としてしまうのだ、こうする事で頭皮を必要以上にこすらなくともいいし髪にも頭皮にも良い事なのだ

手荷物に入れていた透明な容器に入れられたとろみのある液体を手に取ると満遍なく顔に塗っていくと、やがて厚化粧が崩れてくるのをさっと水で洗い流せば、素のリゼットが現れる


「何度見ても、殺風景な顔ね」


目は元から小さい顔に助けられて大きく見えるがよい所と言えばそれくらいのものでリゼットはふいと鏡から顔をそらすと、半分ほどに溜まったバスタブに身体を沈ませた

うっとりと眼を閉じてリゼットは長くなりそうな夜に不安とほんの少しの期待に心膨らませた



「失礼致します、お時間になりましたのでご用意の手伝いにまいりました」


5人もの侍女に頭を下げられて、またもやリゼットは仰天した

リゼットは浴室で長い事自分を磨き上げていたのでまだバスローブのままで寛いでいた


「もうそんな時間なのね、じゃぁ…」

「いえ、そのまま座っておられてください、お身体に香油をお塗り致しますので」

「え、なら自分で塗るわ。そこまでしてもらわなくても──」

「わたくしどもの仕事ですので」


そんな風に言われてしまえばリゼットは黙るしかなかった、そわそわとフットマンに素足を乗せて待つと、ひやりとした液体が塗りこめられていく最初は緊張でがちがちになっていた身体も甘い香りにほぐれてくる


「お美しい肌ですわね、さすがマラビスバの三姫ですわ、普段はどんなお手入れをされていらっしゃるのですか?」

「基本はよく温めて老廃物を出し切ってから、クリームを塗っているのよ」

「クリームですか?」

「もちろん香油もいいのだけれども、わたしの場合はクリームの方を良く使っているわ」


アリー特製のクリームにはさまざなハーブが調合されており、付けた後もさっぱりとしているためにリゼットは化粧の下地にも使っている


これは、チャンスかしらね?アリーブランドへの第一歩だわっ


化粧をするために用意しておいた一式を指さし


「ちょうどそこに置いてあるクリームよ、よかったら貴方達も使ってみない?」

「えぇ!!宜しいのですか?」

「もちろんよ、申し訳ないのだけれど、持ってきてもらえるかしら?」

「はいっ」


まだ脚をマッサージしてくれている二人もそわそわとしている、まだ年若い彼女達はマラビスバ劇団の女優が使っているクリームとやらに興味津津の様子で 手のひらよりも大きな丸みを帯びたケースをリゼットの手元に運ぶ

ケースの蓋をあけ、人差し指で小山になるほどの量をとるとリゼットは彼女達の手の甲に乗せていく


「わぁ~いい香りですねぇ~!」

「本当に!トップノートはレモングラスでしょうか…心地よい清涼感ですわ~」

「でしょう?ミドルノートはバニラのようでいて、ラストノートはラベンダーとゼラニウムのような香りがするのよ、本来はクリームなのだけどわたしはこれを香水代わりにも多様しているの、ほらこうやって全体に塗ってもしつこい感じがしないでしょう?」



そういって側にいた一人にの手の甲から腕にかけても塗っていく


「確かに!わたくしが使っているクリームはべったりとしてあまり好きではないのですが、これは格別ですわ」

「ふふ」

「リゼット様、どうかこれをわたくしにも紹介してくださいませんか?!」

「あら、抜け駆けはいけませんわ、わたくしもお願いいたします!」


次々と挙がる手にリゼットは内心、歓喜した


やったわ!アリー大成功よ!


「まぁ…どうしましょう…実はこのクリームわたしのために特別に作ってくれているのよ

でも───いいわ、一度相談してみるわね!」

「ありがとうございますっ」


その後もしばらくリゼットの滞在している部屋からは侍女達の黄色い声が漏れていた




「ユーリロンバルト様、今何とおっしゃいましたか?」

「クリスティーナ、君に似合いそうなドレス選びに付き合おう、と言ったんだけど

気に障ったかな?」


ひと際大きな瞳をさらに見開いたクリスティーナは我が耳を疑った、それもそのはずで

ユーリロンバルトがクリスティーナに関して積極的に動いてくれた事など一度も経験した事が無かったからだ

柔らかな金髪をゆるく括ったユーリロンバルトはいつもの様にかちりとスーツを着こなし、一人掛けのソファでクリスティーナの返答を待っている


「も、もちろんユーリロンバルト様がそうして下さるなら、私嬉しいですわ!」

「そう、よかった。じゃぁさっそく取り掛かるとしよう」


ぱんぱんと手を叩くと、半分ほど開かれていた扉からぞろぞろと侍女達が箱を抱えて入ってくる、その様子にクリスティーナは呆然としていたがやがてその箱が山積みになったところでぱっと微笑む


「こんなにたくさん…ありがとうございます!」

「喜んでもらえて何よりだよ、どれも君に似合う物ばかりだろうから、さっそく試着してごらん」


にっこりわらって優雅に脚を組んだユーリロンバルトは


「君達、この量は大変だろうけど箱を開けるのを手伝ってあげてくれるかな?」


侍女達にそう言うと、用意されたカップに口を付ける、もちろん見目麗しい殿下にそう言ってもらった侍女達は顔を真っ赤にしながら箱を開け始める

クリスティーナは次々と出てくるドレスに目を輝かせていた、どれもこれもクリスティーナの好みのばかりである

一通り並べ終わったドレスや装飾品は広すぎる部屋をうめつくさんばかりだ


「素敵な物ばかりで目移りしてしまいますわ…!」


それだけでも小一時間以上かかっているがユーリロンバルトは辛抱強く見守っていた

だがこれ以上はさすがに時間が許してはくれない


「では、私が選んであげよう──」


急に立ちあがったユーリロンバルトにびっくりした侍女が思わず衣装箱につまづいて転びそうになってしまう、もう無様に転ぶしかないと思った瞬間、地面すれすれで身体が宙を浮いた


「危なかった、君大丈夫かい?」

「はははははいっ!」


侍女の腹部に回された腕がすんでのところで侍女を助けていた、近くにあったユーリロンバルトに卒倒しそうになってしまう、その様子にどの侍女の頭にも自分が転んでいればと歯噛みしたのを当事者は知らない


「私が急に動いたせいで驚かせてしまった、すまない」

「あぁ……そんなわたくしがいけなかったのです、もうしわけありません…」


軽く意識を飛ばしかけていた侍女をその場に立たせると、ユーリロンバルトはクリスティーナの背後に立つ、クリスティーナの顔は歪んでいたがそんな事は気になりもしない様子で


「これがいいな」

「まぁ、ユーリロンバルト様ったら私の心をお読みなったのですか、私もこれがいいかと思っておりましたのよ!」

「そうかい?ならよかった舞踏会にはこれを着てくるといいよ」


ユーリロンバルトと趣向が合ったとクリスティーナは先程の侍女の件もすっかり忘れ、気分は舞いあがった


「ユーリロンバルト殿下…そろそろお時間が…」

「もうそんな時間か…時間が立つのは早い、残念だがもう行くよ。また舞踏会で──」

「ユーリロンバルト様、ありがとうございました、また後ほど…」


入り口に控えていたレオンが時間を促すとユーリロンバルトはクリスティーナに背を向け退出していく

ちなみに先程の幸運の侍女だがこの後、城から追い出されてしまうがそれが語られる事は無い

ぱたりと閉められたドアの内側でクリスティーナは選んだドレスを身に当てて鏡の前でほくそ笑む、ようやくクリスティーナの魅力に傾いてきたと確信していた

今までは押しても引いてもクリスティーナに触れる事が無かったユーリロンバルトはつい一カ月ほど前に無理を言って連れて行った劇場でクリスティーナに触れてきたのだ

さすがに恥ずかしかったがコルセットで閉め上げ、ほんのわずかだが胸の頂きをコルセットから出しその上からドレスを着たのだ。それに気付いたユーリロンバルトは躊躇することなく触れた

もちろん素肌に触れたわけではないが、もしあそこが城であったならクリスティーナは今頃純血を失っていたに違いないと思っている


「ふふふ。あれほど淫らな女は嫌いだとおっしゃっていたけれど……今選んだドレスを見て頂戴、こんなに大胆なドレスよ」


桃色のドレスは肩や胸を大胆に見せるデザインをしており裾へ行くほど濃い色になっている腰に飾られたいくつもの花飾りは生花のように忠実に作られている


「そうだ、このドレスにはそこのネックレスとイヤリングを合わせましょう」


指で示すとさっと侍女が宝石箱を掲げてクリスティーナに見せる

光を乱反射する宝石は大ぶりなサファイアでその周囲にはダイアモンドが散りばめられている


「ユーリロンバルト様の瞳のお色だわ…完璧よ

お前達、今宵はいつも以上に手をかけて頂戴」

「かしこまりました」


高圧的な態度を隠しもしないクリスティーナを全員が疎ましく思っていたが彼女の後ろ盾を思えば誰もが口を閉ざすほかなかった。そう彼女の父は現国王の弟なのだから




廊下を進みながらユーリは手から手袋を引き抜くと、おもむろに後ろに放り投げる

あわててそれをキャッチしたレオンはそれを無造作に上着のポケットにしまうと内ポケットから真新しい手袋をユーリに手渡す


「ご苦労、それはいつものように頼むよ」

「はい、ですが…ユーリ殿下あのような振る舞いをするのはどうかと」

「ん?何のことだ?」

「いや、ですから…女性達をいい気分にさせるのはですね」

「???」

「わかっています、無自覚なのは………いいですか何度も申し上げていますがやたら女性の目を見たり、手で触れたり、声をかけたりするのはおやめください」

「レオンたまにお前が何を言っているのか理解できなくなるのは私の頭のせいではないよね?」

「……いえ、申し訳ありません俺の語彙力の足りなさがいけなかったのです、お忘れ下さい…それよりも宜しかったのですか?クリスティーナ様の…」

「あぁ、彼女も喜んでいたようだし問題ないだろう」

「しかし、あれはクリスティーナ様の御父君からの御品で…」

「私は一言も“私からの“とは言っていよ、勝手にそう思い込んでいるんだろう

関係ないな」


あの中に一つとしてユーリが気にいるような品はなかったが、人の動向に機敏なユーリはクリスティーナが気にしていた物を瞬時に見抜くとそれを薦めただけだった、もちろん大当たりだったわけだが

王弟でもある伯父がユーリの婚約者として自分の娘を送り込んできたのには理由がある、いつか王位継承権を唯一持つユーリと結婚させ、あげくにクリスティーナにユーリを傀儡させ政権を乗っ取ろうとしているのだ

実際、ユーリは物心ついた頃より、命を狙われ続けてきた王である父は黒幕を王弟だと突きとめる事に成功はしたが、実弟である以上死刑にするわけにもいかない

国民の支持を無視してもよいなら簡単だったろう…

結局、国王はユーリを隠す事のしたのだ、ユーリが18歳を迎えれば結婚させ王位を揺るぎない物にしてしまう手筈だ。もちろん建前は療養という物だったがその行方は極秘にした

王位継承権を持つユーリを殺害出来なくなった伯父は今度は違う策に出た、もっともそれは叶う事もないのだが


「伯父にも困ったものだ、私や父が追求しないことに高をくくっているんだろう」

「ユーリ殿下の情報を流していた間者が事故死したのを只の幸運だと勘違いしているのかと」


ふむと頷くとユーリは仄暗い笑みを浮かべる


「お前ほどの腕前を持つ人間なぞそういないだろう、父がご存命の間に伯父が消えなくなる様に心砕かなくてはね──居なくなれば悲しむだろうどんな愚弟だろうと」

「御意にございます」


冷酷な一面を持つユーリは両親に愛情深く育てられ守られてきたのもあって全てに冷たいわけではない、それこそ伯父がユーリの邪魔さえしなければどんな事をしかけてきても許したであろう

只一つリゼットの事に関して触れたのが運のつきだったのは間違いない

それを言えば、リゼット宅に金貨を運んだレオンも憎しみの対象になりえた可能性もあったのだもっと言葉巧みに話せていればとレオンは今でも心を痛める

確かにあの時金貨を持参したのには訳があってのことだった、命の危険もあるので全ての事情を離せない、けれどもあの資金でユーリの近くへと移り住みユーリがいつか必ずリゼットを迎えに来ると言うべきだったのに、レオンはリゼットのあまりの痛ましい現状に頭が真っ白になってしまった

そしてあろうことかリゼットはひどい誤解をしたままにレオンを追い出してしまったのだ

もちろんそうさせるほどの要素はあったのだからそれを責める事など出来るはずもない

城に返ったレオンは頭を地面にこすりつけながら詫びた、ユーリは静かにそれでも怒りを爆発させレオンに王弟の間者を捕らえ抹殺する事で許しを与えると言った

それは骨が折れそうなほど大変な作業だった、巧みにそして幾重にもはられた壁をすり抜けながら間者を突きとめるまで一年以上かかってしまった

やっと突きとめた時にはレオンには安堵と猛烈なほどの殺意が芽生えていた

事故死に見せかけるにあたってユーリからどのようにという指示はなかったので、レオンはよほど残酷な方法を使った

月もない夜、明かりもない森の小屋が炎に包まれ周辺を明るく照らす中男の絶叫が木霊する、火だるまになった男がよろよろと小屋を出てきた所を、レオンは蹴り飛ばし業火の中へ戻す、只一人その間者の最後を知るレオンの顔にはすがすがしいほどの笑みがあった


ああ、俺は変わってしまった───だがこれでユーリ殿下の許しが頂ける


そう思えば笑わずに居られるだろうか…


すっかり焼け落ちた小屋の中で黒い塊を確認した男は首元に下げられていた煤こげたチェーンを引きちぎるとハンカチに包みその場を離れた

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