第7話

リンドリルグ国は豊かな森に恵まれ国の南側には海が広がり貿易が盛んな国でもある

海からは北からの海流に乗り脂が乗った魚も豊富である

また土地は比較的に肥えていて、さまざまな農作物が自国で作れるという事もあり、国民のおおよそは困窮とは縁が無い。統率する国王も代々、勤勉者ということあいまって学問にも力を入れている特に小校に関しては費用を国庫で補うという制度が確立しており国民が王家を圧倒的に指示している、これは近隣諸国でも珍しい事例である

特に顕著なのは首都マセイトである。

学科区という特別地域がありそこには専門学が集中して建てられており、学績が良かった者は特別枠で無料で学ぶ事が出来るのだ、また王家を指示する貴族達、裕福層がこぞって雅な家所有している。扇状の首都はその最奥に王城が控え、その周りを貴族達の住居、その周りには学科区、医療、図書館、はては大劇場、その周りには居住区、商業街が立ち並び、最後には港、貨物置き場、ホテルや景観の良い高台には別荘等も建っている


船でリンドリルグ国へ入国したマラビスバは巨大なコンテナ15台を港に降ろすと、各自手荷物だけをもって賑やかな町に目を凝らした


「私も何度見てもマセイトは飽きないわ、いつも何か目新しい物が合って散財してしまうのよ」


そういってアイリッシュとリゼットの真ん中に立っていたセレスティは白いつば広帽子を風で飛ばされないように押さえた

もうすぐ夏を迎えるリンドリルグはすでに日差しも強いようで、リゼットは汗ばんだ額に手をかざして日光を睨んだ


「わたし夏は嫌いです、暑いのがもう……」

「その分厚い化粧がおちるからでしょう」

「それは否定しないけど、身体に張り付くこの布の感触がひどく嫌で」

「否定しなさいよ…」


半ば呆れたようにうアイリッシュが目を回すが、厚化粧なのは真実なので仕方がないとリゼットは開き直っている

誰がどう見ても化粧のしていないリゼットと舞台に立つリゼットを見れば化粧の力なのだと納得するしかない


「それよりも、ホーク団長?コンテナは業者が運んで下さるのでしょう?私達は少し町を散策してからホテルに戻ってもいいかしら?」


少し高揚したセレスティはホークにそう言うと


「あぁ、かまわないぞ、けれど各自コレを持っていくように!」


そういって何かの束を掲げた団長は枚数を数えると、それぞれの部門の責任者に手渡して行く、リゼット達にはホーク自ら直接手渡した。手にしたそれは薄いブルー色の封筒に金の蝋封がしてある


「これは何ですか??」


リゼットは不思議そうに封筒を表にしてみたり裏をかえしてみたりする

アイリッシュも他の団員達の様子を伺っているようだが誰もわかりそうな者はいない


「これは、王城への滞在時にはかならず必要な物だ、封を開けて構わないぞ、ただし、中にはいっているこんなカードは身分を表すものだから決して無くさないように、紛失すれば公演中ずっとそこらへんで野宿することになるからな~」


ホークは自分の封筒を開けて中に入っているカードをかざしてみせる


「えっ!?王城ってお城に泊まるってことですか?!」


思わずリゼットは大きな声を出す


そんな…!そしたら本当に本当にユーリに会ってしまう…


「そりゃそうだ、今回の公演は王室の要請だし、それなりの待遇ってことだろう

いいか、正午を告げる鐘の音が終わるまでには城に入るように、門でこれを開示すれば後は案内してもらえる手はずになっている

───では解散!」


そういうとあっけにとられている団員を置いてホークは忙しげにコンテナ業者と去って行ってしまった。

面倒見はいい団長ではあるものの、団員に事前連絡する等々は本当に疎いのである

アイリッシュは自分の手荷物に封筒をしまいながら


「昔からああだったわよね…役決めのオーディションだっていきなりだったりするし、それにしても今回のはひどいわ…!」

「まぁねぇ…ホーク団長の欠点でもありかわいい所でもあるわね」

「セレスティさんは団長に甘いんです!」


頬を染めながら語るセレスティに食ってかかるアイリッシュの会話の向こうでリゼットは青ざめていた

あれほど決意したはずの復讐できる機会がすぐそこに迫っているというのにすっかり怖気ついてしまったのだ

そんな様子に気づいたセレスティは


「リゼット?どうしたの顔色が悪いわ…!」

「……わたしだけホテルに泊まるというのは無理なんでしょうか…?団長に言えば…」


ぶつぶつと話すリゼットにセレスティは背中をさすりながら諌める


「リゼット、入団するときに誓ったでしょう?劇団に入ったら団長の決定に従うとそれに上に立つ人間が勝手をしてはいけないのよ、皆私達を見て育つのだから」

「───それは…わかっているのですが…今回だけっ…」

「いけませんリゼット。この話はもう終わりよ──

さ、街に出て気晴らししましょう?そうすればきっと憂鬱さも消えるわ」


セレスティはリゼットの様子を王城で過ごす緊張からの憂鬱さだと思いちがいをしていた

おそらく誰もがそうだったのだから仕方のない事だ、貴族相手でもマナーや話し方、所作に気を使わなければならないのにそれが王室ともなればまた別格だ


「セレスティさん!早く街に行きましょうよ、わたし最新の流行を知りたいんです!」

「そうね、さ、いきましょう」

「………」


腕をしっかりとられたリゼットは引きずられるような思いで連れられて行く

辻馬車を拾った3人は商店が並ぶ一角で降ろしてもらうと、花から花へと移る蝶のように店を渡り歩いた、アイリッシュは気合いが入った様子で装飾品や化粧品を買い求め、セレスティは趣味でもある茶葉集めに集中していた

稼ぎ柱でもある3人の御給金は目が飛び出るほど高いが、これほどの買い物をしていればすぐに持ち金が尽きてしまうのではないだろうか

リゼットがそんな事を考えながらちょうど商店街の中央にある噴水のそばのベンチに座っていた


「リゼットは何も買わないの?こんなに大きな街めったに来れないのよ?」


両手に買い物袋を提げたアイリッシュはベンチに見つけたリゼットに近寄りながら不思議そうに尋ねる


「ほしもの、ないから…」

「わたしはたくさん買ったわ、だって着飾っていれば本当に高貴な殿方に見染められるかもしれないしね!」

「アイリッシュはお嫁に行きたいの??」

「それはそうよ!」


鼻息も荒くアイリッシュは腰に手を当てて答える


「でも女優だわ」

「…はぁ?リゼット何を言っているの?女優になったからこそ次の夢を叶えるのよ

女優になって素敵な人に見染められて結婚して子供を持つ、それで完成されるのよ」

「それで完成、じゃぁ結婚しなかったら不完全なの?」

「…別に、わたしの完成はそうなだけで、リゼットがどうしようがわたしには関係ないから」


どこか気まずそうにしていたアイリッシュはリゼットの背後に聳える時計塔を見て慌てたように


「やだ!もうあんな時間、はやく次のお店にいかないと…!」


ベンチに座り込んだリゼットに荷物を託すとアイリッシュはさっそく新しい店に入って行ったその元気な後ろ姿を見送ったリゼットは広場の喧騒から目をそらして今一度自分の思いに手を伸ばしてみる事にした


リゼットの一番幸せだった頃の思い出は、両親、姉に愛されて育った事、周囲がどれほど美しい姉とリゼットを比べて笑い物してもそれが覆る事は無かった、愛情は真っ直ぐにリゼットに届いていた

そして親友のアリーの存在、おそらく彼女以上の友達をリゼットは今後一切持つ事は無いだろう

そしてリゼットの人生の中で一等輝いた時期があった、とても短くて儚くて夢の様な時間だ、ユーリからの気持ちをもらったこと、求婚してくれたこと

今にして思えば、求婚されてから修学するまでの間は半年ほどだったのだ

ユーリに求婚されてから、リゼットは自分の容姿を少しずつ受け入れられていた


だけどその後は地獄だった、ユーリは天使の様な婚約者と去った、それとともにリゼットの自信は崩れ去った、ほんの少し窓にうつる自分も憎悪するようになった何もかもがどうでもよかった

その後の記憶は曖昧だ、ただはっきりと覚えているのは床に散らばる金貨のまばゆさと音だ、レオンの安堵した顔もはっきりと覚えている

姉に協力してもらった美容術でリゼットは美しくなった、仮面を張り付けたような厚化粧だってよかった自分じゃないようでほっとした

マラビスバ劇団に入れた時はどうだっただろうか、両親も姉のマリサ、アリーも喜んでくれた。リゼットはやはり安堵していたそれは努力して幸運にも劇団に受かった事もそうだがひょっとしたらどこかでユーリにもう一度会いたいと思っていたのかもしれない


「…わたし馬鹿だ……」


綺麗になったリゼットを一目見てほしかったのかもしれない、ほんの一瞬だけ思い出せてもらえたらそれでよかったんだとわかってしまった

あれほど復讐だと息巻いていたのは、もう一度あの恋が自分の身の内だけで燻っていると認めてしまったら今度こそリゼットは立ちなおれなかっただろう

けれど、今のリゼットならこの気持ちを認めても壊れる事は無いと感じた、あれほど劣等だらけのリゼットにも光る物があったからだ、マラビスバ劇団でそれは証明されているもう自分を下げる必要はないのだ


「わたしはもう大丈夫だわ…おかげで自分を磨けたし、それにわたしには女優になれたのだからもう不毛な感情は捨てるべきよね…」


そう思えば、重かった肩の荷が下りた気がした。物思いにふけっていると背にした時計塔が正午の鐘を打ち始めた所だった

慌てて店から出てきたアイリッシュとセレスティは駆け寄ると膨れ上がった荷物に悪戦苦闘していた


「そんなに買うから…すこし持ちましょう」

「リゼット、美味しい紅茶を見つけたのよ、店内でテイスティングもさせてもらえたから間違いないわよ」


にこりと微笑んだセレスティはきっとこの愛らしさのおかげで庇護欲をかきたてられた店主は苦労しただろうと二人は引きつった笑みを浮かべた

アイリッシュにして言えば、化粧品と装飾品の山にセレスティの顔がしかめられたがそれは一瞬の事でリゼットしか気が付かなかっただろう

荷物を持つ手を差し伸べたリゼットの表情は思いのほか明るかったためアイリッシュとセレスティは安堵した

3人は急ぎ辻馬車を拾うと王城へと向かった




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