EKIDEN!

雲水

第1話 引っ越し

「今日から五年一組の仲間が増える。高山蒼志君や。みんな、色々教えてあげてな。仲良くするんやぞ!」

蒼志は今日という日を待ちわびていた。やっと夢が叶う。

 

 あんなど田舎はもうこりごりだったのだ。人間の数が圧倒的に少ない。蒼志が普段から考えていたあの地区の生命体数ランキングでは、一位は堂々の昆虫、二位は山を育てるムカデ、ダンゴムシやクモ等の見た目嫌われ系、三位は二位に僅差で負けるが植物、四位は動物、五位は魚、六位はオオサンショウウオで七位人間だ。

 子供の数は十三人。その中でもわずか八人の小・中学校で蒼志以外は全員女子という悲惨な状況だった。おまけに唯一の同級生は真面目な優等生であり、おせっかいでガミガミ文句ばかり。顔も合わせたくないのだがクラス替えや席替えの希望も持てない。なんとか五年生まで頑張ってきたが、中学三年までこの生活が続くなんて絶望的だった。


 この辺りで放課後の遊び場所と言えば川か池か山。都会育ちの父から「最高の遊び場じゃないか。もっと遊んでこい!」と言われるが、自然をなめるな。父さんは山に入った時の空気の変わり方も、川の冷酷さも、池の冷淡さも知らないんだ。ありとあらゆる生き物たちが日々生存競争をしている大自然の中で、人間だけが安全に守られているわけがない。だから気軽に暇潰しに使っていい場所ではないのだ。ただの臆病者と思われるだろうが、自然に敬意を払っているつもりだ。僕にはまだ早い。未熟者だから行ってはいけない。家にこもるしかなかった。


 学校の女子みんなは同級生の家に集まり連日お菓子パーティーで恋ばなをしているそうだ。残念ながら蒼志は招待されたことがない。そういうわけで蒼志は放課後も退屈だった。父が帰ってくるまで広すぎる家でポツンと一人、テレビや読書で男子の友情モノを見て気を紛らわし、毎日毎日自分の友情ストーリーを妄想して過ごした。


 田舎育ちに憧れていた父が不便を買って田舎での子育てを決めたのが十年前。

 蒼志が一歳になった日に引っ越した。それは蒼志の母親の命日でもある。母は蒼志を出産してまもなく亡くなった。

 愛する妻を亡くし、突然子育てに追われることになった父は心身共に疲れていった。父子家庭というのは周りに理解者が少ない。母親であれば頼りになるママ友や先輩ママとの交流で救われたのであろうが、父親が母親たちと交流するのは難しい。相談を持ちかけようにも同僚たちは影で奥さんに愚痴を言われているであろう、子育てに興味すらない連中だ。

 目の前の生まれたばかりの息子は泣いてばかりだし、保育園の先生はどこかよそよそしい。おそらく忘れ物やお迎えの時間を大幅に遅れることが多いせいだろう。

 慣れない家事と出口の見えない子育て、話が合わなくなってしまった同僚たち、もう限界だった。

 そんなある日、駅のポスターにくぎ付けになった。

「大自然が育ててくれる。」

バカらしいかもしれないが、追いつめられた父は大自然に子育てを手伝ってもらおうと決意したのだ。

 会社を辞め、家を探した。田舎には貸家がたくさんある。住む人間がいなくなった立派な家が点在している。農業に転職し、父子の田舎暮らしが始まった。運良くお隣は蒼志と同い年の女の子、つまりその後口うるさくなる同級生がいた。そのせいかお隣の夫妻はとても親切で、蒼志の世話を手伝ってくれるうえに毎日夕飯を誘ってくれた。父は初めて子育てにおける同志を得たのだ。

 


 すっかり田舎暮らしに慣れた父とは対照的に息子は家に引きこもってばかり。虫や魚に興味がないのか外で遊ぼうとしない。数年前までは山に入っていたようなのだが。今では隣のお嬢さんが遊びに誘ってくれてもあっさり断ってテレビか読書。

 そういえば年々笑顔が減っていってしまったように感じる。学校でも孤立していると先生から何度も連絡がある。

 ━━そりゃそうだよな。女の子ばかりだもんな。

 充電完了。次は蒼志のターンだ。子供の多い地に引っ越そう。

 ただ、心残りがある。せっかく田舎に引っ越したものの蒼志とゆっくり遊ぶことができなかった。

 自然相手の仕事は休みがなく、たまに時間ができても雨か大雪。たまった家事もあり、あっという間に十年が過ぎてしまっていた。

 

「もったいなかったな。」

 山を走る車の中で父はぼんやり呟いた。

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