壊刀団伝・乱之巻

七四六明

壊刀談・見否伝

見否者

鬼道哀楽

 時は一八六七年。日本の年号で慶応三年。

 時代は未だ男の方が強く、女性が未だ社会においては強くなかった。しかし巴御前ともえごぜん然り春日局かすがのつぼね然り、時代の中にも強い女性は存在する。

 故になのか江戸初期に組織された壊刀団かいとうだんに男女の区別はなく、強ければ誰であろうと受け入れられた。それこそ男女の区別が無さ過ぎて、本部宿舎に至っても男女共同の相部屋だったくらいである。

 故に風呂上り直後の女性が下着姿でいるところに男が立ち入ってしまったなどよくあることで、どちらが悪いかといえば確認を怠った男が悪く、不用心だった女も悪いと言った具合。

 故に篝夏希かがりなつきが入浴直後の着替えの最中に男に部屋に入られたこともまた、彼女にも非はあるのだが、彼女は迷わず上段への回し蹴りで側頭部を狙い、気絶させようとした。

「これはとんだご無礼を。石鹸の匂いには気付いていたのですが、まだ着替えていたとは。確認を怠ってしまい、申し訳ありません」

 止められた。実にあっさりと、これ以上ない余裕で。

 しかし篝はそこで気付いた。彼は、目を閉じていた。蹴りを止めるため彼が出したのも、手でも刀でもなく杖だった。

「貴殿、その目は……」

「はい、見えておりません。生まれつき盲目でして」

 つまり篝の下着姿は見られていなかった。それどころか、そもそも彼には見ることができなかったのだ。

 壊刀団の一員とはいえ、盲目の身相手に容赦なく蹴りかかったことに、篝は恥を感じずにはいられなかった。

「そ、その……突然蹴りかかったことは申し訳なかった、な」

「いえ、こちらに非がありますので。と、自己紹介が遅れました。本日よりこちらに配属になりました、鬼道哀楽きどうあいらくと申します。何卒」

 第一印象として、鬼道は老人のようだった。

 落ち着きある所作、言動もそうだが、何より醸し出される雰囲気が老人のようだった。杖のせいではないし、老け顔というわけでもない。二三の篝からしてみても、自分と近いくらいの年齢に見える。が、どこか老人のように思えて仕方なかった。

 とりあえず着替えを終えた篝が茶を淹れたのだが、湯飲みを両手で持ってゆっくりと喉を潤す姿も老人めいて、なんとも不思議な男だった。

「先ほどはこちらも無礼を働いて失礼した。私は篝夏希。鬼道殿の下の名、哀楽とは随分と洒落た名だな」

「えぇ、自分で付けた名ながら気に入っております」

「自分で?」

「えぇ。私は捨て子でして。盲目で生まれた私を醜く思ったのか、それとも余程の事情があったのか、元の両親の姿も存じませぬ。武士家系の鬼道家現当主に拾われ、秋晴しゅうせいの名を頂きましたが、壊刀団への入団の際に哀楽と名乗った次第です。由緒正しき、また大恩あるお家の皆様に、ご迷惑をお掛けするわけにもいきませんから」

 なるほど確かにその通りだ。

 今どき妖刀の存在など信じている者など、壊刀団の一員以外にないだろう。

 それこそ団の発足当時――つまりは江戸初期には妖刀の存在は誰もが知っていた。人々の脅威として恐れられていた。

 だがいつしか妖刀の存在は忘れ去られ、今となってはお伽話にしか出てくることのない幻の産物であり、架空の存在と認識されている。

 大きな要因としては、廃刀制度だ。誰もが表だって刀を差すことがなくなったため、妖刀も陰に身を潜めて生きる存在となり、人々の目に触れる機会が大幅に減った。

 それでも妖刀が悪事をやめることはない。未だ人々を乗っ取り、悪事の限りを尽くしている。

 故に鬼道が名を自ら改めたのは、大恩ある鬼道家に妖刀の存在を信じるようになってしまった狂心者が出たと汚名を注がぬようにであろう。

「だがしかし、それならば姓を改めればよかったのでは?」

「……現当主には、私がここに入団することを話しました。そのとき仰ってくださったのです。『例え目が見えずとも心が狂ってしまおうとも、おまえはもう我が鬼道家の一員だ。だから入団後も構わず、鬼道の姓を名乗れ』と。故に秋晴の名を改めることで、せめてもの配慮とさせて頂いた次第です」

「そう、か。随分と苦労をなさっているのだな」

「ははは。よく言われます」

「篝夏希! 鬼道哀楽! 親方様より出陣の命だ! 至急支度を整え、親方様の下へ来られたし!」

「と、束の間の休息もここまでのようです。まだ自己紹介の途中でありますが、参るとしましょう、篝殿」

「あぁ。すまないが団服を着る。しばし待たれよ」

 壊刀団に休息はない。

 とはいえもう少し時間が欲しいものだった。共に任務に出るには、まだ彼のことを知らなすぎる。例えばその腰に差している刀について、とかだ。

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